第50話 ドラコ覚醒(ミナリー視点)

   ◇◇◇


 師匠が転移で去った後、戦況はやはりドラコへと傾きました。


「くひひひっ!! どうしましたかぁ、アリシア・オクトーバー! 愛しのお姉様が居なくなって寂しくなったんでちゅかねぇ~!?」


「黙りなさい……っ!」


「くひひひひっ!」


 ドラコからの魔力供給を受けたゴーレムは師匠に破壊された腕を復元し、執拗にアリシアを追い詰めます。アリシアは〈炎槍〉を放ちつつ、ゴーレムの攻撃から逃れて距離を取りました。


 巨大な図体を魔力で動かす関係上、ゴーレムの動きは鈍重になります。そしてあまり複雑な動きが出来ないために、攻撃手段はいたってシンプルです。


 私がドラコならあんなに大きなゴーレムは作らずに、人間サイズのゴーレムを複数製造します。その方が数的有利を作れる上に、動きもしなやかになるので。耐久性は下がってしまいますが、壊れれば代わりをまた作ればいい話です。


 それをしないのはドラコの経験不足ゆえか、それとも出来ない理由があるのでしょうか。


「わたくしを忘れてもらっては困りますわ!」


 アリシアがゴーレムを引き付けている一方で、ロザリィはドラコの後方へ駆けていました。


 魔法使い同士の戦いは棒立ちのまま魔法の打ち合いになることがほとんどです。それは走ったり飛んだりという動作に意識を割く暇があったら、相手よりも先に強力な魔法を練り上げて放てというのが基本だからでしょう。


 ですが、二対一という状況……それも相手が格上となれば事情も変わります。アリシアがゴーレムを引き付け、その隙に術者であるドラコをロザリィが攻撃する。この連携は現状における最適解です。


「食らいなさい、〈風刃〉!!」


「ちっ!!」


 ロザリィの攻撃にドラコの集中が削がれました。その途端にアリシアを追っていたゴーレムの動きがぎこちないものへと変わります。〈風刃〉は〈土壁〉で難なく防がれてしまいましたが、なるほど。そういうことですか。


「どうやら、ゴーレムを操るには視界に収めている必要があるようですわね」


「くそっ!! 随分と卑怯な真似をするじゃないですかぁ、ロザリィいいいいっ!!」


 ドラコの意識がロザリィに集中すると、ゴーレムは完全に動かなくなりました。それどころか原型を維持することもできず、アリシアの目の前で土の山へと成り果てます。


 ドラコの技術不足ですね。いくら〈吸魔の書〉から魔力を得たところで、使いこなせなければまるで意味がありません。ゴーレムは呪いと同じ要領で魔力を編み込めば自動化も容易いと思うのですが、ドラコにはそれができないようです。


 だとしたら、ロベルトの妻子に埋め込まれた呪いは誰によるものですか……? あの呪いを組み立てられるなら、ゴーレムの自動化なんて造作もないはずですが。


「随分と呆気なく底が見えましたわね」


「くひっ。ひひひひひっ!! お前は何もわかっちゃいませんねぇ、ロザリィ。僕が手加減してやっていたのがわからないんですかぁ? 未来の花嫁を殺しちゃったらダメでしょう?」


「……何度も言いますけれど、わたくしを勝手にあなたの人生設計に組み込まないでいただきたいものですわね! 虫唾が走りますわっ!!」


「くひひひひっ! 手足だけで勘弁してあげますよぉ! 僕のものになれロザリィぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!」


 ドラコの全身から禍々しい魔力が溢れ出します。


 まさか、〈魔力開放〉ですか……?


 〈吸魔の書〉で集めたと思われる夥しい量の魔力がドラコの体から地面へと流れ込み、やがて彼の周囲の土が隆起し始めました。そして盛り上がった土はそのまま、ドラコの体を飲み込んでいきます。


「ドラコ・セプテンバー、何をしているんですの!?」


「あのバカ、自分の魔法に飲み込まれちゃったわよ!?」


 ……いいえ、違います。


 ドラコを飲み込んだ土は、やがて巨大な人の姿を形成していきました。先ほどのゴーレムよりも、より人間的なシルエット。その姿はまるで、巨大になったドラコそのものです。


『くひひひひっ!! 見たかぁ! これが僕の真の力なんですよぉっ!!』


 土人形の中からドラコの声が聞こえてきます。


 ゴーレムにそんな使い方があったなんて……。


 私は素直に感心してしまっていました。まさか術者が内部に入ってゴーレムを動かすなんて、私にはなかった発想です。これは土系統の魔法に今後大きな影響を与えかねない大発明かもしれません。


 ドラコの技量では、彼を模して作ったのっぺりとした粘土人形といった感じの見た目にしか出来ていませんが、私がこだわって作れば全長50メートルを超える師匠の細部まで精巧な姿形のゴーレムも作れるかもしれません。師匠が嫌そうな顔をしそうですが。


「ゴーレムの内部に居るっていうの……!? だったら、〈炎槍ファイアランス〉!!」


 アリシアが放った〈炎槍〉はゴーレムの側頭部あたりに着弾します。けれど、爆炎は表面をやや削った程度で、その傷もすぐに修復されてしまいました。


『いひひひひっ、無駄無駄無駄だぁっ!! アリシア・オクトーバー、お前じゃ僕のゴーレムにかなわないんですよぉ!!』


「くっ!」


 先ほどのゴーレムとは比較にならない速さで拳がアリシアに向かって振り下ろされました。アリシアは身を投げ出すように地面に転がって何とか直撃を避けますが、衝撃波に吹っ飛ばされます。


「がはっ……!?」


「アリシアっ!」


 地面に叩きつけられたアリシアにロザリィが駆け寄ります。幸い大した怪我はなさそうですが、迷うことなく避けていなければ、今頃アリシアの肉体は五体満足ではいられなかったかもしれません。


 自身がゴーレムの核となることで、自分の体のように自在に操ることができるようですね……。相当厄介な魔法です。アリシアとロザリィでは荷が重いようにも思えます。


 けれど、


「ミナリー、あんたはそこで休んでなさい……っ! まだ、本調子じゃないんでしょ……?」


「アリシア……」


 アリシアは痛みに耐えるように顔を顰めながら、拳を力いっぱい握りしめて起き上がろうとします。彼女の言う通り、私の体調はまだ本調子とは言えません。無理をすれば戦える程度には回復しましたが、加減を間違えるリスクは依然高い状態のままです。


 あともう少し……。


 アリシア、ロザリィ。それまでどうか、無事でいてください……。

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