第29話『教えてくれ。……姉さんの気持ちを』
あぁ、食べても食べても一向に減らない……。
一体、いつになったらこの拷問から解き放たれるのだろうか。このオムライスという名の拷問器具(?)を使えば、どんなに口が堅いヤツでも白状させられそうだ。
俺は毒々しい
やはり一気に飲み込むのは体に悪いのかもしれない。なんか生臭いし、一気に飲み込んだら中毒症状かなんかで死に至りそうだ。
前に悠里が作ったオムライスよりも断然ヒドイ。
テレビ番組で、よく大食いとか激辛チャレンジなんかをやってるけど、このオムライスを完食するよりもキツいチャレンジなんて存在しないだろ……。
座卓を挟んだ向かい側で同じようにオムライスと格闘している悠里は毒物を口に含むと、アルコール消毒とでも言わんばかりにたいして度数の高くない酒で胃に流し込んでいた。
そんな姉にチラと視線をやりながら俺はまだ半分以上も残っているオムライスをスプーンでツンツンとつつき、気を紛らわせるべく向かいに座る姉に話しかける。
「そういや、うやむやになってたけど。今日もまたストーカーされたんだよな……。まだ犯人は分かってないのか?」
ほとんどマリーさんに任せっきりになっていたので、詳しい進展を俺は知らない。
「……オーナーは
「樺沢さん? あー、けんじ兄ちゃんか。まあ、あの人でほとんど間違いないだろうな。あとは証拠があれば……」
「あ、そのことだけど。オーナーが何度も警察署に掛け合ってくれたおかげで本格的に動いてくれることになったって、今日連絡があったわ」
「おー、そうか。なら解決までは時間の問題だな」
最初、妹代行サービスってやばい店だと思っていたけど。オーナーが一人の従業員のためにここまで本気で向き合ってくれている。あの人、あんな感じだけど本当に信頼に足る人だった。
しかし、当事者である姉はどこか浮かない顔をしている。
「……ほんとに樺沢さんが犯人なのかな」
「今さらなに言ってんだよ。前に遊園地で会ったのも俺たちを尾行していたからじゃないかって話もあるし、なにより今はあの人以外に心当たりもないだろ?」
マリーさんや事務所の面々は、以前から樺沢健二が悠里に対して執着的だったという話をしていたし、俺たちが遊園地で遭遇した際もなんらかの手段で悠里が遊園地に行くことを聞きつけて尾行してきたんじゃないかという話が出ている。
「で、でも……。なにか理由があるのかもしれないじゃない」
そんな言葉を聞いて、俺は思わずため息をこぼしてしまった。
「ああ。お前がお客さんを疑いたくない気持ちはよくわかったよ。でもな、こうして実際に被害を受けていて、周りにも迷惑をかけているのは事実だ。もう庇ってもいられないだろ」
俺は熱くなりすぎないように呼吸を整え、悠里を
「今はまだこの程度で済んでるかもしれないけど、今後なにがあるかわからない。もしかしたらお前だけじゃなく、周囲の人間にも被害が及ぶ可能性もある。母さんだって、今は一人なんだ。……もう、お前だけの問題じゃないんだよ」
悠里はしばし俯き、やがてポツリと言葉を漏らした。
「そう、かもしれないけど……。他にも、方法はあるでしょ? 一度話し合うとか」
「話し合いで解決すりゃ警察はいらねぇんだよ」
「ちゃんと話し合ってもないのに、いきなり警察なんて呼ばれたら話し合いで解決するものも解決しないでしょ。なにか理由があってこんなことをしているのかもしれないじゃない!」
「理由、理由って……。お前、なにがしたいんだよ?」
少し語気を荒げると悠里は我に返ったように目を
「遊園地の時だってそうだ。お前、『自分でなんとかする』って言って、結局マリーさんに報告すらしてなかったじゃねぇか。お客さんを大事に思うのはいいことだけど、身近でお前を心配する人はどうでもいいのか?」
