黒と奴隷と救済者 改

クロノパーカー

第1話 奴隷少女との出会い

世垓功次せがいこうじ

その人は西の大国、ピュオチタンにある町

ミョルフィアでは名を知らぬ者はいない有名人である


「…暇だ」

今日はやることはない。

次の仕事まではかなり時間があるのでどうしようかな。

「少し散歩に行くか」

あまりにやることがなく、自然と独り言が出てしまう。

腰かけていた椅子から立ち上がり玄関へ向かう。


   コン コン


「?」

不意になったノックに疑問を浮かべる。

誰だろうか、俺の知り合いは多いわけではない。

しかも今日は何の依頼も入っていない。

急な依頼の可能性もあるか。

その考えからドアを開ける。

すると現れたのは

「お久しぶりです、功次さん」

真っ黒のコートに身を包んだ男が立っていた。

雰囲気的には中年程度か。

「えっと…どちら様でしたっけ?」

「おや?お忘れになりましたか?」

「すみません。ちょっと…」

「私は一か月程前に盗賊に襲われていたところを助けていただいた商人です」

それを言われ記憶を少し辿る。

「あぁ!貴方、ノベルさんですか」

「はい。先日はありがとうございました」

ノベルさんはこの町を拠点とし、この国の広い範囲で活動する大商人だ。大商人にもかかわらず庶民的な格好により庶民にも貴族にも関係が深い。

「今日はいつもと恰好が違うんですね」

俺は日頃関わることが少なかったので、姿が変わっていると気付けなかった。

「…ちょっといろいろありまして」

「それで今日はどういったご用件で?」

ノベルさんの一瞬口ごもった様子から何かあるのだと感じた俺は聞いてみた。

「今日は功次さんに頼み事があって向かわせていただきました」

「頼み事?」

とてつもなく面倒な事とか大きな事じゃなきゃいいが…。

「今はお時間よろしいですか?」

「全然大丈夫ですよ」

やることがなくて暇していたからな。

「ちなみに頼み事ってどんなことですか?」

「少しお待ちください。こちらへ」

ノベルさんが後ろから手招きをし、現れたのは…

「女の子?」

そう女の子だ。まごうことなき女の子だ。ボロボロのワンピースを着て、ところどころ破れた隙間から見える肌には傷跡が見え、汚れた長い青い髪の女の子だ。

「あの…ノベルさん。この子は…?」

「決してあくどい事をした訳ではありませんよ」

「そこは疑っていませんよ」

あくどい様な事をするならばこの国や民に信頼される大商人なんかにはなれんだろう。

「この子はある貴族に買われていた奴隷です」

「は?」

奴隷…人間を人ではなく道具として見られる存在。この世界の国のうち、半分程は奴隷の存在が認められている。実際にこの国でも一応ではあるが認められている、というか半分は黙認しているところがあるようだ。奴隷の用途は様々で軽いものでは労働力として使われ、酷いものだと貴族などの慰み者として扱われる。

そしてこのような小さな子も奴隷として扱われることは少なくない。

「…どこの貴族の奴隷で?」

「功次さんは知っているはずですよ。このミョルフィアの貴族と言えば…」

「デルタルト…か…」

「その通りです。この町を統治しており、その悪名は隣町にまで広がっており、国もそれを知っていながらもその財力を捨てるわけにもいかず切り捨てられぬ存在です」

デルタルト伯爵。俺は嫌と言うほどその存在を知っている。以前あいつの部下の理不尽な徴収から知り合いを守ったらあいつからの反感を買った。

別にそこ自体に問題はなかった。しかし定期的にあいつの物であろう刺客が送られてくるようになった。

「でもなんであいつの奴隷をノベルさんが?ノベルさん別に奴隷商でないでしょう?」

むしろノベルさんは奴隷制度を嫌っている側だった。だいたいの貴族や大商人は奴隷を労働力として買うが、この人は正式に人を雇うことしかしない。

「実は私の常連にデルタルト伯爵の使用人がいまして。その方がこの子を預けてきたんですよ」

「でもなんで使用人が主人の奴隷を?」

「どうやら一週間程前にデルタルト伯爵が何者かに暗殺されたようなんです」

「へー…って、え?それって本当ですか?」

予想だにしなかった言葉に驚きを隠せない。

あいつが殺された…ノベルさんはしょうもない嘘をつくような人ではないので、本当なのだろう。あいつは他一倍警戒心が強いため警護兵も他の貴族よりも多く配置されていたはずだが…。

