3.「つまり浮気をしていたと」

ティータイムには少し遅い時間。早く帰れたからと、婚約者との仲を深めるために買ってきたケーキをどうしようか悩むシュテファニ。

今食べれば、エーリカさんの美味しい晩御飯が全部食べられないかもしれない。今日は朝から鶏肉をスペシャルな汁に漬け込んでいたのを知っている。それを食べ逃すなんてできないのだ。


仕方ないので、シュテファニはケーキの箱を侍女に預けることにした。



「ユジル。これケーキなんだけど、キッチンに預けてくれる?」


「かしこまりました。食後に?」


「ええ。デザートが差し替えられるようだったらこれに。もうあるようだったら通いのハンナにお土産に渡してちょうだい。」


「伝えておきます。」


「よろしくね。」



ケーキの行く先も決まり安心したところで、目の前の二人を見やる。


婚約者のフーゴは、ふんぞり返って腕を組んでいた。情事を見られたこととあって気まずいのか口は閉じていたが、強くこちらを睨んでいる。その横の女性は、シュテファニを値踏みするように見ている。不愉快だった。



「まずは紹介していただけないかしら?」


「ああ、そうか。彼女はウーラだ。」



簡潔すぎる紹介だった。さすがにそれでは何もわからないので続きを促すと、フーゴは出会いからなにから語り始め、女を賛美した。



「美しいだろう。この艶やかな躰で私を惑わせ実に心地よい詩を唄う。お前には到底できないことだ。」


「はあ。学生時代からの恋人で、私との婚約後も不誠実に関係は続いていた、と。つまり浮気をしていたということですね?」


「なっ、言い方があるだろう! 訂正しろ!」


「ほかに言いようがありませんわ。」



長々と説明していたが、要約するとそういうことだ。室内にいる使用人も呆れている。



「私が本命よ。浮気はあなた。」


「まあ、何でもいいです。」



ウーラが勝ち誇ったように口を挟むが、シュテファニはほんとうにどうでもよさそうに返すだけだった。まるで響いていない。



「でしたらその本命さんとそのままご結婚なされば宜しいではないですか。侯爵家とはいえ、三男でいらっしゃるなら子爵家のご息女とのご結婚は反対されませんでしょう?」


「それでは平民になるではないか。」


「まあ、それはそうでしょうけど。ご自身で功を立てれば爵位を賜れる可能性はありますし、騎士団でしたらかなり高待遇ですから生活も保証されますでしょう。それに、どう転んでもご実家の支援は受けられるのでは?」


「何を言っている。それでは高い買い物が出来ないし、王宮のパーティーにも呼ばれなくなるではないか。」



こちらのセリフである。いったいこの男は何を言っているのか。


フーゴが言うには、実家の支援が受けられても平民になったら茶会やパーティーには参加出来ないし、金は回してもらえても高位貴族しか入れない店には入れなくなる。付き合う相手もランクが下がるしそんなのは嫌だと。


ちなみにだが、自分で働く気はさらさら無いので爵位だとか騎士団の辺りの話はスルーだ。



シュテファニには到底理解できなかった。


愛する人がいて障害もないなら結婚すればいい。平民になろうがなんだろうが、実家の支援でいい働き口も見つかるだろう。お金や住むところだって、あのご両親なら融通してくださるのでは? と、不思議に思うばかりだ。



「俺には、『侯爵家のフーゴである』ということが大切なんだ。」


「はあ」


「でないと付き合いに支障が出る。」


「そう、なんですか。」



理解できずに疑問符が浮かぶばかりのシュテファニである。

それは家は大切だが、現在のフーゴにはバーデン家にしてもアイブリンガー家にしても、家に対する責任というものはない。

だったら愛を貫く生き方もありではないのだろうか。



「とにかく婚約が成ったということは、俺が侯爵だ。お前はこの家を出ていくがいい。」


「え?」



婚約が成ったら俺が侯爵? 理解できないザ・リターンまで来たところで、さすがにおかしいと気づいたシュテファニ。


家を出ていけと言われたような気がしたが、それは自分に言ったのだろうか疑問だ。


使用人一同含めて、室内にはさらにクエスチョンマークの嵐が起こっていた。




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