第24話.規則ト罰則

その日の夕刻。

吉野がとぼとぼ一人で帰って来るので、どうなったのかは察しが付いた。判断力に欠けるが、行動力だけはある男だからな。

そのままなんだかんだと言って、部屋を訪ねて来るから、調べ物の手を止めて相手をしてやった。


曰く、彼女はルシヤ人と日本人のハーフなのだという。だが分かったのは、そこまでで、それ以上は話せなかったと言う事だ。


「取り付く島も無いんやけど」

「決まった人が居るんじゃないか?」

「そんならしゃあないけどなぁ」


「また明日声かけて見るか」なんて言っているが、付きまとい(ストーカー)にならない事を祈る。


そんな時、がらりと部屋の扉が開かれた。

現れたのは一階に住んでいる男だ。十円禿げが良く目立つ。その男が慌てた様子で言った。


「おい。隣の部屋の、霧島(きりしま)が帰って来ないんだが。お前たち知らんか」


吉野と顔を見合わせるが、首を横に振っているので「知らんな」と応えた。


「酒でもひっかけてるんやないか?」

「それが、制服や制帽も無いんだよ。持ち出し厳禁の筈(はず)だろう。明日帰って来なかったら大問題にならないか」

「なるな。それは問題になる」


前世、自衛隊でも脱柵(だっさく)騒動があったのを思い出した。候補生でも隊員でも、所在不明となれば捜索される。つまり大事(おおごと)になる可能性は十分ある。

それも持ち出し禁止の官品を持ったまま、となればことさらだ。


「明日は……午前九時から岩木教諭の授業か」

「それまでに帰らなかったらどうなるんや」

「捜索隊が編成されて、捜索だろうな。悪ければ何かしらの処分も考えられる」


探そう、という声が誰からともなく上がった。教諭に見つかる前に自分達で探し出し、連れ戻そうと言うのだ。


「夜中に帰ってくる心算(こころづもり)なのかも知れん」

「もし明日の朝までに帰って居なければ」


私達は頷き合った。

さらに他の寮生達にも協力を要請すると、皆が二つ返事で了承したのだった。


そして翌朝。

やはり霧島は居なかった。私達、五十名からなる学生隊の自主捜索が始まる。


霧島の立ち寄りそうな場所を探していく。制服を脱いでいる可能性もあるから、和装の者にも注意を払った。

駅や人の多くいる界隈を中心に、交友関係から行きそうな場所を人海戦術で捜索する。

人力車の俥夫(しゃふ)にも声をかけて、霧島のような人相を見なかったかと聞いて回った。


人の多い、朝の大通りを走り回る。青い空に白い雲。そこかしこから聞こえてくる活発な声が、希望の朝の始まりを告げていた。

女学生だろう、賑やかな明るい色の集団が並んで歩いている。平和な事だ。それを尻目に脱柵者の影を探すが、良い結果は得られない。


かぁんかぁんと音が聴こえた。大時計(おおどけい)の鐘の音だ。午前八時を知らせるその音に、時間が迫っている事を思い知らされる。


もう、学校へ戻るしかないか。

そう考えた時、通りの向かい側に吾妻に連れられて歩いてくる制服の男を見つけた。あれは霧島だ、彼の顔は暗い。


「おうい、吾妻!居たのか」

「おう穂高!学校へ戻るぞ」


ぱっと近づいて話をする。

事の顛末はこうであった。

霧島は、先日母親が大病で、長くないかもしれないというのを手紙で知った。最期に制服姿で立派にやれているというのを見せて安心させてやりたかった。その一念で、持ち出し禁止である制服制帽のまま実家の母親の顔を見に行ったのだそうだ。


「っく……お袋さん、喜んでたか?」


吾妻が顔を赤くして俯いて震えている。どうやらお涙頂戴が効いているようだ。


「ああ。寝たままだけれど、笑ってくれたよ」

「そうがっ……よかったなぁ」


それは本当に良かった、が。問題は今後の事だ。今の時間ならば、すでに敷地に教諭が居るであろう。このまま帰ると、どうしたのかと聞かれるのは必定だ。


「なぁ俺が一緒に謝る!先生方も分かってくれるはずだ!」

「あ、吾妻ぁ!ありがとうよ……!」


勝手に盛り上がって、吾妻と霧島が二人で涙している。身長は凸凹であるが二人とも丸刈りでむさ苦しい。そんな二人が感極まって何やら励ましあっている姿は、言って悪いが少々不気味だ。

間違っても朝の大通りですべき事ではない。


「それは良い。しかし罰則規定は知らないが、どんな沙汰が下されるかわからんぞ」


私の言葉で彼等の顔が普段に戻る。ぴしゃりと水を被ったかのように、現実に引き戻されたようだ。


「バレないようにこっそり戻る方が良いのか?規則は破ったが、人道には反して居ないと思うがなぁ」

「いや、それでも……正直に謝りたい」


正直者なら初めから許可を得ていけよ。と思ったが、やらかしてしまった事はしようがない。

さて、どうすべきか。何の策も考えられぬまま、学校の前まで戻って来てしまったのだった。

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