「ご存じではありませんでしたか?」

「全く知りませんでしたね。そんな知らせ町でも聞いた事はないですし」

「現状は一部にだけ知らされている情報です。後に皆知ることになるとは思いますけどね」

「では何であいつの使用人がこの子を?」

「どうやらデルタルト伯爵の行いを流石に酷だと思った使用人が少なからずいたようです。そしてデルタルト亡き今、顔見知りであった私に引き取ってほしいと言ってきまして」

「なるほど」

デルタルト伯爵のすることはさすがの使用人も酷いと思っていたようだな。

あいつの周りはまぁまともで良かった。

「でも、なんでこの子を俺の所に?」

「それについてですが…この子は奴隷です。何かを学ぶ機会を得られずに酷い仕打ちを受けてきました。何らかの技術を持っていれば私の所で雇ったり、世に出て働くことも出来たのですが…」

これだけ若いと奴隷になったのも早いだろうな。そうなってくるとやれることも限られてくる。

「これだけ若いと単純な労働力としても難しいというのが現実です」

「はぁ」

ノベルさんは人としては良くできているが…ここは商人としての立場で話しているんだろう。

厳しい事を言うのも仕方ない。

「そこでです。無理を承知で申しますとこの子を引き取っていただけませんか?」

え?引き取る?俺が?

そんなことを考え一度少女の方を見て、ノベルさんに視線を戻す。

「それはまた…何故ですか?」

「私はもう50を過ぎたおっさんであり、商人です。収入が良いときもあれば悪い時があります。私にも家族がいます。そうなるとこの子の面倒を見きれなくなってくることもあります」

