第27話.合宿準備
雪山合宿まで、準備に一週間。
真っ黒な頭がいくらか集まって私を中心に、ああでもないこうでもない、と意見を言い合っている。
そう、例の雪山対策である。
厳冬期の雪山の寒さ怖さと言うのは、仲間(どうき)に繰り返し言って聞かせた。
北部方面総合学校(ほくほう)では色んな地域出身の子弟が集まっているために、雪の見ない地域の人間も半数いた。初めはピクニック気分であった彼等にも念入りに伝えてやると、事態の重大さに気がついたようだ。
終いには青くなって「どうする」などと言っている始末である。まぁ山を舐めるより余程良い。
さて、それは良い。それは良いのだが。
貧乏学生が集まったところで防寒具が満足に買えるかと言うと、それは難しい。それに金銭問題を退けても、ゴアテックスのようなものがあるでもなし。
なるべく金をかけずに、今あるもので工夫する事が必要であろう。
まず必要なのは体温の維持。
身体が濡れると、その水分の気化熱によって急激に体温が奪われてしまう。とにかく皮膚に密着する部分に、乾いていている空気の層を作る事が重要だ。
これは雪などの外部からの水分の侵入もあるが、汗を掻くと内部から水分が発生する事もある。いくら極寒の環境下でも、人間は運動すると汗を掻く。
なるべく汗をかかないようにする事と、濡れてしまった着衣は替える事が大切である。軍手軍足の予備を要求したのもその為だ。
特に足下の防水防寒は生命に直結する。爪先(つまさき)にはトウガラシを麻の小袋に入れたものを詰める。代えのない半長靴は、全面にロウを塗り防水とした。そこからカンジキを履いて、ある程度の耐水性を確保する。
そして装備品。
個人単位で自活できるように燐寸(マッチ)と燃料(炭や薪)。食料は各自で分散して持つことにする。万一、逸(はぐ)れた時の為にも必要な事だ。
そして凍っては不味いもの、水や食料は身に付けるように伝えた。外套の下、体温で凍らないようにすると喫食可能なまま所持できる。
後は個人の所有品から縄を持つ者は縄を、防寒着を持つものはそれを。それぞれ知恵を絞って準備させる事とした。
その日の晩。内職でカンジキなどを作っていると吉野が訪ねてきた。
「なんだ吉野か」
「何だとはご挨拶やな」
「気にするなよ。それで何の用だ」
「いや、なぁ三回ほどお泊まりするのが、そんな慎重にすることかいな。そのうち二回は麓の村で寝られるんやで。雪山で野営するのは一回だけや」
そう、三泊四日のうち初日は山の麓の村落での宿泊。二日目に登山。三日目昼過ぎには麓に降りている予定だ。
行程としては無茶なものではないのだが。
「山に絶対は無い。準備に越したことはないだろう」
「さよか。まぁ穂高(ちび)の言うことやからな、信じるで」
いつになく聞き分けが良い。
「そうか助かる。暇ならちょっと手伝ってくれ」
「ああーまさか手伝わされるとは思わんかった。損したわ!」
そう言って、素直に座って手伝い始めた。何しに来たんだと思っていると、がらっと戸が開いて、吾妻が現れた。
「おうい、差し入れ持って来たぞぉ」
茶菓子を持って、どかりと座った。酒でなく、甘い茶菓子をチョイスする辺りが実に吾妻らしい。
「犠牲者がも一人来たわ」
「犠牲者とは何だ、志願者と言え、志願者と」
そう言って笑う。
どうやらコイツらは、元より私を手伝いに来る心算(つもり)だったらしい。
「助かる」
「なんの。これも我々の為だろう?」
「そうだな。お前らの為だ」
「おい!そう言う時は、違うって言うもんやで。それ以前に自分の為でもあるやんけ!」
そんな軽口を叩きながら、夜は更けて行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます