第21話 開戦

「いやぁ、気持ちよかったのだ」


「もっかい入りたいな」


「ま、それも悪くねぇな」


「ここは出張店だから、〈人族域ヒューマンズゾーン〉のはもっと凄いわよ」



 風呂上がりなのもあってのほほんとした雑談をする一行。

 これに相反するように、クリスフィアはこう話を切り出す。



「あ、クリスちゃんはこの辺でお家魔王城に帰るねー、久しぶりにアノマーノと一緒のお風呂に入れたし、今夜の間に可能な限り話はしてみるよー。とりあえず連絡できるかわかんないし、明日の朝〈魔王城〉に来ればパパと決闘できるかわかるはずだよー」



 まさかのこの場で退場宣言だ。

 そもそも旅館まで案内すれば以後ついて行く必要は無かったのだが、そこは彼女の意思を尊重すべきだろうと皆口を慎んだ。



「あとアノマーノはクリスちゃんのことをお姉ちゃんって呼んで全然構わないからねー。その方がむしろしっくりくるよー」



 最後に残した別れ言葉も、やはり自由だ。






 その後は夕食を摂り、客間にて少しくつろぎ、就寝前にと床に布団を敷いた後、枕投げなどをした。



「くらえ、必殺〈黒炎枕ノワール・フレイム・ピロー〉!」


「枕だってメイスみてぇなもんだ」


「ヴァーノもおもったよりノリノリではないか、秘技〈縮枕〉!」


「ふーん。その枕、消えるわよ」



 壁に穴は空かなかったが最終的に全員が一人一人枕を粉砕したため、ちゃんと掃除をした後旅館側に告白し、謝罪も含め弁償の交渉を行った。




 翌朝、アノマーノはこの日のためにとクリスフィアが〈バードリー義賊団〉のアジトに残していた正装に着替えた。これは青が基調のスーツのようだが金色の布による装飾がいくらか施されていて紳士的な衣装だ。

 アノマーノの体格上女性らしい衣装にすると年相応の品格しか出せなくなるため、あえて男装寄りにしていた。


 同様に、バードリーとヴァーノはあの日見せた貴族装に着替え、〈バードリー義賊団〉としてではなくノワールハンド家の者として現場に出向く意思を見せる。

 特にヴァーノは清楚な衣服に反して背にグレートメイスを背負っており、戦意が伝わってくる


 ……なのだが、セレデリナはいつも通り着慣れた黒いローブに身を包んでおり、全くもって誠意や気品を見いだせない。何着も同じ物の替えを持ち歩いているようだ。



「さあ、出向くぞ」


「クリスフィアの言う通りなら、四の五の言わずに〈魔王城〉に行けばいいのよね」


「ま、姐さんなら余裕で交渉を終わらせてるんじゃないの? なんてったって100人いる人間をポケットマネーで養えるぐらい稼げてる〈調停官〉だしさ」


「油断するな若。姐御だって家族の話となればどうなるかわからん」



 この短期間でお互い距離が近くなったのか、大事な勝負の場へ向かうにはやけに和気あいあいとした雰囲気を出している。

 そんな彼らは、世界に実力を証明するため、居場所を手に入れるため、各々の目的を持って戦いへと足を踏みれていくのだ。





***







 〈魔王城〉門前。


 この城は開閉式の扉を中心に、黒い煉瓦製の、おおよそ20Mの高さを誇る塀に囲まれながら魔法式の結界まで張られており、並の人間では通ることができない。

 更には、城内へと繋がる扉を守る門番兵達の数はなんと100人にものぼる。

 彼らは皆、国を挙げての武道大会での優勝経験を持つ者から〈魔族域デーモンズゾーン〉内で起きた他国の反発の際に活躍し勲章を授与された等など、人に誇れるだけの形ある功績を持ったこの国の兵としては選りすぐりのエリート達である。

 故に設備と武力の双肩によって守られる、難攻不落の城壁という言葉がふさわしいだろう。



「なにか来ているぞ」


「ある意味予定通りだ」


「さすがは姉御、肝が座ってらっしゃる」


「では、各員構え!」



 彼らには事前に『行方不明だったアノマーノ・マデウスが仲間を引き連れ城を落としに来る』と知らされているため、指揮官である〈魔神種デーモン〉の女性騎士の指示によって警戒態勢に入る。

