第32話 I LOVE YOU

 〈呪魂具カースファクト〉とは、とある〈混沌者エゴイスト〉を名乗る人物が所持している未知の武器だ。

 適合する者に取り憑き、その者からあらゆる魔法の適性を剥奪する。代わりに対応した武器を持った状態で己の名を叫ぶことで、〈呪鎧じゅがい〉と呼ばれる、一時的に身体能力を向上させる鎧を装備する能力を与える性質を持つ。


 しかも、呪われた時点で歳をとることができなくなり、アノマーノのように幼少期に触れてしまえばずっと幼女のままになってしまうのだ。

 ただこれはその名の通りの魂に纏わり憑く呪いであり、一度魅入られれば解くことは不可能。


 もちろんそれだけでは不利益しか産まない非合理的な武器であるため、〈混沌者エゴイスト〉も〈呪魂具カースファクト〉は自我エゴを最も優先的な感情に置いた時にのみ使用可能な〈解呪カースアウト〉を使用した場合を想定して生まれたと断言している。

 確かに現状から姿を変えることで身体面がパワーアップし、本来使用できる魔法の範囲が大きく広がるというのは夢のある話だろう。


 しかしてこれは


・体力消耗が激しい

・心のコントロールがうまくできなければ能動的な使用は不可能

・魔法を普段使いできない


 という複数のデメリットを抱えている。


 ブリューナクはそんな〈呪魂具カースファクト〉を、その〈混沌者エゴイスト〉を名乗る人物から斧と大剣の2種献上された。

 最初こそ半信半疑であったものの、ある日アノマーノが魔法を使用できなくなり、倉庫から斧の〈呪魂具カースファクト〉が消失したことで全てを事実だと確信する。

 それこそがアノマーノの人生を狂わせるスタートラインでもあったわけだが……。


 以後、ブリューナクはあえて彼女に自我エゴとむき合わせるよう家内では冷遇した扱いを行い、仕舞いには一族から追放するほどに追い込んだ。

 きっと、いずれは自分を恨み決闘に挑んでくるであろう。その時は冷遇し、兵をけしかけることで成長だって試す。

 とにかく甘やかさない。そうすればきっと〈解呪カースアウト〉の域に到達した、新たなライバルになってくれるはずだから。


 これが今まであったアノマーノにまつわる呪いの真相である。



***


「クリスフィアから〈返り血の魔女〉を倒したと聞いたが、〈解呪カースアウト〉に至った我は更にその上にいたようだなぁ」



 語る父の言葉からアノマーノは自分の人生は彼にとって都合の良いように操られていた事実を理解する。……いや、それどころか、今この場に立っていることすらも彼の掌の上であり、都合悪く何も果たせていないのだと告げられた。



「なのにお前は〈解呪カースアウト〉へ至っていなかった。その程度とは本当に失望したぞ、アノマーノよ」



 悔しい。こんな父親の元で生まれたがために理不尽な運命を背負わされ、勝手に望まれた願いを叶えられなかったことを嘲罵ちょうばされているこの現実が悔しい。


 

「……」



 しばらく無言のまま、アノマーノはブリューナクへ何も返さない。

 できるのは懊悩するのみだ。魔族学院での飛び級首席卒業も、100年もの間〈返り血の魔女〉に殺され続けたことすらも、何も褒めてくれない父に認められないと思っていた自分の浅はかさにすら嫌気がさす。

 結局自分は世界最強ではない。何者にもなれない……呪われた幼女なんだ。



「返す言葉もないか。まあ良い、我は別に娘を殺したいような愚かな父ではない」



 好き勝手に語る父に対して、無言を貫くアノマーノは今にも悔し涙を流したい一心だ。

 だけど、本当にそんなことをしてしまえば、“あの人”のような“世界の覇者”になる夢など一生叶わない。大きな人生から見れば、短期的な目的に過ぎない父を超えることすら不可能だと諦めるも同然だ。

 だから諦めない。勝機を探せ。そうやって今まで戦ってきた。だから〈世界三大武人〉の1人である〈返り血の魔女〉を倒せたんだ。


 探すのだ。

 探すのだッ!

 父に勝つ術をッ!









 ————バリィィィン。


 アノマーノが折れる心を無理矢理にでも繋ぎ止めていたその時、王座室の窓ガラスが砕け散る音が部屋に鳴り響いた。


 

「至高の親子喧嘩、今から見るのも遅くはないわよねッ!」



 割った窓から入ってくるのは、赤い髪に、全身を覆い鍛えた筋肉を隠す面倒な少女、セレデリナだ。

 しかも自分の母親をお姫様抱っこで抱きかかえているではないか。



「ほう、セレデリナも来たか」


「うっひゃあ、なんでそんな姿になってんのよブリューナク!? なんか今までの何倍も強そうじゃないの、やっぱりアタシは井の中の蛙なのねー。よし、今度機会があったらアタシと勝負してくんない?」


「ブリューナク……新たな力に目覚めていたのだな。美しいよ」



 来てすぐに父と会話する彼女はまさに自由奔放だ。

 人の家の窓を割っておいて、謝りもせず勝手に相手を褒め、いつの間にか次の勝負相手を申し込んでまでいる。

 何故か連れられてきた母は父に見惚れてまでいる。突然現れて何なんだ。



「待って、アノマーノ負けっちゃったの!? こんな負けフラグみたいな巨大化した父親に負けるとか恥ずかしくないの!?」



 しかも自分を見たと思えば突然煽り出す始末。

 どこか下賤な者を見る表情をしている、勝利を信じていたがいたが故にどこか腹が立ったのだろう。


 ハハハ、やはりセレデリナはどこまでも自由な女であるな。

 可笑しくて笑ってしまう。でもそれがセレデリナなのだ。

 余の師匠であり、“あの人”を超えるために必要な、追いかけがいのある背中……。


 背中……?

