第63話:【閑話】イッヌの帰路
私の名前はイッヌ。
イッヌ・フォン・カマセ。
カマセ子爵家の長男だ。
ちょっと家庭環境が複雑と言うか、母の実家が伯爵家なのだが。
そういうことで、我ら兄弟は子爵家の子供でありながら伯爵の孫でもある。
そう、父と祖父母以外は、伯爵家の血筋となる。
なんというか……そのことで、父が劣等感を抱いてしまいこじらせてしまっていた。
最初は母や私たちのために出世しようと画策していたみたいだが、いつの間にか出世の我欲に憑りつかれてしまい家庭をないがしろにし始めた。
同時に領民たちに対しても、重税を課すようになった。
宮廷闘争にはお金が必要なのだ。
寄親に対する上納金という名の賄賂もつかったりして、より上位の貴族に取り入ることにやっきになっていた。
まあ、その寄親が母の実家なので、よくできた婿殿という評価止まりでしかないが。
そのことが母は不満だったらしい。
昔は母を第一に、私が産まれてからは私と母のことを本当に大事にしていくれていたらしい。
物心ついたころには、そんな気質は鳴りを潜めていたようで。
私には偉くなればかり言う、口うるさい父親だった。
その結果、私も出世だけが目標の可愛くない子供になってしまった。
結果、母は盛大に拗ねた。
父に対して冷たく当たるようになり、私にまで冷たい視線を向けるように。
母は領民の為を合言葉に、私の性格の修正を図ったらしいが。
私はすでに父親に、いろいろなことを刷り込まれた状態だった。
だから弟妹たちは可愛がられていたが、私に対してはどこか壁を感じていた。
そんな中、千載一遇の機会が。
あの猪姫……考えなし……無鉄砲……どうにかポジティブな表現を探そうと思ったが、難しい。
その、あれだ!
それに興味を持っていると。
勿論、父もその情報を手に入れていた。
だから私と父は領民から巻き上げ……搔き集めた税金で、軍の上層部に部隊の編成について提案させてもらった。
彼女は一度、痛い目にあった方がいいと。
後詰めとして、私が精鋭を連れていつでも助け舟を出せる状態にすると言って。
彼女にほとほと困らされていた第二騎士団の団長は、2つ返事で頷いていた。
彼自身も付けるのは第二騎士団の下位の騎士とはいえ、本気を出せばピンチに陥ることなどないと思っていたらしい。
なんせ、相手はゴブリンだ。
どんなに強くても、ゴブリンである以上雑魚だろうと。
彼女の補佐兼影の隊長は小賢しい男だが、実力は中の上程度はある。
最初は彼女を1対多数になるようにもっていき、途中で私たちと合流して一気に形成の逆転を図るつもりだったらしい。
ちなみにミレーネ殿下は、この第二騎士団の団長よりは強い。
第二騎士団……実質、騎士団のトップだ。
いや第一騎士団がいるが、あれは王直属の主力部隊。
ここ一番でしか動かない。
実務を主に担当している騎士のなかでは、第二騎士団がトップなのだ。
その騎士団の団長よりも強い姫ってどうなのだろうと思ったが、まあそういうものなのだろう。
なので団長も、油断していた。
第二騎士団に親のコネで入団した、上位貴族のボンクラどもだけでも問題ないと。
実質第二騎士団のお荷物小隊。
団長の方がとうぜん、爵位も一番上だが。
団員達はそうではない。
自分より強くても爵位が低い団員を見下す、クズばかりで形成された小隊。
その小隊を鍛え上げるという名目も込みで、ミレーネ殿下を納得させたらしい。
いや……まあ、うん。
納得したのですね。
その怪しい提案を、あっさりと。
出世のために、あわよくば彼女を娶れればと思っていたが。
そうか……なんの疑いもなく、さらにはやる気まで漲らせているとの追加報告まで受けた。
受けてしまった。
それを聞いた私は、この選択が正しかったのかどうか作戦決行の日までずっと悩み続けることになった。
それでも、無情にも時は流れ続け……
かくして、白馬の王子様作戦が決行されたわけだが。
我ながら、なぜこんな作戦名にしたのか……いま思い出すと、恥ずかしくて死にたくなる。
当時は、それがかっこいいと思っていたのだから仕方ない。
アスマ先生の勉強会に参加するようになって、色々とあれだ……
