第60話:歴代最強魔王らしい
「キノコマルとやら、お前俺の部下にならないか?」
コラコラ。
目の前で、引き抜きを掛けるんじゃない。
肩で息をしていたエルハザードが、俺の横で爆笑していたキノコマルを見て固まっていたが。
しばらく、色々と自分の中で折り合いをつけたのだろう。
良い笑顔で、声を掛けてきた。
「油断させて、殴るつもりっすか?」
「いや、そうじゃない。本気だ」
エルハザードの顔は笑っているが、目が笑っていない。
本気なのだろう。
ただ、キノコマルはエルハザードを指さしてケタケタ笑っていた。
「そういうのは、ウチに勝ってから言うっすよ」
それから、キノコマルがやれやれと首を振っている。
まあ、くれと言われて、やるつもりもないが。
あっ、またエルハザードの怒気が膨れ上がった。
分かりやすいなー。
「じゃあ、お前を倒せばいんだな?」
「でも、ウチの主はロードっすからね。サトウ様を倒したら、いいっすよー」
ちょっ、馬鹿。
こっちに振るんじゃない。
なんで、いっつもお前はそうなんだ。
ナチュラルに巻き込むな、この馬鹿が。
「そうか、お前を倒したらいいのか」
エルハザードの目が光る。
いやいや、そもそもお前は何しに来たんだと。
当初の目的を見失うな。
「そうだった、アスマを倒しに来たんだった」
だったら、ご自由にどうぞ。
アスマさん曰く、エルハザードに勝てる要素が全くないんだけど。
「俺もレベルが限界突破してな。魔族から、魔人に進化して第二形態を手に入れたのだ」
へえ、それは凄い。
凄いけど……そうか。
頑張って第二形態を手に入れて、ここに乗り込んできたのか。
アスマさんを倒すために。
時を同じくしてというか……ついこのあいだ、そのアスマさんは第三形態にたどり着いたみたいだけど。
ちょっと不憫な者を見るような目になってしまったのは、仕方ないことだと思う。
で、とどのつまりどうなんだろう。
魔人に進化と、第二形態で、一気に一足飛びで強くなったのかな?
でも、ローブを脱いだ状態で前のエルハザードより強いと言ってたし。
ということはローブを脱いだ状態を第二形態とカウントしたら、アスマさん第四形態まであるってことか。
それはそうと、うさ耳のカチューシャいつまで着けているのかな?
もしかして、気付いてないとか?
面白いから、言わないけど。
「まあ、まずは前哨戦だな。ウォーミングアップがてら、お主を倒してキノコマルを手に入れる!」
「ウチのために、争わないでっすー!」
わざと負けたくなった。
キノコマルがにやにやとした笑みを浮かべて、胸の前で腕を組んでいるけど。
腹立つなー。
だめだだめだ。
これで、こいつを殴ろうとしても、一発もかすりもしないでフラストレーションがさらに溜まるだけだ。
深呼吸。
ぶはっ!
こいつ、このタイミングでハッピーマッシュの粉をぶちまけやがった。
やっぱ、殴る!
「なんか、辛そうだったから、幸せのお裾分けのつもりだったっすよ?」
いや、本気でそう思ってそうな顔してるけど。
てか、本気で思ってるというか。
基本、こいつは目の前の娯楽に、どん欲だからな。
ただ、周りが笑うことも大事にしているのは、見ていてよく分かる。
優しい奴だ。
「だが、それとこれとは別!」
結論……イライラしただけだった。
「そろそろ良いか?」
俺たちの様子を見ていたエルハザードが、やれやれといった感じで声を掛けてきた。
こいつもムカつくな。
なんで、上から目線というか、ちょっと大人なポジションに収まろうとしてるんだ?
元をただせば、お前が全部悪い!