確かにノベルさんは有名な商人だ。ただそれは出来る限り良いものを安く売ってくれるというので、広い層が助けられ利用しているからである。

ただそのような商売方法をしているので、収入はそれなりのようだ。

「だからまだ若く収入も安定している俺に引き取ってほしいと、そういうことですね?」

「そういうことです。飲み込みが早くて助かります。無理な申し出かもしれませんが、どうかこの子を引き取って…」

「いいですよ」

ノベルさんの言葉を遮り返事をする。

「よろしいのですか?」

「構いませんよ。どうせお金もそこまで使うようなことはありませんし、なんせいつも暇しているんでね」

事実暇ということで散歩に出かけようとしていたからな。

「ありがとうございます。あなたにも断られたらどうしようかと思いましたよ」

ん?俺にも断られたら、ということは。

「ノベルさんはここ以外にも頼んできたんですか?」

「はい。私の店の常連さんや知り合いの商人などのいろんな伝手を使いましたが、皆見事に断られてしまいましてね」

まぁそりゃ普通そうなるな。いくら常連とか商人とかでノベルさんと親交が深くても、突然子供一人分の生活費が増えると流石に厳しいだろうからな。

「ではこの子は功次さんにお任せします。煮るなり焼くなりご自由にどうぞ」

「いや俺にはそんなこと出来ませんよ」

「知っていますよ。いくら奴隷だからと言ってあなたはそんな酷い扱いをしないことくらい」

ただの冗談か。この人は本心でそんなことを言うような人じゃないからな。

「では私はこれで失礼しますね。この度はありがとうございました」

「この子の事は任せてください。ノベルさんもお気をつけて」


   ガチャ


そうしてノベルさんから奴隷の少女を任せられた。

「…さてとどうしようかね」

横目で少女を見てみる。俯いたままだ。

とりあえずリビングに移動しよう。玄関で話す必要はない。

「えーと。君、名前は?」

「………ジュリ」

「分かった、ジュリね。とりあえずリビング行こうか」

「………分かりました」

流石にデルタルトのところで散々な事をされてきたから人に警戒しているんだろうな。

ジュリを連れてリビングに向かって俺は椅子に座る。廊下を渡っている間もジュリは無言だった。

そして椅子に座ると一つ気になることがあった。

「えっと…なんでそんなカーペットも敷いてない部屋の隅っこで正座してるんだ?」

そう、ジュリは俺が座った椅子の正面に対面するように置かれているソファに座ると思っていたのだ。

そうすると何故か部屋の端で正座するときたもんだ。

流石に予想していなかった行動にびっくりした。

「………前のご主人様には用があるまではずっとこうしていろと言われましたので」

「あー、そういうことか」

デルタルトの野郎、死体でもいいから全力で殴りたい。

固い床にそんなずっと正座させていた足が痛いだろうになんてことを命令してやがんだ。

「俺はそんなこと言わないからさ。とりあえず前のソファに座ってよ」

俺は前に置かれているソファを指さす。

「………良いんですか?」

「あぁ」

「………でも奴隷はこうしていないといけないのでは」

あ、これあれだ。この子奴隷としての生き方しか知らないんだ。俺の想像を超えるほど人としての常識を知らないようだ。

「…ジュリ、この家では奴隷だったということは忘れてくれ。普通の女の子として生きてくれ」

そうじゃないとこんなことを俺の家でさせているというのが俺の心臓を握りつぶしそうになる。

「………普通の女の子というのがよく分かりませんがご主人様がそう言うのであればそうします」

やっば、普通を知らないということを分かっておきながら普通なんて言っちゃいけないな。気を付けないと。

「あぁ、そうしてくれ」

俺がそう返すとジュリは少し抵抗を持ちながらも目の前のソファに座った。もっと楽にしてほしんだが…今はいい。

「…とりあえず…そうだな。まずはお互いの事を知ることからだな」

「………分かりました」

ここで俺は初めてよくジュリを見て、気づいた。綺麗な顔にはデルタルトに付けられたであろう傷があったが、気になったのはそこではない。

目が…死んでいる。あまりに希望の見えないその目は経験していた絶望を物語っている。

会話が出来ているだけすごいと思えるほどに、ジュリの目は…暗い。

「…じゃあ自己紹介をしようか。俺は世垓功次。今は16歳。基本は作家として生きている。何でも屋としてもやっている。この国では珍しいと思う姓名が逆なんだ。生まれはミョルフィアの町じゃないんだ」

「………分かりました」

うーん、堅苦しいのは苦手なんだよな。正直敬語も苦手だ。

「別に敬語じゃなくてもいいんだぞ?」

「………申し訳ありません。…ですがこれを変えるのは少し難しいです」

「ほう。それはまたなんでだ?」

「………その…私は今まで敬語でしか話したことがなかったので。…ご期待に応えられず申し訳ございません」

今まで敬語でしか話したことがない?そういう性格なのか、デルタルトに強要されたか分からない。

「ならいいや。無理に変える必要はない。改めて自己紹介いこうか」

「………私はジュリ・スキャーブルと言います。…12歳です。…ビレコン村出身です」

ビレコン村か。王都を挟んで反対側にある農耕が盛んな村だったって聞いた事がある。

…でも確かあそこって昔盗賊団に襲われ壊滅したとかって…もしかしてこの子はその時に?

「分かった。ジュリ・スキャーブル…か。良い名前だ」

「………ありがとうございます」

よし、自己紹介は終わったな。とりあえずはこの子の名前が知れたな。俺がそう思っていると。

「………ところで私はご主人様の事はどうお呼びすればよろしいでしょうか?」

「へ?」

なんでそんなことを聞く必要があるんだろう。

「いや、別に名前でいいよ?」

俺が何気なく言うと

「………私は奴隷ですのでご主人様と呼ばなければいけないのでは?」

あーそういうことか。

こんな時を想定して奴隷についてもっと勉強しておくべきだった。全然分からない。

ご主人様呼びは嫌だな。俺にそんな願望はない。

「そうか。俺は名前でいいよ」

「………分かりました」

「逆にジュリはなんて呼びたい?」

「…私は何でも構いません。功次『様』が望むようであれば」

ん?『様』?それはご主人様と大して変わってなくないか。

「あのさジュリ、『様』はやめてくれないか?」

俺はジュリに『様』をつけるのをやめるように頼む。流石に12歳の少女に16歳の男子が自分の名前を様付けさせているのは犯罪臭しかしないし、そんなこと望んじゃない。

「………分かりました。では功次さんとお呼びさせていただきます」

「あぁ、そうしてくれ」

「………それでは私は何をすればよろしいでしょうか」

「何をすればって…別に何もないぞ?」

「………ですが、私は功次さんの奴隷ですのでご自由に命令してよろしいのですよ」

命令していいって言われてもなぁ。命令するようなこと何もないんだよな。

「別に普通に女の子として生きて良いん…」


   ガシャン!!!


