第3話

 レオンはオールツェル王国の第一王子である。竹を割ったような性格で、正義感が強く時に頑固な所もあるが好青年で、国民ともよく交流し人気も高かった。王子としての公務の他に、クライヴに師事して剣術も習っていた。強く正しくありたい、それがレオンの心の芯であった。


 いち早く自身を成長させ、剣に選んでもらい国を取り戻したいと強く思っていた。


「王子素振りは続けていますか?」


 クライヴとの修行が始まり、木剣で打ち合って叩きのめされた後、地面に倒れているレオンにクライヴは聞いた。


「ああ、勿論続けている」

「良かった。そうだとは思いましたが、一応確認させてもらいました。王子の剣は洗練されていてとても基本に忠実です」


 クライヴに差し出された手を取ってレオンは立ち上がる。


「でも問題があるんだな?」

「その通りです。王子、これからは一度私が教えた事をお忘れください」

「どういう事だ?」


 クライヴの意外過ぎる申し出に、レオンは訝しげに聞き返す。


「基礎はもうお教えする事はありません、このまま全身くまなく沁み込ませてください。これから私が伝えるのは如何にして相手を殺すか、命を奪う事です」


 クライヴはレオンに説いた。これからレオンが身を投じる戦いは、儀式や儀礼など無く、試合ではなく死合であると、自らを生かす為に相手を殺すのだと言った。その覚悟が無ければ剣に選ばれる事は決してないと語る。


「私は王子がどうあれば剣に選ばれるか分かりません、しかしこの心構えが出来なければ武器を持つ資格がない事は知っています」


 クライヴは愛用の大剣を鞘から抜き取る、よく手入れされたぎらりと光る刀身は美しくもあり恐ろしくも見えた。


「この剣は国王ルクス様より下賜されました。その時から私は王の剣、この身を捧げて敵を殺めてきました」


 レオンはクライヴがどんな任務をこなしてきたのかを知らない、レオンは平和な世界に生きていて、クライヴはその平和の為に働いて来た。国王の懐刀は、覚悟と責を負って戦い続けてきたのだ。


「魔族との戦いがどうなるか私には予測がつきません。オルド様が文献を当たり情報を集めてくれていますが、どれだけ調べをつけようと実力は未知数です。なれば覚悟が必要です。己が敵を倒し前に進む覚悟が」

「それが殺める為の技術か?」

「そうです。殺める事を知り、また生かす事も知る。その矛盾を抱えながら尚武器を振るうのです。ただ闇雲に殺すだけでは悪鬼羅刹と変わりません、憎しみも慈しみも持って戦うのです」


 クライヴはそれだけ言うと静かに木剣を構える。一分の隙もない立ち振る舞いに、レオンは対するだけで自然と足が二歩下がった。息苦しさを覚える程の緊張感がレオンを襲う、クライヴは構えを解かずに目でかかってこいとレオンを挑発した。


「うおおおお!!」


 レオンは雄たけびを上げて自分を鼓舞する。真っ直ぐで大振りだが全力で木剣を振り下ろす。強く当ててクライヴの姿勢が少しでも崩れれば隙が生まれると考えたからだ、しかしレオンの一撃は難なくクライヴに受け止められて木剣を上に弾かれる。木剣を持つ両手が上に跳ね上げられ、その隙をつき首筋にクライヴの木剣が当てられる。これが真剣であればレオンの首はもう胴と分かたれているであろう、木剣を引きクライヴが言う。


「狙いは悪くありません。考えて考えて、相手を倒すためには何をすればいいのかを戦いの中で学んでいきましょう、私も王子と共に訓練を重ねていきます」


 そう言って笑顔を浮かべるクライヴに、レオンも笑みを返して話す。


「ありがとうクライヴ、これから俺と一緒にどうすれば強くなれるのか、どうすれば剣に選ばれるのかを考えて欲しい。そしてこれからは俺の事を王子と呼ぶのを止めれくれ、今から俺は一人の戦士、魔族を討ち果たし国を取り戻すその時までは、俺は王子ではなく戦士レオンだ」


