第29話 ファンタジー、ファンシーでもいいわ

 先導する百代に付いていき、新校舎の四階まで登っていく。ここまで来ると大体の目的地は分かってくるが……はて、こっちに空き教室なんてあっただろうか。

 想像通り、俺たちは図書室の前まで来た。

「空き教室って図書室のことか」

 当然の疑問を投げかけると、百代の目線はすぐ隣の小さな部屋を見ていた。

「違うわ。こっちよ」

 そこに掲げられていた表札には図書準備室と書かれていた。

「そういえば見たことがあったな」

 普段生徒達が訪れない部屋だろうし、俺も全く意識していなかった。この部屋に入る機会があるのは図書委員か司書教諭ぐらいだろう。

 百代が取手に手をかけ扉を開けると、中からは古い本特有の、紙と誇りの充満した匂いが鼻を覆った。

 室内はカーテンが閉められていて薄暗いが、普通のクラス一部屋分の広さがあることは見て取れた。中央には図書室に置いてあるような、複数人が対面して腰を掛けれるような大きく横長い机が置かれている。

 部屋の左右には複数の本が棚に並べられていた。背表紙はどれも古ぼけていて、おそらく一定の年数が経過して図書室から移動させられた本だと思う。処分とまではいかない保管する価値のあるものなのだろうか。

 本棚の前に立ち、本を眺めていると窓を勢いよく開ける音が聞こえた。カーテンがはためく音とともに新鮮な空気が部屋に入ってくる。窓側に目を向けると、部屋の誇りが日光で煌めきながら舞っていた。百代がカーテンを束ねている。

「少し掃除が必要ね」

 窓際から部屋の中央に置かれた長机の前まで移動して、溜まった埃に手を触れながら、百代がそう呟いてこちらをじっと見てくる。

「……わかったよ」

俺はそう告げると、図書室の方へ向かい掃除道具を探しに行った。


           *


 掃除を終えた準備室内は大分片付き、換気のおかげか最初の誇り臭さはあまり感じない。

 また、初めは気付かなかったが、扉の横には図書室にあるようなカウンターが設けられていた。昔はここも図書室の様に使われていたのだろうか。

 そのようなことを頭の中で回想しながら、綺麗になった机に腰掛け百代と対面していた。当の百代は特にこちらを見ているわけではなく、部屋の隅々まで眺めて

「これが私たちの拠点になるのね」と満足げに呟いていた。

「これからどうするんだ」

「なんだ、小綬も乗り気じゃない」

 そう言われるとなんだか悔しいが、これと言って予定はないし何かやることがあるというのは別に悪い気はしないからな。

「そうね、やはり超現象や幻想的なファンタジー、ファンシーでもいいわ。大事なのはどう遭遇するかよね。これが起きないとどうにもならないから」

 そんなことは起きない、と内心は否定したいが、真剣に悩んでいる百代を見ていると、若干口には出しにくい。

「生徒達から情報を募ったらどうだ」

 百代は腕を組み考え込んでいたが、かぶりを振った。

「うーん、一応学業に励むためにこの部屋を使うわけだし」

 そうだったな。建前上、担任を納得させるためにそう言った、と百代が話していたことを思い出した。

 しばらく考え込んでいたようだが、何か閃いたのか突如として立ち上がった。

「そうね! 要するにばれなければいいんじゃない」

 何を思い立ったのか、急に立ち上がるとこの部屋を出てどこかに行ってしまった。

 別にあいつがどこに行こうと気にはならないが、戻ってくるかどうかわからないのは不安ではある。……このまま帰ってしまおうか。

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