ジュリと話していると大きな音をたててドアが開いた。

その音にジュリは静かに驚く。

そして聞こえてきたのは

「功次!金がない!」

「ん?」

誰だろうか。普通に不法侵入だからな、鍵を閉めていなかった俺も悪いが。危険人物とかであれば全力で叩き潰してやる。

いざというときのために警戒をしていると

「お前かよ、真式ましき

リビングの扉を開けて姿を現したのは、俺の友人である真式であった。

「俺だよ、誰だと思ったんだよ」

「不審者か危険人物」

「お前酷いな」

そりゃそうだろう。ノックもなしに家に入ってくる奴がろくな奴であるわけないからな。

「で、なんの用だよ」

「それなんだがな…金がないんだ」

「なんで金がないんだ?言ってみな」

「理由はな…近くの酒場のマスターと賭けをしていたんだ」

「それで負けたと。で、何ソル賭けたんだ?」

「…3万ソル」

「はぁ?馬鹿じゃねぇの?それさ、お前の全財産じゃねぇか。お前今月どうするんだよ」

「いや、あそこであれが出てたら買ってたんだよ」

「いいから黙れ。で?どうすんの?」

「お前を頼る」

「やめてくれ」

誰が全財産どぶに捨てたような奴の世話をしなきゃならんのだ。

「………あの功次さん。この方は?」

俺の後ろで静かに真式とのやり取りを見ていたジュリが聞いてきた。確かに言っていないな。

「こいつは伊波真式いなみましき。俺の知り合いだ。かなりの愚か者だが、まぁ悪い奴じゃない。警戒しなくていい」

「………そうですか」

「なぁ功次、その子誰だ?まさか…さらってきたのか?」

今度は真式がジュリについて聞いてきたと思ったらとんでもない事を言ってきた。

「そんなわけねぇだろ!」

誤解もいいところだ。

「冗談だって、お前がそんなことをしないことくらい俺が一番わかってるよ。んで、結局誰なんだ?その子」

「この子はジュリ。お前、知ってるか?あのデルタルト伯爵が死んだのを」

「あぁ知ってるぜ。何者かに暗殺されたんだろ」

「そうだ。この子はあいつの奴隷だったらしくてな。あいつの使用人が商人のノベルさんに預けて…」

「お前が引き取ったと、そういうことだな?」

「そういうことだ。馬鹿でも理解できたか」

「俺はそんな馬鹿じゃねぇぞ」

「…そうかい」

ジュリの事を伝えると

「その子の事は分かったんだがな…俺さ、金がなくて朝から何も食べてないんだ。もうそろそろ昼だろ?何か食べさせてくれ」

腹を鳴らしながらそんなことを言われた。

時計を確認をしてみると確かに昼過ぎだった。

「…まぁ言う通り昼時だな。ジュリはお腹減ったか?」

「………少しは」

ジュリも腹が減ったならせっかくだし食べに行くか。

「なら近くのカフェにするか」

「その子ジュリっていうのか?」

あれ?俺、真式に言っていなかったっけ?

