露顕

座敷の上でハクタカが目覚めた時には、胸のさらしはすべて取り除かれていた。

ユノに、剣の修行中に倒れたのよ、と言われた時には、彼女にすべて知られてしまったことを悟った。

ただ、周りにハグムがいないことがわかると、ハクタカはいくらか冷静になれた。

ユノは意味がわからない、という様子で狼狽えていたが、心底自分の身体を心配してくれている様子を見て、ハクタカは観念して、ユノに男としてこの家に来た経緯を話し始めた。





ハグムの家の勝手口につながる垣根の前に、一台の馬車が停まった。


勝手口の方に馬車を停めたのはハグムの判断だった。


馬車が来ると毎回チボが激しく鳴く。

一緒にいる内政部の長官を煩わせたくなかったので、玄関側でなく、こちらに停めたのであった。

隣町の鉱山へ仕事で馬車に乗り長官と行った帰り、長官が今日は君はこのまま帰ってよいからと言い、ハグムを家に届けたのであった。



「ハグム君、ここでよかったかの」


「長官殿、お気遣いありがとうございます」


役所に戻る馬車をしばらく家の前で見送ったあと、ハグムは静かに勝手口を開け、座敷に向かった。






「じゃあ、何?六年も黙ってたっていうの!?」


仰々しい声が聞こえて、ハグムは思わず座敷から少し離れた勝手口の方の廊下で静止した。


こく、とハクタカが頷いた。


「…頭がおいつかないわ」


二人は少し黙った後、ユノはハクタカの隣に座った。


「でも、どうするのよ。こんなこと、頻繁におこしてちゃ、いずれハグム様にもばれるわよ」


「そうだね。一応、気を付けてるつもり」


(ハクタカと…ユノ殿か?)


ハグムは聞こえてくる声が誰のものか、耳をすませていた。


(…私にばれる?どういうことだ?)


会話が聞こえていたハグムは、座敷からは見えない角度で、ぴたりと廊下の壁に背中をくっつけ、身をひそめていた。


「そんなこと言ったって!こんな分厚いさらしを幾重にも巻いて…苦しくなるのも当然じゃないの!私はあなたの身体のことを心配してるのよ」


「大丈夫だよ、これくらい」


「大丈夫!?あなた、ちゃんと自分が女の身体だって自覚しているの!?」


ユノの憤怒の声を聞いて、ハグムは瞠若した。


(……女?)


ハグムは自分の息が漏れないよう、手を口に強く押し当てた。

今、自分は突拍子もない想像をしている。

そんな、まさかー。





「ユノ。いいんだ」


上半身を起こしながら、ハクタカは静かに言った。


「何がよ!」


「俺は、もうとっくに覚悟はできてる」


「…え…?」


「たとえ、女だということが先生に知れて、この家を出ることになっても、…その日まで、先生が、この家で笑顔で、幸せに、過ごせるなら、俺は俺のできることをすべてやるって決めたんだ。それが唯一、俺の命を拾ってくれた、先生への恩返しだから」


「ハクタカ…」


ユノはハクタカの肩に手を置いた。


ハグムは、会話を聞いて、全てを悟った。


そして、口を押さえつけていた手をだらりと下ろし、深く一呼吸おき、目の前を見据え、二人のいる座敷に向かおうとした。


「でも、どうするの、あなたはハグム様を慕っているのでしょう?」


ユノのその言葉に、ハグムは踏み出そうとした足をぴたりと止めた。


「見ててわかるわ。そんな台詞、ただの雇い主を想う感情じゃないもの。その気持ちはどうするのよ、あなたの気持ちは…」


ユノの手が、ハクタカの肩を強く握った。


「……え?」


ハクタカはユノの言葉に一瞬驚いたが、自然と、すとん、と腑に落ちた自分がいた。


ハグムの、自分の顔を見て話す顔、自分に怒る顔、自分をなぐさめる顔、自分に向けた、とびきりの笑顔。

まざまざとまぶたに浮かんだ。


(そうか、私は…)


顔の火照りとは対照的に、ハクタカの心は水を打ったかのように静かに、落ち着いていた。


(どうして今まで気づかなかったのだろう…私は、こんなにも、先生に惹かれてる)


「そう、みたいだ」


ハクタカはぽつりと呟いた。


(…でもこれは、心の裡に秘めても、絶対、先生の前では口にしてはいけない)


ハクタカはほんの少し、泣きそうになったが、無言で顔を振った。


「俺は男だから、先生に雇われた。俺が、先生にとって、男でただの使用人のハクタカであることは、今までだって、これからも、変わらない」


ハクタカはユノをまっすぐ見た。


「……馬鹿よ、あなた」


「うん、俺は馬鹿みたいだ」


ハクタカは力無く笑った。


それを見たユノは、ハクタカを抱きしめた。


「……どうして、ユノが泣くの」


ハクタカの服の襟が、湿っていた。


ハクタカは目を伏せて、ユノの背中にゆっくり左手を重ねた。


「……ありがとう、ユノ」




座敷の外の廊下は静寂に包まれ、少し開いた勝手口からは、隙間風が入ってきていた。

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