第22話 戦況を覆す力


 「なっ、なんだありゃ…とんでもねぇ威力だぞ!」

 要塞に新たに配備された新兵器マナキャンの威力を最も近い場所で見ていた先遣隊の者達は、誰もが驚きの表情を隠せないでいた。 


 「敵に当りはしなかったけど、あんなの食らったら流石の魔族様もひとたまりもねぇだろ…」


 「…いくら敵は言えど、あんなもん撃ち込まれるってなりゃ、ちっと気の毒になって来たな」

  マナキャノンの圧倒的な破壊力を目の当たりにして出てきた先遣隊の者達の感想は、ただあんな威力の攻撃に晒される魔族に対して哀れみの言葉を述べる者が現れる程の威力だった。


 一方、圧倒的破壊力を持った兵器を、己の陣営の真後ろに打ち込まれた魔族達は、砲弾が撃ち込まれた直後は足を止めていたが、外れた砲弾による被害が、自軍に一切及んでいない事を確認すると、再び進軍を開始した。


 「お前らいつまでもボーっとしてるな!次の分がまた敵陣に撃ち込まれるぞ。

 砲撃が止むまでしっかり耳を塞いどけ!そして目の前の状況から決して目を放すよな」 

 次の砲撃が始まる合図を確認した先遣部隊の隊長は、先遣部隊に注意を促す。

 そして先遣部隊の者達が慌てて耳を塞いだ直後。


 「打てぇー!」

 砲撃手から号令がかかると、防衛砦に設置された八基のマナキャノンの内四基から”ドォーンッ!、ドォーンッ!”っと強烈な爆音が要塞中に響き渡たる。

 魔族の部隊殲滅すべく照準を定められた砲弾は、魔族部隊に向かって打ち出され、敵陣営に着弾すると激しい爆炎と共に土煙が激しく立ち込めると同時に、要塞にて待ち構える防衛部隊の元まで伝わるほどの凄まじい地響きが鳴っていた。

 撃ち込まれた砲弾によって魔族の陣営で立ち込めた土煙が晴れると、先に見えたのは再びゆっくりと進軍してくる魔族の部隊の姿だった。


 「嘘だろ!あいつらあの威力の攻撃が目の前で起きてるってのに、一切怯まないで進軍してきるぜ!!」

 進軍を続ける魔族の姿を確認した者達は誰もが驚く。なんせあんな絶大な威力も持った兵器が自分達目掛けてに襲い掛かって来ている状況だというのに、一切慌てふためいた様子を見せる存事なく隊列も乱さずして再びこちらに向かって進軍を再開しているのだ。

 この状況を目の当たりした人族の者達は、やはり魔族とは人族とは違う得体の知れない存在だと誰もが不気味に感じたであろう。

 そんな不気味な魔族の集団に対して、不気味さ以外の別の何かを感じった者はこう思った。


 (何故だ?何故奴らはあの兵器の威力を目の当たりにしても、隊列を一糸乱さずして進軍を続けるの事が出来るのだ?)

 その様子を砦から観察していたアレッサンドロは、違和感を感じていた。


 (いくら魔族の屈強な戦士達が集った部隊といえど、あの威力を目の当たりにした生物が、恐怖で足を止めずして進行を続ける事などありえるのか?)

 アレッサンドロは魔族達の異様な光景にどうしても違和感が拭えないようで、自分が感じている違和感の正体を突き止め為にも、進軍を続ける魔族部隊をより深く観察する。

 そして観察を続けている内に、違和感の正体に気が付いたアレッサンドロは、部下達に自身が感じた違和感を問わずにはいられなかった。


 「おい!敵部隊の数は減っているのか?」

 そう尋ねるアレッサンドロの声は、焦っているように感じる声だった。そして、その問いにジラルド少尉は


 「敵部隊の数が減った様子は…ありませんね…」

 アレッサンドロの問いから気付いてしまった受け入れがたい目の前の現状を、ジラルドは苦虫を潰したような表情をしながら答えた。


 (やはり私の見間違いではないか。先程の砲撃、ただ外れただけだと信じたいが…)

 アレッサンドロは、現状が導入したての新兵器による攻撃が五度も外れただけだと信じたい気持ちで一杯だった。

 だが目の前で起きている現状を見る限り、想像もしたくない不測の事態が頭を過り続け、その事がアレッサンドロの頭から離れる事はなかった。

 その一方、第二中央部隊の総司令であるタルクウィーニオが控える司令室では


 「…また砲撃を外したというのか?」

 今まで冷静に状況を語っていたタルクウィーニオの口調が、僅かに苛立ちの混じった口調に変わっていた。


 「そのようです…魔族部隊の数に減少は見られません」

 少将の側近であるベニートは、己の目で見た戦況をありのまま伝える。


 「ふぅ…どうやらベニート大佐の言う通り、命中精度に難があるようだな。

 あれだけ広がっている目標に対して五度も砲撃を外すとなると、想定された射程における照準精度の粗悪さが目に見えて分かるというのも困ったものだ。

 どうやら実戦での運用に当たっては、まだまだ改善すべき問題は大いに残っているようだぞ?」

 苛立ちの籠った言葉を放ちつつタルクウィーニオは、司令室に居合わせているマナキャノンの関係者達を睨みつける。


 「そっそのようですね。

 ですが王都にドラゴンが攻め込んできた際。試作段階の物を使用した時は、見事ドラゴンに直撃させ大ダメージを負わせた結果。あの強靭な力を持つドラゴンを一撃で撤退に追い込んだ実績があります。