「言わなかったか?」

「あぁ、言われてないぞ」

…いや、言った気がするな。さっきジュリの説明をしたときに。

「いや、少し前に言ったぞ」

「そうか?まぁいいや。とりあえず飯行こうぜ」

こいつ記憶力悪いな…飯の事しか考えてなくてあんまり聞いていなかったというのもありそうだが。

「分かった。ジュリ、行けるか?」

「………はい」

俺はジュリに確認を取って近くのカフェに向かうことにした。


「そういえばあのカフェ、一昨日からステーキも出すようになったらしいぜ」

「マジか。相変わらずカフェっぽくないな」

俺らが今向かっているのは、この町の大通りにある『カフェ・オブ・キング』という名前のセンスが心配になるようなカフェだ。

オムライスやハンバーグならともかくステーキすら出るならもうレストランでいいのでは?とも思ってしまう。

「ついでにここら辺の説明もジュリにしていくか。これからはここで過ごしていくんだしな」

「………分かりました」


そうして俺らはジュリにこの町の施設や雰囲気を説明しながらカフェへ向かった。

俺の家は大通りにあるので、外へ出ると人は多く見える。様々な店や施設が大通りにはあるので生活はまぁしやすい。

洋服店、食物店などのこの町でよく行くであろう店を教えていった。

流石にいまだ目は暗いままだし、声も小さい。それでも洋服店の話をしたときは一瞬だが目に光があった。

まぁ女子だしな。ジュリの服はボロボロだ。帰りにいろいろ買っていかないとな。


「ついたな」

家を出て20分ほど歩いて俺らはカフェに着いた。

ここまでは家から1キロほどあるので、ジュリがいるから通常よりは遅い。だがいろいろ教えながら歩いていたので体感はもっと早く感じた。

「腹減ったから早く入ろうぜ。もう倒れそうなんだが…」

「分かったよ」

真式の今にも力尽きますといった声を聞き、扉を開ける。


   カランカラン


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

カフェ特有の扉を開けた時の鐘の音を鳴らすと、店員が来てそう聞いてくる。

「三人です」

「では、こちらの席にどうぞ」

店員に席を案内され、指定された席は

「窓際か」

ぼそっと真式が呟く。このカフェでは窓側の席は少ないのでレアと言われている。だが特段何かあるわけでもない。強いて言うのであれば日当たりが良いということくらいだ。

「ジュリ?座らんのか?」

俺と真式が対面になるように流れで座ると、ジュリは立ったままだった。

「………座ってもよろしいので?」

「いいよ。誰も座っちゃダメなんか言ってないだろ?」

俺の言葉を聞き、従うようにジュリは椅子に座る。

「ん?」

俺の隣に座ったジュリは少し離れた客の方を見ていた。何かあったのだろうか。

「ジュリ、何を見てるんだ?」

「………なんでもございません」

俺に聞かれると、すぐさま真式の空いた隣を真っ直ぐに見るように姿勢を戻した。

何だったんだろうか。ジュリの見ていた方向を見てみると、そこには客がこの店のパフェを食べていることに気づいた。

…なるほどな。

「ジュリ、あれ食べたいのか?」

質問してみると「………いえ」とだけ言った。

「遠慮することはないぞ。食べたかったら言えよ?」

「……はい」

やはりかなり遠慮をしているな。どうにかして、自分の意思を出せるようになってもらわなきゃな。

「さーてと。どれにしようかな」

俺とジュリの事は露知らず、メニュー表を見て悩んでいる真式。

「…お前、早いな」

「功次は何にするんだ?」

…聞けよ。というか…

「お前がメニュー表を持っているからどうしようもないんだが」

「俺はもう決まったぞ」

「じゃあ渡せよ。で、何にしたんだ?」

「スネークスープとステーキセット」

「却下」

「何故ッ!?」

「当たり前だ馬鹿たれ。金がないから奢って貰うのになんで高いものを選ぶんだ」

ちなみにこの二つで400ソルする。

「俺だってうまいもん食いたいんだ!」

「だったら賭けなんかで全財産捨てないで貯めろ」

「頼むよ~お前結構金あるんだしさ。な?友達のよしみでさ」

「………」

俺はメニュー表を見ながら考える。ここでこいつを甘やかしていいものかを。確かに俺は金に困ってはいない。基本、無駄な事に使わないからだ。

「…分かった。今回だけな」

「流石功次だ。サンキューな」

「…はぁ」

無駄に出費が増えた。

「じゃあジュリ。何が食べたい?」

隣で俺が開いていたメニューを横目で見ていたジュリに声をかける。

「……よろしいのですか?」

少し驚いた感じで聞き返される。

「いいよ。飯を食べるために来てるんだしな」

「……そうですか」

俺はジュリの前にメニュー表を置く。すると置かれたメニュー表を静かにめくり見ている。

少し悩んだのちに決めたようだ。

「……では、私はサンドイッチでいいです」

「え、そんなんでいいの?なんでも頼んでいいんだぞ」

「…なんで俺にはそんなふうに対応しないんだ?」

俺のジュリへの対応を見ていた真式が不満の声を上げる。

変な事を聞いてくるな、こいつは。

「なんでってそりゃ…」

真顔になって俺は口を開く。

「今までお前に奢ったり、金絡みの問題の肩代わりをしてきた分を合計すると少なからず100万ソルはいくぞ」

「うぐっ…」

表情を歪める真式に俺は淡々と続ける。

「俺がお前に渡してきた分のお金だけで小さな家位なら余裕で買えるぞ」

「ぐはっ…」

俺の言葉のナイフでやられた真式は、力無くテーブルに突っ伏す。

そんなやり取りを俺と真式がしていると

「…ふふっ」

隣で静かに見ていたジュリが小さく笑った。多分真式の反応にだろう。

しかしこの時俺は安心した。この子にまだ感情というものが残っていたことに。今のところ関わっていた感じだと、全くと言って良いほど感情を出していなかったから、もう感情は失われてしまったと思ったが…そんなことはなかったようだ。