 各々が剣、盾、槍、槌、弓と自身の武器を己が流派で構えた。〈返り血の魔女〉でも来ない限りは返り討ちにできる。コンディションとメンタルの双方はベスト状態だ

 その指揮官が瞬きし瞼を開いた瞬間に――――

 




「あ! アンタって120年ぐらい前に酒場アタシに喧嘩申し込んで相手に負けた雑魚じゃない」


 セレデリナが写った事でその心構えも一瞬で崩れるのだが。



「か、〈返り血の魔女〉!?」


「なんでこんなところにいるんだ!?」


「ひぃ〜〜〜〜お助けぇ〜〜〜〜〜」


「え、この女があの〈この地で最も自由な女〉なのか!?」


「お会いできて光栄じゃないか」



 指揮官の一言によって、彼女の顔を知るものは怯え竦むか、あるいは実力者として賛美するなどして100人が一斉にざわつく。



「〈縮地〉って便利よねぇ〜。移動距離を伸ばせば視界の外から相手の眼前に移動できるもの」



 〈返り血の魔女〉セレデリナは、門番兵たちを見ながらこれまで戦ってきた武人の数々と比較した。結果、彼らは小動物も同然だと判断しニヤニヤし始める。

 なお、指揮官は女性ながら功績こそ数々の武道大会での優勝を果たした〈魔王〉お墨付きの騎士ではあるが、ある日酒場で調子に乗って挑んだ〈返り血の魔女〉との喧嘩では彼女に魔法すら使われず素手だけで押し負け心を砕かれたトラウマがある。

 そのため本来なら前も歩けず膝が崩れる程の恐怖を感じているのだが、



「今度はそう上手くいくものかッ! こちらの数は100、皆手練であるぞッ!」



 トラウマ如きに屈するようでは女だてらに指揮官を任されることはない。今目の前にいるのが〈返り血の魔女〉だという事実に畏怖こそしているが、弱気な情念を押し潰し食いしばった。

 事実、世界で誰よりも強いセレデリナには同じ女性として尊敬すらしている。リベンジするならば今なのだ。



「えー。やるのー? 3秒持たないわよ? 時間の無駄じゃない?」



 嘲笑とも呼べる態度で煽る〈返り血の魔女〉には心底腹が煮え返る。

 この手で討ちたい。しかし言っていることには確かな確信を感じられる。本当にやるだけ無駄かもしれない。もはや諦めて恐怖に屈したほうがいいだろう。

 心を巣食う〈返り血の魔女〉の恐怖を前にしながらも、彼女はそれでも叫んだ。



「者共かかれーッ!」



 その一声によって、構えた武器で波のように襲いかかる門番兵たち。



「しょうがないなぁ」



 〈返り血の魔女〉は一言そう呟き、反撃に転じようと足を踏み込む。






 だが、門番兵たちと〈返り血の魔女〉。2つの勢力の覚悟は不要のモノとなる。



「ストップだ。お前らはストップだ」



 突然と門番兵たちが守る〈魔王城〉の門が左右に開く。

 そこから、ロンギヌス・マデウスが現れた。



「愚姉から聞いたんだよ。そいつは〈返り血の魔女〉セレデリナ張本人だって。なら、相手するのは俺だ」



 彼の言葉に誰も反論はしない。


 それは〈マデウス国〉の王子でありマデウス家の長男でもある彼の言葉だからではない。彼は門番兵どころか、この国において〈魔王〉に次ぐ実力を持つ〈兵士長〉と互角の勝負を繰り広げる強者つわものだ。つまり、ここにいる誰よりも威厳がある。

 彼がそう言うのなら敬意を持って従いたいと考える。だから、門番兵たちは左右に別れて道を作り、ロンギヌスをセレデリナの前まで通した。



「お前が来てるってことは愚妹も来ているってところか」


「リベンジする気? あの娘、本気出してなかったわよ?」


「いいや、それよりもテメェと戦いてぇ。父上のライバル相手に鉾を振りたいのは武人のほまれだろ?」



 顔を近づけメンチを切るロンギヌス。

 決して昨日の敗北で志は折れていないというあらわれなのだろうか?



