6.「出ていってくださいね。」
もう夕方の頃になるか、アイブリンガー邸のティールームでは、ひとりの男が自身の不貞を必死に言い訳していた。言っていることはほぼすべてでたらめというお粗末さだったが、急ごしらえなのだからそれも仕方なかった。
「だから、つまりはその女が言ったのだ。シュテファニは社交界でもいい噂を聞かない、そんな女と結婚するなんて騙されている、かわいそうだと、そう言ったのだ。」
「噂、ですか。」
「そそそそうだ。パーティーに出ては男を漁り、気に入った者をホテルに連れ込んでいる。相手がいる男を奪い、別れると気が済んで捨てる悪女だ。そういう噂があると、ウーラに聞いた!」
実際にはそんな噂ないのだが、それによって自分はシュテファニに裏切られていたと勘違いした、とフーゴは持っていきたいようだ。ないことないこと、どんどん口から出てくる。
「だから、俺がかわいそうだと言って、慰め役が必要だと、俺とは別れないと、その女が、そう言って……。」
しかし、そんな思いつきを語っていたところで、どんどん尻すぼみになっていくのは仕方のないことだ。しかも、何の打ち合わせもしていないのだから女と話が噛み合うわけもなかった。
「ウーラさん、その噂はいったいどちらでお聞きになったのかしら?」
「えっ、私?」
「そうよ。あなたがフーゴ様に言ったんでしょう。今、フーゴ様はそうおっしゃいましたよ。」
「え、っと……私は……っ!」
シュテファニが女に尋ねると、女はフーゴを見た。フーゴは、余計なことを言うなという意味で睨んでいたので、女はまたはたかれるかと思い、震え上がって俯いてしまった。
「お話になりませんね。まあ、いいですわ。とりあえずフーゴ様は、荷物をまとめて出ていってくださいね。」
「は、はぁ?!何を言っている?!」
「何を言っている、はこちらのセリフです。あんなもの見せられて屋敷に置いていられると?」
「嫌ならお前が出ていけばいいだろう!」
「ここは私の家です。」
「はぁ?! 俺の家だ!! それにその女とはなんでない!!」
ほんとうに何もわかっていないフーゴとは、お話にならない。
何故、侯爵云々は置いておいても、結婚すらしていないのにここが俺の家だと主張できるのか。
さらにはあんな濡れ場を見せておいて尚、ウーラとの関係を否定する。つい先ほどまで言っていたこととはまるで真逆だ。
挙句、フーゴは「俺の豪壮なるいちもつを見れたお前は幸せ者だ!」などと下品なことまで言い出した。
「なんて下品なことを……っ!」
と言って、たまりかねたユジルが手刀をフーゴの首に当てて気絶させたことによって、この場に静寂が訪れた。ようこそ静寂。
そしてアイブリンガー邸の一同は話し合い、バーデン家に早馬を出し、勘違い浮気男を持って帰ってもらおうということになった。
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「そんなに目くじら立てることではないではないか。侯爵ともなれば愛人のひとりや二人、いて当たり前だろう。」
夜になり、いったい何事だと慌てて迎えに来たバーデン侯爵家当主は、ことの次第を聞いてそう言った。これは、この親にしてこの子あり、である。
息子が、婚約者がありながら以前からの恋人と関係が続いている、と聞いてもそれは当たり前だと言わんばかりの態度を取るのだ。
しかも、息子が侯爵であるような言いようだ。この親にしてこの子ありPart2『アイブリンガー現侯爵はシュテファニたよ!』だ。
そこからまたわざわざ説明しなくてはいけないとか、とシュテファニは嘆息を飲み込んだ。
「バーデン侯爵様も何か勘違いされているようですが、アイブリンガー現侯爵は私です。フーゴ様は侯爵ではないですし、なり得ません。そしてまだ結婚もしていませんでしたから、愛人どうこう言う前の話です。婚約は破棄しますので、そちらのお嬢さんとご一緒になる事をお考えになったらいかがですか?」
「なっ、何を言っている?!」
さっそく、この親にしてこの子ありPart3『お前が何言ってんだ』が出たところで、すでに目が覚めていた息子と一緒になって訳のわからないことを喚くので、侯爵家の私兵が親子を敷地から追い出した。ついでに女も追い出した。
シュテファニは、あとはそちらで話し合ってくださいね、と優しく微笑みを残した。
これでせいせいしたとばかりに、屋敷の皆は集まり、遅くなってしまったが夕食にしようということになった。
「今日は皆で食べましょう。」
「おっ、いいですね。」
「ザビ。お嬢様の隣は私。」
「いや待てよ、隣は二つあるだろそっち行けよ。」
「だめ。」
「なんでだよ。」
なんでかシュテファニの隣をザビには譲らないユジルだった。
そこに料理が運ばれてきて皆が席に着くところで、料理人のエーリカさんをシュテファニの隣に座らせしてやったりの顔をした。
「いや、なんでだよ。」
そして朝から特製汁に漬け込んだ鶏肉に粉をまぶしたものを油で揚げたエーリカさん特製のキャラッゲに、皆で舌鼓を打った。アイブリンガー邸に平和が戻った瞬間だった。
翌日、シュテファニは婚約破棄のため王宮に出向くのだった。
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