「ぐあっ」
あっ……
キノコマルと違って、この人は避けないんだった。
つい、キノコマルばっかり攻撃してたから、当然避けるもんだと思ってたが。
キノコマルが腹を抱えて笑っている。
「すまん。つい、避けるかと思って」
「普段なら怒るところだが、あいつがさんざん躱すのを見た後だからな……これはもう、避けられなかった俺が悪いとしか言えんだろう」
あっ、なんか思ったより本当に大人だった。
短絡的なところはあるけど。
……そんなことを思うと同時に、上空から鐘の音が鳴って光が降り注ぐ。
いろいろなこと、やってくるなー……
毎度毎度、演出にこだわってきてるなー。
「なんだ、この音は!」
エルハザードがキョロキョロと周囲を見渡しているけど。
そして、目の前に黒い炎が巻き起こる。
「黒炎……いや、魔炎か!」
そして、現れるテンション高めな狼。
「ジャジャーン! 今回は、天使っぽく降臨してみました」
いや、降臨というか。
炎と一緒に、地面から生えてきたよね?
毎度のことだけど。
降臨っていうと、やっぱり空から降ってくるイメージが。
「まあまあ、細かいことは気にしないでください」
ジャッキーさんが呼ばれてないのに来る理由はただ一つ。
今日が月末だからだ。
「はい、給与明細をお持ちしましたよ。それと、人間の貴族を捕虜にしたり、軍を追い払ったりの報酬も」
わぁ……今回は、封筒が分厚い。
中を見ると、帯付きの束が3つ。
やばっ……
「なーんてね。よく見てください」
まあ、諭吉さんじゃなくて、五郎さんでもなく英世さんだったけどね。
そんな予感はしてたから、別に気にしない。
過去の臨時ボーナスと比べても、バハムル達の襲撃がそこまでとは思わなかったし。
うん、妥当な金額だと思う。
「あれ? ガッカリしたりしないんですね」
「最初から、期待してなかったんで」
ジャッキーさんがガッカリしてた。
しかし、こんなおちゃめなことをしでかしてくるってことは……
「また、合コンだめだったんですね」
合コンが失敗だったからって、俺にくだらない悪戯を仕掛けてこないでほしい。
こっちは、四六時中頑張って仕事してるのに。
「私よりリア充な生活を送っているのに、鈍感な振りしているのちょっと腹立って」
私情が絡みすぎだと思う。
「な……なんだ、この犬ッコロは! 気に入った!」
ジャッキーさんが来てから、ずっと大人しかったエルハザードが急に大声出すからビビった。
キノコマルも耳を抑えて、エルハザードを睨んでいるけど。
「犬ッコロって、私のことですかね?」
「喋る犬! しかもでかくて強そうだ! ぜひ、俺のペットにしてやろう!」
あちゃーと思ったけど、まあいいか。
「うん、その人というか狼が、俺の上司だから」
この際、全力で矛先をジャッキーさんに。
「たかが魔人風情が面白いこと言いますね。気に入りました」
気に入ったのか。
自己紹介とか、はじめちゃうのかな?
「身の程をわからせてあげましょう」
あらやだ、ジャッキーさんの方が好戦的だった。
まさかのボスムーブに思わず、期待してしまう。
「……」
うん、秒で終わった。
ジャッキーさんが体高4mくらいになったかと思うと、前足でエルハザードを踏みつぶしていた。
てか、あれよりもさらに大きくなれるんだ。
てっきりいつもいる、体高2m弱くらいが普通のサイズだと思ってたけど。
「はは曾祖父は巨人族ですからね。曾祖母もですし、祖父は顎が天まで届くような大狼神ですよ」
そうだった、フェンリルがおじいちゃんなら納得のサイズ感。
いや、小さいくらいかな。
でもだったら……確か、フェンリルといったら、やっぱりチー……
「いやいや、祖父のフェンリルの育ての親はチュール(テュール)様ですよ? 確かに祖父も、チュール様の腕食いちぎっちゃったりしてましたけど……その孫の私がチールを食べるのは、鉄板のネタ? 合コンで絶対にウケる?」
冗談で言ったら、本気で考え込んでて笑える。
いや、その姿はまったく笑えないほど凶悪だけど。
「神話ギャグ……いや、悪くないかもしれませんね」
うん、本気で考え込んでるところ悪いけど、その足の下の人大丈夫?
だんだん、埋まっていってるけど。
一応保護対象だったりとか……
「魔族は亜人枠ですから。魔物とは違いますよ?」
あっ、別に普通の人間だけが敵ってわけじゃなくて、亜人も含めてなのかな?
「いや敵とか味方とかじゃなくて、保護対象じゃないだけです」
意外と、ドライだった。
とりあえず、話が聞きたいからと足をどけてもらったけど。
当分起きそうにはなかった。
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