第12話 ランニング

 スタート地点にいる体育教師が腕を組みながら、満足そうな表情を浮かべ息を切らしながら走る生徒たちに声を掛けている。

 体育教師曰く、何事にも体力が基本であり、これから長い学校生活を過ごすためにはランニングが一番だと力説していた。まあ否定はしないが、ただ走るだけという行為は、ダイエットや陸上部でレギュラーを取りたい、等の目的がなければ単なる苦行でしかない。

 しかも学校の外周を十周だ。汗で体操着が重く感じる。横手に流れる涼しい川の流れる音だけが憂鬱な気分を救ってくれる。

「ペースが落ちてるぞ。どうした?」

 ふと後ろから肩を叩かれ振り返ると、米登が額に汗を浮かべながら、顔に自慢げな笑みを浮かべていた。

「もう周回遅れだぞ」

 並走する米登の嫌味を右から左に聞き流しながら、学校の中へと戻っていく。まあ、米登は昔からスポーツを続けており、体力に自信があるのは分かっている。うらやましいという感情は特に持ってはいないが、こう差を見せられると若干悔しくもある。

「俺に合わせなくてもいいからさっさと行けよ」

「お前が辛そうにしているから応援してるんじゃないか」

 あーそうかい。

 心の中で米登に返事を返していると、俺の後ろから軽い音で、「タタタ」という早くリズミカルな足音が聞こえてきた。

「うわっ」

 自分の左側を誰かが駆け抜けていったことに米登が驚きの声を上げる。いい気味だ。

 米登が驚いた方向に目を向けると、長いポニーテールをたなびかせながら一人の少女が走り抜けていた。

 まるで慣性を感じさせないような——走るというよりは低空を飛ぶ、獲物を狙う燕のような後ろ姿だった。

 あっという間にゴール地点に到達すると足を止め、涼しげな表情で元の整列していた位置まで歩いて行った。汗一つ流していないじゃないか。

 体育の担当教師が走って駆け寄り何やら熱く力説している。

「百代のやつ、……とんでもねーな」

 並走する米登が愕然とした表情を浮かべていた。まあ俺も同じような表情を浮かべていたのだろうが。

 俺の他の生徒達と比べて遅い方ではないし、何より米登はクラスの男子の中でも一番二番を争うほど運動神経が良い。

 現に俺を周回遅れにされたわけだが、さらに百代は米登を周回遅れにした。横で米登が肩を震わせている。

「……俺だってな、こんなもんじゃないんだ!」

 隣を走っていた米登は露骨な強がりを叫びつつ、鼻息荒く俺の前を走っていった。

 まあ俺は自分のペースで走らせてもらうけどな。マイペースが一番だ。

「……」

 百代の横を通ったときに、こっちをじっと見ているような気がするが気のせい……。

「じゃないな」

 軽く顎を上げ空に鼻をつき出すような自信ありげな表情を浮かべてこちらを見ている。

 腹立たしいな。仕方ない、少しだけ気合を入れるか。

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