 今回の戦で軍の上層部から運用の許可を頂いている訳ですし、弓矢の二倍以上の射程の誇る射程の長さと圧倒的火力は、先程ご覧いただいた爆炎の範囲から分かると思います。

 砲撃を敵軍に直撃させれば、確実に敵軍に大ダメージを与えるこの力こそ、魔族との拮抗が長く続いた事で、未だに大きく変化する事がない戦況を覆す力がある事は、少将にもご理解頂けるかと」

 ベニートとは反対側のタルクウィーニオの隣に立つ白衣を纏ったもう一人の男は、タルクウィーニオの睨みに負けじと自分達が開発した兵器の有用性を語り出した。

 

 「ああ。あくまで敵陣営に打ち込めればだがな!だが実際の結果はどうだ?

 どれだけ射程と火力があろうが、使用の想定範囲内で五発も打って敵に損害一つ与えれない照準もままならない調整不足の兵器を、試験場ではなく戦場に持ち込んでくれた君達の愚行のお陰で、我が部隊に不穏な空気が漂い始めているのだぞ?

 その事が我が防衛部隊の士気の低下に繋がり、その結果君達を含む我が部隊が危険晒される可能性を孕んでるという事を、君たちは考えた事があるか?

 どれだけ火力と射程があろうが、多くの兵士達の命を預かる私としては、禄に敵に命中もしないでダメージを与える事すら出来ない実用性の低い兵器を、実践に投入されても非常に困るのだよ。エンツォ君!」

 タルクウィーニオには、自分の隣に立つマナキャノンの責任者を務めるエンツォを睨みつつ、戦争において不安要素を持ち込む危険性について指摘する。


 「実践して初めて見えてくる運用上の問題という物は、仕方がないと私も思うがね!

 だからと言って実践範囲内を想定した照準の調整も出来てない兵器を、誰もが命懸けの戦場に持ちこんでもらうのは止めてもらおうか!

 我々とて君達の実験に付き合ってるいるほど暇ではないのだよ」

 タルクウィーニオは誰もが命を懸けて参加している戦場に、不安要素を持ち込んだ事に対する怒りを露わにした後。


 「さて…マナキャノンの命中精度の粗悪さが分かったとなれば、次の砲撃は弓と魔法がギリギリ届かない範囲まで敵が接近するまで待つ。

 そして次の砲撃は全てのマナキャノンの砲台を使って、一斉射撃を放つように運用部隊に指示を送れ。

 そうすればいくら命中精度の悪い兵器とて、一発ぐらいは敵部隊に届くであろう」

 次の攻撃命令指令を、タルクウィーニオ少将は淡々と伝える。


 (確かにこの兵器の威力と射程は素晴らしいが、肝心の命中精度がこの有様では話にならんな…

 ここまで接近しないと命中させる事ができない兵器なら、砲弾を敵軍の通過ポイントの地面に埋めるなり、障害物に隠して遠方から魔法による攻撃で起爆させた方が、まだ使い道がありそうだ)

 多少なり期待していた新兵器が、期待を遥かに下回る兵器であることに落胆しながら、次の砲撃を待つタルクウィーニオ少将。

 そして遂に魔族の軍勢は、少将が指定した地点まで接近したのを確認すると、砲撃隊を指揮する砲撃隊長が「撃てぇぇぇー!」っと号令が響き渡るせた。


 号令が響き渡った後、要塞に設置された八基のマナキャノンから次々と轟音が鳴り響いた後、打ち出された砲弾は一斉に魔族部隊に向かって行く。

 一方魔族部隊は、砲撃が始まる前に進軍を止めて立ち止まり、その姿は砲撃に対して身構えているように見える。

 そして打ち出された砲弾八発は、全弾確実に魔族の陣営に直撃する放物線を間違いなく描いて魔族部隊の元に向かっている。


 そして密集する魔族部隊に砲弾が直撃するかと思われた瞬間、八発の砲弾の内は六発は軌道を大きく逸らし魔族部隊の元から離れた場所に着弾して大爆発を起こす。

 そして残りの二発は未だに魔族部隊に着弾しておらず、宙に舞う羽毛のようなゆっくりとした動きをしつつ未だに宙に浮いていた。

 そして未だに宙に浮いている砲弾目掛けて突如飛んできた岩が砲弾に激突すると、砲弾は空中で大爆発を起こす。


 その光景を見た防衛部隊の者達は唖然としていた。

 そしてその光景を見ていた者の中で、現状を最も早く理解したのは不測の事態が頭から離れなかったアレッサンドロだった。

 そして”あり得ない”としてあえて口に出さないようにしていた最悪の答えが、完全に的中していた事を確信する。


 「…何てことだ。最初から砲弾の狙いは外れていた訳ではなかったのか!

 砲弾は全て狙いをいたのだ!」

 口にしたくない事実を口にするアレッサンドロの表情は、非常に険しい表情であり、その表情を見せた瞬間が、魔族部隊の侵攻が始まる合図となるのだった。

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