第29話.出発
校庭に並んだ、五十名の学生。
黒い制服に外套を纏って背嚢を背負う。さらに小銃を担いでいるから、見た目はまさに軍隊である。
パッパパパーパッパパパー!
白んだ空に響くラッパの音。出発の合図である。
そう、ついに合宿が始まった。
初日の行程は、一日かけて麓(ふもと)の村まで徒歩で行き、そこで一泊する予定だ。大所帯ではあるが、もれなく民泊出来るように手配されているそうだ。
ザッザッと靴が音を重ねる。
岩木教諭を先頭に、歩く学生の顔は上向きだ。初めての行事に期待を持ってのことか。それとも学外に出るのが新鮮なのか。
昨日までの雨雲は消え、お天道様も私達の行く道を後押ししてくれているようだった。
半長靴が泥(ちゃいろ)と雪(しろ)を跳ねて弾む。二列縦隊、五十名の百脚が一つの生き物のように規則正しく流れていった。
集団で一塊となると、己が大きな一(いち)の部品であると、そんな目に見えない心の動きが現出した。そういった錯覚めいたモノが不思議な自信を与えてくれる。
つまり気が大きくなるということだ。
皆がこうしているのだから大丈夫だ、間違いは無いだろう。そういった錯誤が起こるのだ。この場合はそれが命取りになりかねん。
はぁっと、ひとつ白い息を吐いて気持ちを落ち着ける。
私がすべきは、危険を事前に察知すること。今、皆と同じ気持ちになってどうするのか。
独り風を聴き、山と語らねばならない。
ああ役割をこなすのだ。人知れず決意を胸に秘めたのだった。
白い丘を二つか三つか。
道中は天候にも恵まれ、雪も深くない。良くできた道を歩くのは苦にならない。首を回せば、景色を楽しむ余裕すらあった。
目的の村に着いたのは、その日の夕方だ。
四、五人が一つのグループになり、それぞれ民家に世話になって一泊することになっている。かくいう私も他の三名と共に、村民の自宅に厄介になった。
存外と言えば語弊があるが、私達の一団は彼らに歓迎された。どうやら学校からは、きっちり宿泊料が払われているようだ。
これは本当に助かった。明日の昼飯の握り飯まで、用意して貰えるという事である。
夕飯の後には、外を歩いた。
雲間から降る頼りない月明かりの下、明日登る予定の山を見上げた。雪に包まれて、のっぺりとしたその表情からは何も感じられない。
そして朝の快晴は何処へやら、西の空は雲に包まれている。
「おっ穂高ぁ、どうした?」
「吾妻か。明日の天候が気になってな」
ぶらぶらと表を徘徊する私を不審に思ってか、吾妻が声をかけてきた。
「曇ってるなぁ」
「うん」
二人並んで空を眺める。
男と、それも丸刈りの大男と並んで空を見ても楽しくはない。吾妻が「ぶえっくしょい!」と大きな声でくしゃみをした。
「ズズっ……まぁ明日次第だな」
それが結論であるだろう。
心配事は尽きないが、明日は明日の風が吹くか。今、気に病んでもしようがない。当日の天気に賭けるしか無いのだ。
「そうだな。いや、ありがとう」
早々に吾妻は手を上げて屋内に帰っていった。それを見送った私も、寝床に戻るのだった。
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