第45話.卒業式
陸軍からも出席者を得て、いつも以上に張り詰めた空気の中、卒業式は進行した。
ついに出番が来る。
真っ黒な制服に、これまた真っ黒な頭がずらり。
壇上に登った私の一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)をギョロリとした目玉達が追いかけてくる。
一段高い場所から講釈を垂れるなどというのは、いつ以来だっただろうか。静かに手のひらの内側に汗をかく。
マイクなどないので、努(つと)めて声量を大きく意識し、胸を張った。
「今日(ほんじつ)、ここに多数の来賓各位の御臨席を賜り、卒業の式典を執り行わせて頂きます事は、我ら北部総合学校一期生にとって最高の栄誉であり、心より御礼申し上げます」
一礼と共に、喋り始めた。
「このように式典を迎えることができましたのは、ひとえに赤石校長を始めとする各教官殿のご指導、ご鞭撻の賜物であります。多大なる御尽力に、一期生を代表し拝謝致します」
しんと静まり返った講堂に、私の声だけが響いている。
「すすきが黄金(こがね)に光る時分(じぶん)に卒業と相成りましたが、これは時勢を顧(かえり)みてのことであります。今日我が国を取り巻く状況は激変の一途を辿っており、極東の安全はまさに予断を許さぬ状況にあります。我らは日本皇国の繁栄の為、職務に就きその責任を果さんと存じます」
深々と礼をすると、同期からパラパラと拍手が湧いた。頭を上げてそちらを見る。演説(いいたいこと)はこれで終わりではない。寝ぼけた顔をしている者達に言ってやらねば。
「……一期生諸君!」
「この地は、父母が鍬(くわ)を持ち、手に血を滲ませて開拓(ひら)いた土地である。まさに我らの国だ」
何が始まったのかと、同期の連中は顔をこちらに向けたまま瞳を輝かせている。教諭達は顔を下げて、何か思うところがあるようだ。
北部雑居地の日本人は、維新後から入植したものが多い。戊辰戦争で苦渋を舐めた人々で、新天地(くに)を求めて志願したものも居る。
それこそ成らねば後がない、決死の覚悟の者達である。今日の雑居地の急激な発展はそうした先代、先々代の働きの結果なのである。
「昨今の情勢は知っていよう。我らの国をルシヤの兵が我が物顏で歩くのを許せるか。街を田畑を焼かれるのを見過ごせるのか。母が、姉妹(あねいもうと)が犯され、殺されるのを見過ごせるのか!」
方々(ほうぼう)から、ざわざわと声が漏れ出はじめた。
「国を護(まも)れ!我らの手で護るのだ!」
「「「おおおっ!」」」
右手を握りしめ、大きく振った。それに呼応するように黒い一団が、声を上げる。
「我らは今日を境に、学生としての身分は終わりである。栄誉ある日本皇国陸軍士官として、我らの命は国に捧げよう。血と、肉と、骨の一欠片まですり潰そうとも、死して護国の鬼とならん」
彼らの中には、これが今生の別れとなる者もいるだろう。死して骨を頼む事になる者すらいるかもしれぬ。
万感の思いを込めて、告げた。
「いざ、さらば!」
その言葉に同期達も湧き立ち、応えた。
「「「さらば、友よ!!」」」
万雷の拍手に迎えられ、私の挨拶は終わった。そして、長かった学生生活も終わりを迎えたのだ。
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