「そ、そんなこと……」
「一人で背負い込もうとするのはお前の悪い癖だ。俺はまだ、お前の口から一度も『助けて』って言葉を聞いてないぞ。お前は一体、なにがしたいんだ?」
遊園地で樺沢健二に絡まれたときも、マリーさんと事務所で話し合いをしたときも。あのときだってそうだ。家族がバラバラになったときも、姉は一度も『助けて』とは言わなかった。
俺よりもずっと傷付いていたはずなのに。
――あのとき、俺たちは決定的なすれ違いをしてしまったんだ。
それは俺が姉のことを理解してやれなかったからだ。自分ばっかり悲観的になって、歩み寄ろうとしなかった。勝手に全部決めつけて、全部姉のせいにして、俺はずっと逃げてきた。そんな俺に歩み寄ろうとしてくれたのも結局は姉だったんだ。
だから、今度こそはわかりたい。姉がなにを思って、なにを考えて、なにをしたいのか。
馬鹿な俺は正しい歩み寄り方なんて知らないし、みんなが当たり前にできるようなことができないけど。どんなに愚かでも、どんなに遠回りをしても、どんなに下手くそでも、姉を助けたいという気持ちに迷いはなかった。
「教えてくれ。……姉さんの気持ちを」
俺の愚直なまでの眼差しを悠里は正面から受け止めてくれた。
そして、意を決したように言葉を紡いだ。
「……あたしが今のバイトをやろうと思ったきっかけはね、自分を変えるためだったんだ。初めこそ、意図せず妹代行サービスなんてところに応募しちゃったけど……。今は、この仕事も事務所の仲間もお客さんも大好きよ。……あたし自身が変わるきっかけをくれたから」
悠里は膝の上でギュッと拳を握りしめた。
「まだ、自信を持って変われたとは言えないけど。でもずっと逃げていたことに向き合うことができた。あたしの背中を押してくれたのは、今まで妹代行サービスを通して出会った人たちなの。ほんとに、感謝してもしきれない」
悠里が力強い眼差しでこちらを見据えてくる。
「……なんとか、ならないかな。あたしは樺沢さんを傷つけるのは嫌なんだ。誰も傷つけないなんて無理なのはわかってる。どうしようもない綺麗ごとだってわかってるけど。それでも、あたしはみんなにハッピーエンドを迎えてほしい……‼」
はじめて聞いた姉の願い。
そして。
「――湊斗、助けて」
悠里は変わったんだ。
一人で抱え込んでいたものをはじめて俺に見せてくれた。
だから、今度は俺が変わる番だ。過去に囚われ、自分の理想を押しつけるだけのワガママな弟のままではいられない。
いつまでも姉に甘えるだけの俺じゃいけないんだ。
「もちろんだ。……俺にひとつ提案がある」
「提案?」
「ああ。俺たちで樺沢健二に接触してみないか?」
「え?」
「つまりだ。ヤツが警察に捕まる前に俺たちで接触して和解という形に持っていくんだよ」
「で、でも。そんなことができるの……?」
「知らん。方法はこれから考える」
樺沢健二が俺たちの接触に応じてくれるかはわからない。ストーカーという立場上、俺たちを警戒して対話に応じてくれない可能性の方が高いだろう。
安全面を考えた上で、確実に和解に持っていく作戦を練る必要がある。
俺が物思いに耽っていると、座卓の向かいで悠里が穏やかに微笑んだ。
「湊斗、ありがとね」
「……ふん。お前にいつまでもウチにいられちゃ困るからな。それだけだ」
「あ、ツンデレ。勉強になります」
「誰がツンデレだ! 勝手に勉強するなッ‼」
俺は急激に上がった体温を誤魔化すべく、すっかり冷めてしまったオムライスを一気に口にかき込んだ。……が、胃の不快感が込み上げてきた。
「おえぇ……」
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