外伝短編 龍の賭け事
龍の賭け事 壱
まえがき
長らく更新が止まっていましたが、メンタル面というかストレス症が引き起こした身体面の問題が解決しつつあるため一本外伝短編を更新しました。
ただ、本格的な連載再開は心身のリハビリに加え(元のストレス症とは別に生まれつきの問題の)手術入院があるなどでかなり遠のく見通しなので、ご了承ください。
詳しくは下記のURLをご参照のほどお願い申し上げます。
https://kakuyomu.jp/users/yurikiti009/news/16817330669617953492
***
10尺ほどのレンガ作りな台座の上に、2人の闘士が拳を合わせながらにらみ合っている。
その中央では黒スーツにサングラスの強面な男が小型のメイスにも見える先端が網状の機器――要するにマイク、〈
『さあ今宵のチャンピオンシップも最終決戦だァッ!』
彼らが立つリングは円上の柵に覆われており、そこから上段へと繰り上がり続ける観客席が広がっている。座席は左右できっぱり三分割に傾向が分かれていて、一つは120~200cm程度の一般的な身長の種族に合わせた座席が、もう一つは下手をすれば握りこぶし程度、最低でも50cm程度の超低身長な種族に合わせた小粒めいた座席が何倍もの数で密集し、そうなれば残るは当然座枠だけで露店を立てられるほどに大きい巨人系種族用の座席が並ぶ。背丈だけでも十人十色たるこの世界の種族に身分的な差別が起きぬよう別け隔てなく用意されたこの観客席には何百もの人間がまじまじとした顔で座り、闘士たちをその目に据えていた。
ここは〈マデウス国〉王都に建てられた闘技場だ。
『まず第一選手はァ! なんとォ! あの東国からやってきたキモノの美人!? 決勝まできたその実力はホンモノォッ! フジカワ・アヤメだァ!』
黒スーツの男は司会者兼審判であり、指差す先には名を叫んだ選手が勇ましく立つ。
彼女は絹糸で編まれた紅白黄の三色で織りなされる綺羅びやな
種族は〈
あるものは油断し、あるものは真剣に臨み、そして破れた。彼女の戦いをその瞳に焼き付けた観客たちにはもう、誰一人としてナメた姿勢で勝負を見届けようとする者などいない。
『そして第二選手はまさかまさかの〈魔王〉様直属の兵士長ォ! レイア・キーバーだァッ!』
そしてもう一人は、レイア・キーパー。
長い髪をポニーテールで括った、白い肌と体の至るところにトカゲめいて硬質化した棘が生えた鱗が身体の至る所に浮かび、背中から生えた羽根が目立つメイドだ。
メガネが似合う、〈魔王城〉にてメイド長を務めている〈
『彼女もまたメイド服のまま参戦と、ここはコンセプトバーかなにかかァ!? しかしぃ、彼女らを女だとナメた男共は皆ワンパンチOKで沈んでいるゥ! 当たり前だが勝負に男も女も関係ないッ! 実力こそが全てェ! それを証明してきた彼女らの勝負を乞うご期待だァ!』
審判の男は空中を飛び上がりなら足で三日月を描くようにぐるりと一回転し、リングから離れた位置に着地した。このアクロバティックな挙動は彼が試合毎に行うパフォーマンスで、観客を盛り上げてくれる名物審判としても名高い。
そして彼がリングから降りたということは即ち試合のゴングが鳴ったことを意味する。
いつどちらが先に仕掛けようが勝手の、血生臭い殴り合いの時間だ。
「カウンター主体ではクリスに勝てません。この新たなスタイルを以て優勝しないことには私の未来もないのですッ!」
「知らない女の名前を出すんやなぁ、ウチは眼中にないってことでよろしいん?」
「ええ、私の戦いに愛はつきものです」
「いやなぁ~ウチぃ、ホンマは剣士やねんけど、師匠に
しかし、両雄、いや――両雌が睨み合い、どちらもジッと動かない。
そもそも2人揃って余裕気な態度だ。ここまで互いに目立った苦戦もなく上り詰めてきた猛者同士なだけあって、かえって緊張感すらないとでも言わんばかりに煽りあっている始末。
「そういうことなので、まずは私からやらせていただきますッ」
先に動いたのはレイアだった。
膝を軽く下ろしながら――瞬きすら許さぬ間で、一歩。たった一歩でアヤメの懐にまで肉薄する。
この動作に背中の羽根は一切使用しておらず、脚の筋力だけで瞬時に移動を成立させている。
次に行われるのは、容赦などないワンパンチKOを狙った右拳のボディーブローだ。
リングの場外へ落とすか、相手が倒れた後10秒間立ち上がらなければ勝負が決するこのルールにおいて、大幅に戦意と体力を削ぎ落とす内蔵狙いのみぞおちは顔面と並んで両選手共に最大のウィークポイントとなる。
故に外さない。一撃で堕とす。
避ける意図も与えないのが彼女の流儀だ。
「なッ!」
拳は腹部に直撃し、この勝負は決する。
何分彼女らは揃ってワンパンチKOのみでこの決勝戦まで勝ち上がってきている。もはや固唾を飲んで見守る観客すら、この一撃であっけなく終わってしまう結末が来ても許してしまうほどの凄味で試合の空気感が出来上がっていた。
「――んちゃって」
その空気をぶち壊すかのように、アヤメはニヤリと笑みを浮かべると、何故かレイアの拳は届いていなかった。
完全にノーダメージだ。
「そんな!?」
予想の外れた敵の対応にレイアは一瞬、一瞬だけだが唖然としてしまった。
――その隙を逃す相手ではない。
「当たらなければなんとやら。当たってしまえば大ピンチ。戦いの基本やよぉ」
アヤメはその右手でレイアの顔を丸々鷲掴みにして頭上へと持ち上げていたのだから。
これにより勝負における最善手でレイアは手足を動かそうが四肢の届かないリーチにまで身体の位置を逸らされている。あらゆる手を読み、確実に無力化。完璧な返し手と言えるだろう。
身に纏うキモノが覆い隠す素肌に騙されてはいけない。アヤメの膂力は凄まじく、力任せに振り解くことなど不可能なほどに強固な拘束を成立させている。
掴まれているレイア自身、この勝負が端から殺し合いだったら顔面を握りつぶされておしまいである事実を認めてしまった。
「これで終わるんやったらウチも〈魔王〉はんの側で働けそうやねぇ」
そしてレイアは、トドメと言わんばかりに地へと直接顔面を叩きつけられ、全身で倒れ伏した。
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