第24話 あなたよ

 自宅までの帰り道を、ゆっくり自転車をこぎながら通学路を進んでいた。日が沈みかけで、薄暗くなり、自転車のライトを点灯させる。

 前方が明るく照らされたが俺の気分は最大限に沈み込んでおり、どこか上の空でペダルをゆっくり回していた。坂をしばらく下るとちょうど信号が赤に変わるところで、スピードを緩めて片足を地面につける。

「はあ……」

 その溜息は信号に足止めを取られていることではなく、つい先程の出来事を思い出してのことだった。照らされる前方と前を横切る車を眺めながら、百代とのやり取りを思い返していた。


           *


 大きな衝撃音に驚き集まった生徒や司書員が床に倒れた重厚な本棚を掛け声とともに立ち上げた。そのあとは散乱した書物を元の場所へと手分けして集め、そんな中、俺と百代は先程助けた図書委員の少女に長いこと頭を下げられていた。

 百代は「そんなに大したことはしていないわ」と言っていたが、得意げな表情自体は隠しきれていなかった。俺自身も実際、百代の行動には感心していた。

 図書委員の少女からの感謝と謝罪の言葉から解放された後、俺はふと彼女と会う直前に、百代としていた会話を思い出していた。

「そういえば何か話していた気がしたけど、百代、なんだったっけ?」

 俺の問いかけに百代自身も、少しの間目を丸くしていたが、何か思い至ったようで両手を軽くたたいた。

「やっぱり自覚はないようね」

 百代から全く予期していない返答が返ってきて、今度は俺の目が丸くなっていることだろう。

「どういうことだ?」

 俺の表情を確認した百代は、小生意気な笑みを浮かべていた——そして、おそらく、次の百代の言葉を聞いてから俺の平穏な日常が、徐々に非日常的世界へと導かれていくことになっていったのだと思う。

 俺の方へ一歩歩みを進めた百代は俺に顔を近づけた——その迫力に俺自身は、若干体をのけぞらせた。


「それは、小綬、あなたよ」


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