「ていうかアンタ、アタシじゃなくてバードリーとヴァーノに喧嘩を売られてること忘れるんじゃないわよ」






***


「セレデリナ、急に前へ出てどうしたのだー!?」


「別に急いでるわけでもねぇのに走る必要あっかッ!」


「悲しい話だが〈縮地〉は走法じゃなく歩法だ。歩いてはいるぜ、若」




 そう、セレデリナはよく〈魔王〉に喧嘩を売りに行く時、兵たちを煽ろう弄ぼうとする。ただの日常的な習慣をしていただけだったのだ。



「なんか楽しそうだなぁと思って門番共を煽りにいってた」


「そんなことをしているから人々に恐れられるのだぞ……」



 彼女の態度に呆れるアノマーノではあったが、強さ故の余裕にはやはり憧れがある。

 一本取ったとはいえまだまだ師匠はセレデリナだ。強き者だからこそ取れる態度をならうのも礼儀のひとつであり説教をする気にはならない。



「この数の門番兵にロン兄までいるということは、姉上の交渉は失敗に終わったのだな」



 そこから一旦話を切りかえ、姉の行動の行方を確認するアノマーノ。

 少し喧騒とした雰囲気にはなっているが暴力なく先へ行けるのならばそちらの方が良い。吉報を望んだ。



「あぁ。アイツは父上の怒りを買って地下牢にいる。まさに愚姉だな。それに親父もカンカンだぜ? 今じゃお前を国のお尋ね者として城中の兵士たちに警戒させている。『何人たりとも我のものへ近づかせるな』ってな」



 しかし、返ってきたのは、大好きなおねーちゃんを愚弄するロンギヌスの悪態であった。

 それどころか父までクリスフィアも、それどころか自分まで敵として扱っている始末。

 アノマーノは、まず堪えた。彼の口が悪いのは昔から変わらない。父だってそういう頑固で自分勝手な奴だった。いつも通りだ。



「……」



 だから、一旦黙る。



「よし」



 一度瞬きすると、頭を切りかえ、事実を受止め兄をまた殴ってでもさきへ進もうと考える。

 というか少し殴りたい。


 しかし、そんな彼女の肩にとある男の手が触れ、押しのけられた。



「なぁ、アノマーノちゃん。アイツの相手はオレちゃんとヴァーノだよ」



 男の名はバードリー・ノワールハンド。ある意味ではアノマーノをセレデリナに引き合わせてくれた、最も信用のおける人物だ。



「そうだ。実はあの領地をもらうって話は、本来ウチの大将が〈魔王〉をぶっ倒した後に若と俺でテメェと御前試合して直接奪い取るって話だったんだよ」



 彼の従者であるヴァーノまでもがアノマーノの肩を持つ。



(そうだな、予定とは大きく変わってしまうが、ロンギヌスと戦うだけなら別に父と話を合わせる必要もない。ここは彼らに任せてしまう方が適しておるか)



 2人の言葉でアノマーノも少し落ち着いた。

 今は頼りになる団長と副団長を任せよう。あくまで彼らのほうが上司なのだ、頼らずして何が団員か。 



「……」



 そうして、バードリーはロンギヌスにメンチを切りながら距離を詰めていき、無言で喧嘩の申し込みをはじめた。

 故郷を奪い家族と離れ離れになった元凶が目の前にいるのだ。飲み込んではいるが、殺意だってある。



「では任せたぞ。ロン兄は油断ならぬ相手だ、覚悟するように」


「じゃ、行きましょ」



 お互いじっと見つめ合い、無言になっている内にアノマーノとセレデリナは左右に整列した兵を尻目に〈魔王城〉へと侵入していき、ここにいる誰もが自身の仕事を真っ向できなかった悔やんだまま無言になる。

 だがそんな弱者門番兵を蚊帳の外に置き、3人は同時に啖呵を切った。



「エンドリーの息子なんざどうせならず者の雑魚だ、俺の相手じゃねぇッ!」


「それはどうかな? 言っちゃえば〈返り血の魔女〉なんてならず者そのものだよ」


「じゃ、俺たちをめたこと、後悔しもらおうかッ!」

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