自分の行動を省みた時に、穴を掘って埋まりたくなるような黒歴史が山積されていたことに気付いた。
黒歴史……字面はかっこいいけど、意味の破壊力が凄い。
黒歴史の集大成がアスマ先生ともいえるけど。
自虐ネタとして、自身の黒歴史を色々と語ってくれた。
凄く、親近感を覚えた。
我、終生の師を得たり! と深く心に刻むくらいに。
でだ……
私の作戦は実行された。
まあ、結論としては穴を掘って埋められたわけだが。
首から上を出して。
当時のことは、思い出したくない。
貴族どころか、人としての尊厳を完全に失うような……そんな辱めを受けることに。
ただ、白馬の王子作戦は大成功だったともいえる。
絶世の美女といっても過言ではない、美しい嫁を娶ることができたからだ。
横で照れているのが、私の可愛い嫁だ。
信じられないかもしれないが、ゴブリンなんだ。
いや……なんていうか、美の集大成のようなゴブリンなんだけど。
この巣には、そんな絶世の美女や美男子がたくさん。
私たちの護衛としてつけられた、ゴブエモン殿。
本当にゴブリンなのが勿体ないくらいの、美丈夫。
髪の毛を後ろで一本に結っているが、眉は細く綺麗に調えられている。
彫りも深く、切れ長の奥二重の目。
体つきもがっしりしているが、太いわけではない。
細マッチョという体型らしい。
何より足が長い。
腰の位置が、私よりも全然高い。
身長差以上に、腰の高さが……
こんな私でも嫁は全力の愛情を注いでくれる。
私が容姿に関しては、この村で劣等感を抱いていることを敏感に感じ取ってくれている。
本当に、出来た嫁だ。
そういえば実家に向かうにあたって、サトウ様がゴブリナに色々とギフトをくれていた。
ステータス面と、物資面の両方で。
流石に亭主の実家に挨拶に行くのに、手ぶらではと。
ロードとして当然の行動だといって、さも当然の如く食べ物やら調度品、装飾品を用意してくれた。
ゴブリナの服も新調してくれて、感謝しかない。
ステータス面に関しては、家事スキルを習得させて伸ばしてくれたらしい。
そのうえで、いくつか料理のレシピもゴブ美さんが伝授してくれたらしい。
至れり尽くせりで、頭が上がらない。
私は領民ひとりひとりに、ここまで手厚い対応が出来るだろうか。
まあ、村と領地では規模が違いすぎるけど。
しかし領都の民どころか、自分の屋敷の使用人にすらこのような気遣いをしたことはない。
気遣いどころか、興味すらもっていなかった。
人として見ていなかった節すらある。
上位者失格だ。
「ああ……」
恥ずかしすぎて思わず顔を両手で覆ったら、ゴブリナが背中を優しくなでてくれた。
そして、横から緑色の光が飛んできた。
ゴブエルさんが、ヒールを飛ばしてくれたらしい。
「ありがとうございます」
「さっきから、たびたび物思いに耽って落ち込んでいるけど、辛気臭いから前向きに楽しい事だけ考えてください」
酷い言いようだ。
「これからするのは目出度い報告でしょう? 前向きに実家が近づくに向けて、顔を上に上げられるよう心掛けるべきですよ」
なるほど……
確かに、私の今の心構えはゴブリナにとっても……私たちのことを祝福してくれた村の人達にとっても……そして、ここまで付き合ってくれているゴブエモン殿たちにとっても顔向けできるものではない。
しかしなぁ……
それに気付かせてくれたのも、こんなに気遣って励ましてくれたのもゴブリンなんだよなぁ……
もうすでに、ホームシックだ……
えっ? 実家に向かっているのに、ホームシックっておかしいって?
いやいや、ゴブリンの村に帰りたい。
あそこの優しくも暖かい人たちに囲まれた日々が、すでにもう懐かしい。
そして、帰ったらお菓子をたくさん作って振舞おう。
いつも最初にゴブリナに送っているけど、今回ばかりはサトウ様に最初に献上しよう。
「いや、着く前から帰った時のことを考えてないで、まずは目的を思い出してください」
また、ゴブエルさんに呆れられてしまった。
うん、我ながら情けない。
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