第13話 デクレーション•レクリエーション
「……つまりは、君が白猫の捜索を依頼したってこと?」
「そうです。そういうことが言いたかったんです。少し無駄に喋りすぎましたかね? こういう冗長的な文章って嫌われちゃうんですかね。そこんとこどう思います? お兄さん」
「冗長的でも何でも俺は面白ければそれでいいと思うけど。それより君に聞きたいことがあるんだ」
「なんです?」
「白猫の特徴だよ。首輪とかそういうのつけてないの? 流石に俺も白い猫ってだけじゃ、君の猫を見つけられる自信がないからさ」
「なるほど……」
少年は何やら考え込み始めた。
時折「うーむ」などと悩ましげに唸っている。……まさか忘れてしまったのだろうか。俺たちに依頼してまで見つけたいという猫の特徴を。見かねて声をかけようとした丁度その時、少年はようやく唸り声を止めた。
そしてこちらを振り向く。
もちろん、真っ黒なパーカーのフードで隠されたその顔を窺い知ることはできない。
「いやー、案外難しいですね。元からないものを考えるってのは。即席で考えたのはどれも嘘っぽくなっちゃうし。ま、実際嘘なんですが」
「…………は?」
「だから。つまり嘘なんですよ。嘘。最初から僕が飼っている猫なんて存在しません。全くの戯言。完璧な虚言です」
そう、あっけらかんと。ざっくらばんと。何でもないことのように彼は言う。悪びれる事もなく。罪悪感のかけらもなく。
いや、そもそもどうして------。
「……だとしたら。どうして君はこんなことを? だってこんな行為に、意味なんて全くないのに」
そうだ。こんなことをして彼に利があることなど一つもない----というか思いつかない。
一番ありそうなものでいけば単なる悪戯だが、それなら嘘の依頼を入れてそのまま放置でいいはずだ。わざわざ騙した当人を呼び出して自白するなんてことをするだろうか。それではまるで自作自演だ。まったくもって意味がない。理解できない。
「意味なんてない。意味なんてないからこそですよ。人は意味がないことが大嫌いですからね。奇妙でしょう? 珍妙でしょう? 奇怪でしょう? 厄介でしょう? そう感じることが大切なんです。もちろんお兄さんにとってではなく、僕にとってはですが」
「…………………」
今ひとつ要領を得ない彼の話に、もはや何か答えることすらできない。
核心をついているようでその実、話していることは心どころか体さえ突いていない。
気味が悪いし気持ちが悪い。
絶句している俺を見て、フードの端からのぞいた小さな口唇が歪む。
「そろそろお時間のようです。お兄さん。また会う機会があれば……そのときはまた、一緒に時間を無駄にしましょう。では」
瞬間。少年の背後の空間が歪む。彼は生まれた歪みに、躊躇なくその身を滑らせる。
「さようなら」
消えた。
まるで最初からそこには何もなかったかのように。少年との会話などなかったかのように。全てが夢の中の出来事であったかのように。
ただ静寂だけがあった。
その中で思う。
聞き忘れた、と。
果たして俺と今俺の中にいる怪獣---コード一との邂逅は偶然の産物だったのだろうか。そこには何かしらの作為があったのではないか?
例えばそれがあの少年の「本当の」目的だったとか。
今となっては後の祭り。どうしようもないことではあるのだが、しかしそれでも考えてしまう。
もし仮にそうだったとしたら---俺は少年に、あるいはそれ以外の何者かに、どんな感情を抱けばいいのだろう。恨めばいいのか、憎めばいいのか……わからない。判じられない。借り物の心は、ここでもうまく機能しない。
とりあえず目下のところの問題は。
「……ここどこだ?」
引金たちがいるあの青空教室に、戻ることができるかどうかだ。
第 地区 にて
「……あは。出番だって。猫ちゃん」
「………………」
「随分待たせてくれたよねえ。なんでも位置の特定に時間がかかったとか。きーちゃんもヤキモキしてたよ。まあ、あの子の出番はまだもう少し後だけどさ」
「………………………」
「ねえ。ねえねえねえねえねえねえねえ。聞いてる? 猫ちゃん。また寝てるの? ………むう。仕方ないなあ」
「今回は私がやりますか。はあ。あれ、痛いからあんまりやりたくないんだけどなあ----まあいいか。リハビリがてら。行きましょう。
………『刻印躍起』」
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