「そろそろ功次も飯、決めたらどうだ?」

立ち直った真式にそう言われる。復活早いな。

「そうだなー、俺もジュリと同じサンドイッチでいいか」

「じゃあ頼むぞ。すいませーん、店員さーん」

真式は手を挙げ、店員を呼ぶ。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

俺らは先程決めたものを伝える。

「承りました。少々お待ちください」

店員は俺らに頭を下げ、離れていった。

「飯食ったらどうするんだ?そのまま帰るか?」

真式の質問に、道中で考えた事を伝える。

「いや、洋服店に寄る。ジュリの服を買わないといけないしな」

「確かに、その子の服かなりボロボロだ。そのままは可哀そうだ」

すると俺らの会話を聞いていたジュリが

「……よろしいのですか?」

と、おどおどしながら聞いてきた。

「あぁ、ずっとそんな恰好はつらいだろ?俺の家には女子用の服なんかないからな。たくさん買っていこう」

俺の言葉を聞くと、少し笑顔を見せた。

お?表情が良くなってきたな。

少しして店員が料理と水を持ってきた。

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

「うわー、一回これ食ってみたかったんだよ」

俺は店員に礼を言うが、真式は出てきたステーキに目を輝かせていた。

「いただきます」「いただきまーす」

俺と真式が食べ始めた時に俺は気づいた。

ジュリがサンドイッチに手を付けていないことに。

「ジュリ、食べていいんだぞ?」

「……よろしいのですか?」

「別にいいぞ?どうしてだ?」

「……いえ、前のご主人様は食べて良いと言われるまで食べてはいけなかったので」

なるほど、どうせそんなことだとは思ったが…。

「ジュリ、今は前のご主人様の言っていたことなんて聞かなくていいんだ。俺の前では自由にジュリがやりたいようにすればいい」

俺がそう言うと

「…分かりました。ありがとうございます」

するとジュリは少しずつサンドイッチを食べ始めた。

食欲はあるようで良かった。…多分これでも我慢している方なんじゃないかと考えている。以前はろくに食べ物なんて与えられている訳ないと思ったからだ。

そうして30分ほどして俺らは食べ終わった。真式が一番遅かった。

会計に向かうと

「お会計、430ソルになります」

うぐぅ…やはり真式が頼んだ奴が料金のほとんどを占めているな。

「これでお願いします」

俺は財布から430ソルだした。思わぬ出費が出てしまった…。

「じゃあ洋服店いこうぜ」

そんな俺の気持ちを考えずに満足げな真式は先に外へ出ていく。

…あいつ覚えてろよ。

「じゃあジュリ行こうか」

「…はい」

俺がジュリと外に出た瞬間

「キャーーー!!!」

と、女性の悲鳴が聞こえた。

「どうした!?何があった!?」

俺は先に出ていた真式に聞くと

「あそこだよ、引ったくりだ」

真式は指を指し教えてくれる。

「…なるほどな」

被害者は大通りの端にいた女性なんだろう。そこから鞄を持ち走る男がいる。

俺は引ったくり犯を見据える。

「お前、どうするんだ?」

そんなの決まっているじゃないか。

「真式!ジュリを頼んだぞ!」

「だろうな。お前ならそうすると思ったぜ。この子の事は任せとけ」

俺は引ったくり犯の走る方に向かった。


そうして俺は引ったくり犯の前に対峙する。

「てめぇ!そこをどけぇ!」

引ったくり犯はナイフを取り出した。あれは邪魔者が出てきた時用に持っていたものだな。用意周到なこった。


「…真式さん。功次さんは大丈夫なんでしょうか」

心配そうに真式に聞くジュリ。

「大丈夫だ。よく見てな、ジュリ。お前のご主人様の活躍をな」


引ったくり犯はナイフを俺に向け走り続ける。

「死ねぇー!!!」

「死なねぇよ」

真っ直ぐ飛んでくる攻撃をかわしながら、足を捌く。

「よっと」

引ったくり犯はバランスを崩し転ぶ。

「ぐっ」

「失礼するよ!」

俺は転んだ引ったくり犯の背に乗り、拘束する。

「犯罪は良くないよ…なっと!」

そのまま首の後ろを強くチョップした。

「うっ…」

すると引ったくり犯は動かなくなった。…気絶したか。

『うぉぉぉ!!!』

俺が立ち上がると周囲から歓声が響いた。