 追いかける?


 アノマーノはあることに気づく。

 己が心中に抱えていた一つの矛盾を。









***


 余が“あの人”の顔も名も、ぼやけたまま覚えていなかった。

 ……それは流石にどこかおかしい。なぜそれにすら気づかないでいられた?


 そうか……、きっと、余は


 何があっても己を鍛え抜いて、戦い続け、その最後の頂に“あの人”は立っている。

 そんな物語であって欲しいと願い続けていた。

 だから、セレデリナの顔を見たとき、余は突然と“あの人”の顔を忘れたことにしてしまったのだ。ゴールを引き伸ばしたかったとも言えよう。


 そう、物心ついた頃のあの日、セレデリナは父上と勝負をしていた。

 世界最強の一角に対して力と技量で拮抗し、勝利する寸前まで父上を追い詰めた。

 その上で父上の逆転の一手によって差し違え引き分けとなっていたが、余にとってはセレデリナこそが勝者だと思えていた。

 


 ああ……“世界の覇者”とは、である。

 具体的な意味を語ることはなかったが、そもそもそれ以上でもそれ以下でもないのだから、言葉にせずして当然だ。



 余は、セレデリナになりたかったのだ。



 だからこそ、セレデリナに師事を頼んだ。

 ここでセレデリナを倒してしまってもいい。だって、もっと強くなってこの世界に君臨しようと対抗してくるから。



 セレデリナの背中を追いかけたい。

 セレデリナに背中を追いかけられたい。



 それこそが、“世界の覇者セレデリナ”になるということ。


 常に最強で有り続けようとする貪欲な人間にあこがれてしまったのだ。

 セレデリナに長くいられる居場所を作るなんて全て方弁。あれはセレデリナと気軽に戦える環境を確保したかっただけ。


 もはやこれは恋心と言っても良い。まさしく独占欲そのものだからな。

 きっと余はあの日から、セレデリナに恋をしていたのだ。

 物心ついた頃の一目惚れをずっと引き摺っているとは、浅ましく幼い女であるな、余は。

 結局のところ、体が幼女でならば心もまた幼女のままなのである。

 その事実を受け入れよう。


 なんであろうか。

 恋心を自覚してみると、何か色々よからぬ願望が頭の中に浮かび上がってきたのだ。


 恋愛したい、キスをしたい、一緒にデートをしたい。


 いや、それ以上は思い浮かばぬな。ふふ、まさに子供ではないか。


 であれば、余にとっての自我エゴとは何か。

 答えはひとつである。



『セレデリナと恋愛関係になりたい』



 そんな単純でロマンも何もない浅ましい願望。

 だけれど、それこそが真実なのである。



***





 地に伏せながらも這い上がるアノマーノを観察するセレデリナは何かに感づいた。それこそ間髪入れずに、すぐさまに行動ほどの大きな事実に。



「〈セカンド・アックスクリエイト〉ッ! やる気は出たけど武器がないんでしょ、そんなのバレバレだってのっ」



 唱えた魔法によって右手に生まれる薄青い水晶のような斧。大きさはなんと持ち手だけで1m、刃はおおよそ40cmと、もはや刎ねるどころか叩き潰すことを目的としたような大斧である。セレデリナはそれを完成した瞬間にアノマーノの元へ投げ入れた。


 シュルルルルル


 刃が風を裂く音を鳴らす。

 この音を聞き入れたのかアノマーノは途端に起き上がり右手で掴み取ると、こうつぶやいた。



「我が名は【アノマーノ・マデウス】。今ここに父を倒し、“世界の覇者”となる覇道を邪魔するあらゆるしがらみを刎ねる者であるッ!」



 声と共にアノマーノは黒い煙に包まれながら腰を上げ立ち上がっていく。

 そして最後には二つの足で強く地面に立ち、水晶の大斧を持った漆黒の騎士がその場に降臨した。



「ほう、まだ立ち上がるか。セレデリナが勝負に割り込んでくるというのは癪だがな」


「アノマーノは武器ありきな武人よ。第二ラウンドをやるならこれぐらいのお膳立てをしてあげても良いでしょう?」



 セレデリナは王座室へ突入してからわずか30秒で全ての状況を理解していた。

 ブリューナクがアノマーノの呪いの力に似た何かを使ってか姿を変え巨大化し、予定されていた親子喧嘩に勝ちかけていたことを。

 同時に、アノマーノの心象にも気づいた。苦況に立たされ敗北寸前である中、自分の姿を見たことで本当に向き合うべき何かを理解し、あとは武器さえあれば立ち上がれるよう切り替え始めていたことを。


 だって、アノマーノのことが大好きだから。100年間ずっと戦ってきたから。癖がわかる。思惑がわかる。諦めない底意地の悪さがわかる。考えていることの全てがわかる。だから想像がついた。だから迷いなく行動に移せた。



「勝負を再開する前に申し訳ない。セレデリナにひとつだけ言いたいことがあるのだ」



 一方で父に対し、何かの準備があることを申し出るアノマーノ。

 セレデリナは呪いの仕組みはよくわからないが、今彼女が何を言おうとしているのかも理解していた。

 その言葉は――





「セレデリナ、大好きなのだ。愛しているのだ。この勝負に勝てたら、付き合ってほしいのだ」





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