第42話:雨

 凄いことを発見した。

 ジャッキーさんがくれた、ジャッキーさんのビルに繋がってる鞄。

 これの口を開くと、スマホの電波が届く。

 

 テンションが上がったので、ついアスマさんに見せびらかしてしまった。

 

 ……余計なことをした。


「なあ、サトウ」


 ……


「スマホを買ってくれんか?」


 すごく強請ねだってくる。

 いや買っても、俺がここで鞄を開かないと使えないんだけど。

 あと、あれすごく高いんだけど。

 

「みんな、持っておるし」


 子供みたいなことを言い出した。

 みんなって、誰だよ。

 この世界、誰も持ってねーよ。


「いや、映像に映っておるみんなじゃ」


 ……

 そもそも、スマホがあったところで通話する相手もいないだろう。

 いりません。


「ぬう、ケチなやつめ」


 いや、ケチとかそういう問題なのかな?

 あと、いつまでここに居るつもりだ?

 

「雨が降っておるでのう」


 だからなんだ? と言いたい。


「暇だもんで」


 そう言って、うちのソファでテレビを見ている。

 そう……スマホだけじゃなくて地上波も見られることが分かった。

 テレ首都とか、夕日とか、富士とか、SBSとか、NH毛とか、神界放送とか……

 鞄の口を閉じる。


「あぁ……」


 そんな、悲痛な表情を浮かべなくても。

 骸骨なのに、表情豊かだな。


「サトウ様、ご飯の支度が整いました」

「ありがとう、ミレーネを呼んできてくれ」


 ゴブ美が呼びに来たので、食卓に向かう。

 それから、皆で食事。

 ジニーは仲間たちが帰ってきたので、家で食べるのだろう。

 ちょっと寂しい。

 

 ……あー、大人数に慣れすぎたかな。

 一人暮らしだから、最初の頃は一人でもなんとも思わなかったけど。

 ちょっと3人で食事は、物足りない。


「ゴブ美も一緒に食べよう」

「いえ、恐れ多い事です。私は、あとであちらで頂きますので」

「いいからいいから、食事は大勢で食べた方が美味しいから」


 それから、あれこれと会話しながら食事を。


「なあ、スマホ「いりません」」


 骸骨がしつこい。

 本当に、あの時の俺をぶん殴りたい。

 

 それから、集落を見回る。

 大丈夫だとは思うけど、家は土魔法で造ってるから。

 雨で崩れたり……


 しそうにはないな。

 

 畑の野菜が青々と実っている。

 雨を受けて、ちょっと喜んでいるようにみえる。


「あっ、ロード」

「こんな雨の中どうした? 風邪ひくぞ」


 その畑のへりで、ゴブリンの長老の一人が立っていた。

 傘もささずに。

 器量を伸ばしまくって渋い感じのイケオジになっているからか、雨に打たれる姿はどことなくかっこよく見える。

 いや、普通にかっこいい。

 いぶし銀のような渋さと相まって、映画のワンシーンを切り取ったような状況だけど。


 歳だから、風邪からの肺炎とかは怖い。


「いえ、魔法で水は弾いてますから、問題はありませんが」


 その視線の先には、水路が。

 うん、溢れそう。

 そっかー……雨のことを考えていなかった。

 これだと簡単に溢れるなー……

 あと、確かに魔法で水をはじけば傘はいらないか。

 

「勝手に広げていいものかと思いまして、今から相談に向かおうと思っていたところです。ちょうど、良かった」


 うん、勝手な行動はしないし、報告、連絡、相談もきちんと守ってくれる。

 優秀優秀。


「ああ、ありがとう」

 

 とりあえず手を翳して、水路の幅と深さを調整。

 上に格子状の蓋もつけていく。

 事故防止だ。

 

 目の前のゴブリンが落ちても、大丈夫なように。

 年寄りのこういった事故は多いからな。

 年寄りや子供は、30cmの水路でも溺れることもある。

 

 外壁に立って外を見る。

 あー、異世界の手の入ってない森に、雨が降る光景ってのもなかなかにおつなものだ。

 東南アジアのスコールの森を見ているような、そんな不思議な気持ち。

 別に故郷でもなんでもないのに、ちょっとノスタルジーを感じるセンチメンタルな景色だな。


 ふと外壁の下を見ると、角兎の群れが門の軒の下で雨を凌いでいるが見えた。

 家族かな?


 気紛れに魔法でちょっと離れた場所に、土でかまくらのようなものを作ってやった。

 ついでに、中は乾燥させてある。

 兎たちがこっちを見上げている。


「使って良いぞー」


 兎たちが頷いて、一斉にかまくらに向かっていった。

 あー……やっぱり、言葉は通じるのか。

 

「新しい罠ですか?」

 

 横で見ていた見張りのゴブリンが声を掛けてきたが。

 違う。

 雨に濡れて可哀そうだったから、用意しただけだ。


「なんと、お優しい。てっきり、そのまま出入り口を魔法で閉じてしまわれるのかと」


 ……

 俺をなんだと思っているのだろうか?

 そんな鬼畜なことはした記憶がないのだが。


 それから集落をグルリと回って、家に帰る。


 途中でゴブエモンが外で素振りをしていたが。

 確かに、雨の中で剣の修行はなんとなくかっこよく見える。

 けどなー……


「その、雨除けの魔法を使ってたら、なんの意味もなくないか?」


 俺の言葉に、ゴブエモンの眉が情けなく下がっていってた。

 あー、余計なこと言ったな。

 そのまま、続けてくれ。


 そうそう話は変わるが、ゴブエモンにも毛が生えた。

 よく分からないが、進化に進化を重ねた結果だろう。


 キノコマルが外を走り回っていたが。

 こっちは雨除けの魔法は使っていないようだ。

 相変わらず、ハッピーな様子。


「こらっ、待て! 今日という今日こそは許さん!」 

 

 違った。

 ちょっと離れた場所から、ゴブサクが全力で追いかけていた。

 また、何かやったのか。


「なんすかもー! ちょっとハッピーマッシュを増やそうと思っただけじゃないっすか!」

「資材置き場の木材がキノコだらけ、カビだらけではないか!」


 あー……

 それは、だめだな。


「ちゃんと、皆にも分けるっすよ」


 そういうことじゃない。

 ちゃんと、叱られろ。


 俺はそっとキノコマルがちょうど足を置く位置に、魔法で少し浅い穴を掘る。


「甘いっすよー!」


 危険察知が仕事をしたのか、あっさりと躱されてしまった。


 ……そうか。

 ふふ……そういうことをするのか。


 なら……


「うわーっす」


 ちょっと本気でと考えたら、キノコマルが慌てて戻ってきて穴に足を引っかけて盛大にこけていた。

 いや……まあ……うん。

 なんだろう、このモヤっと感。


 それから、ようやく家に。


「もしもし、もしもーし、もしもし」


 リビングでこれみよがしに、黒く塗った板を耳に当ててなにかやってる骸骨が。

 ……溜息が出た。


 本当にこの骸骨、凄い骸骨なのかな?

 ミレーネが、なんともいえない表情で覗いていたが。

 聞けば、俺が戻る数秒前から始めたらしい。


 チラチラこっちを見てくるし。

 テレビは俺が鞄を閉じたから映らないのに、つけてるし。

 

 なんかやり方が、本当に子供みたいだが。

 

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