倒れた引ったくり犯からナイフと盗まれた鞄を回収し、他に危険なものがないか探る。

「真式、水を」

「あいよ」

俺は真式に水を持ってきてもらう。理由はこいつを起こすためだ。

「持ってきたぞ」

真式は店から水の入ったコップを貰って来た。それを受け取り、顔に水をかける。

「…ぐはぁっ」

すると引ったくり犯は意識を取り戻した。

「おはようさん。気分はどうだ?」

「…くっそ」

引ったくり犯は悔しそうに俯く。

「とりあえず奪った鞄は返してもらった。それとナイフもね」

「…そうかい」

「さーてと聞こうじゃないか。なんで鞄を奪ったんだ?」

俺がそう聞くと引ったくり犯はつらそうな顔をして話し出した。

「…俺は元カノに金を奪われて逃げられたんだ。それでお金が無くなって困った。だから金になりそうなものを奪って売ろうと思ったんだ…許してくれ…」

そうなのか。確かにこの鞄、ちょっと高そうだ。

この手の話は意外とある。だが引ったくりは立派な犯罪だ。しかも俺にナイフを刺そうとしたんだ。これだけでもそれなりの罪になる。

充分捕まるに値するんだが…

「そうか。分かった。今回は見逃してやる。こいつを持っていきな」

俺はそう言ってポケットに入っている財布からあるものを渡す。

「これは…お金?」

「1000ソルだ。それだけあれば節約すれば1か月は飯を食っていける」

「いいのか?俺は…お前を殺そうとしたんだぞ…」

「大丈夫だ。別に返さんでもいい。ただしそれをどう使うかはお前次第だ。ギャンブルで溶かすも、女に貢ぐか。それともその金を糧に働き口を見つけしっかり生きていくか。それはお前に任せる」

「…はい…ありがとう…ございます」

引ったくり犯はそう言って涙を流す。

「で、また本当に困ったなら俺に言いな。この町で『世垓功次の所に行きたいんだが』っていえば教えてもらえるからさ」

そう伝えると

「世垓…功次…聞いた事がある。作家として生きて、何でも屋としてこの町に様々な貢献をしてきた、優しさの塊のような少年がいると…そうか、あんたがそうなのか…」

そんなふうに俺は広まっているのか。…俺は別に優しくなんかないんだがな。

引ったくり犯はまた涙を流す。

「…すまない。そしてありがとう。俺、もう一度頑張ってみるよ」

そんな清々しい引ったくり犯の顔を見て俺は

「あぁ、頑張りな」

と檄を送った。


「大丈夫でしたか?」

俺は引ったくり犯から取り返した鞄を持ち主の女性に返す。

「えぇ。あなたの方こそ大丈夫なのですか?」

「俺は大丈夫ですよ。それより鞄の方は?一応中身の確認を」

俺がそう言うと女性は鞄の中身を確認する。

「大丈夫です。本当にありがとうございました」

女性に礼を言われた俺は

「鞄に異常がなくてよかったです」

と、言って別れた。


「すまんな真式、ジュリ。何もなかったか?」

「いや俺らは大丈夫だ。功次こそ大丈夫なのかよ?」

「俺は大丈夫だ。ただジュリすまん」

俺はジュリに頭を下げた。

「ど、どうしたんですか?功次さん」

困った様子で俺を見るジュリ。

「…実はお前の服を買う用のお金、さっき渡しちまった」

俺がそう言うとジュリは

「構いませんよ」

と、笑顔で返した。良かった。

というか目が…生きている感じがする。表情も明るくなっている。

なにかあったんだろうか。…まぁようやくいい感じになったので良いか。

「じゃあ一旦帰るか」

真式とジュリにそう言うと

「おうよ」

「分かりました」

そうして俺らは家に帰った。


私は今日、ご主人様が変わった。

以前のご主人様とはまるで違うお方に。

以前であれば出会えばすぐ殴られていたのに、この世垓功次さんは私の事を笑顔で見てくれる。

それがとてもうれしかった。

ただその顔にはどんな裏があるのだろうと思ってしまった。

しかし功次さんにはとても裏があるようには見えない。

だから安心した。この人は私に酷い事をしないと信じれた。

功次さんの友人の真式さんも優しそうな人で良かった。

だけどそれと同時に思った。

引ったくり犯を前にしたときのあの殺意に対する余裕。

あれはいったいどこから来るものなのかと…

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