 クライヴは胸に手を置いて深々と頭を下げる。


「レオン様、必ずや魔族を討ちましょう」


 レオンは決意をより強固なものとして、亡国を取り戻す為に剣を振るうのだった。


 ソフィアは暗く狭い洞窟の中で、滴る水の音を聞きながら深く瞑想していた。神子としての修行の為に闇の中で一人心根と対話を続ける。


 妖精の隠れ里で神子に選ばれた時、ソフィアは心が踊った。外と隔絶された里から出て王国で暮らす事が出来るのだ、夢見る少女には大変に魅力的であった。事実王国での華やかな暮らしはソフィアの胸を打った。人々が多く行き交い活気あふれる城下町に、壮大で豪華な城は物語に出てくるような素敵な物だった。オールツェル王国は素晴らしい国だった。


 出会いもまた恵まれていた。親元を離れ使命の為に里から出てきたソフィアを、国王と王妃は自分の子供の様に可愛がってくれた。王子と神子は一対であるという決まりの元に引き合わされたレオン王子は、同じ日同じ時間に生まれたという奇跡の繋がりもあり、二人は共に生き共に笑い合う仲睦まじい関係になれた。


 それだけに今回の一件で誰よりも責任を感じていたのはソフィアであった。ソフィアは王国の祀神である星神から神託を受けてそれを伝える役割、その任を怠った訳でもなく、ましてソフィアに何か問題があった訳ではなかった。それでもソフィアは考えずにいられない、もし自分にもっと力があったなら、国の行く末を変える事が出来たのではないのか、レオンにあんな悲しい思いをさせる事がなかったのではないか、王と王妃を助ける事が出来なかったのか、そんな後悔の念で押しつぶされそうになっていた。


 ぴちょんと滴る水音でハッと目が開く、そしてそこは瞑想の為に篭もっていた洞窟ではなかった。暗がりは暗がりであるが、周りには小さな光の粒が数多く漂っていて輝いていた。


「ソフィア、星の神子よ。私の声が聞こえますね?」


 それはソフィアにはよく利き馴染んでいた声だった。


「星神様、ここは一体?」

「ここは星の一角、揺蕩う星の神域。どこにでもありどこにもない幻想の場所。貴女に伝える事があり呼び出させてもらいました」


 星神の姿は見えなくとも空間に音が響き渡る。ソフィアは星神に問うた。


「星神様!失礼を承知してお尋ねします!魔族復活をもっと明確に察知する事は出来なかったのでしょうか?それともやっぱり私の力がまだまだ未熟だったから、星神様のお言葉をちゃんと受け取る事が出来なかったんですか?」


 ソフィアの悲痛な叫び声が虚空に響く。


「聞きなさいソフィア、魔族復活を予知できなかったのは我々神々の力不足です。そして貴女が未熟である事も事実、しかしだからこそ貴女の力が必要なのです」

「私の力ですか?」

「そうです。ソフィア、星の神子。貴女は我々神々と人とを結ぶ為の力があります。そして我々神々の力を束ねる事も出来るのが貴女なのです。五大国を巡りなさい、木神、火神、土神、金神、水神、それぞれの神々の加護を得るのです。これは星神の神子たる貴女にしか出来ない事、闇を打ち払う力を手に入れるのです」


 星神がそれぞれの神の名を上げ連ねると、それに呼応するように光の粒が輝いた。


「そしてオールツェル王国の王子を支えるのです。彼にも伝えなさい、五大国には当時の人々と神とが力を合わせて作り出した神器が受け継がれています。それらを受け継ぎ魔族に対抗できる力を身につけるのです」

「分かりました。必ずお伝えします」


 星神は最後にもう一つ語った。


「魔族は我々の総力をもってしても、封印する事が精一杯でした。長い年月を経て封印から解き放たれた魔族が、どれ程強力な存在になっているのか未知数です。しかし悍ましい邪悪な気配を感じます。魔族戦争の悲劇を繰り返してはなりません。貴女達には過酷な運命を背負わせてしまいます。でも決して絶望しないでください、我々は常にあなた達と共に在ります」


 光の粒が遠く遥か彼方へ吸い込まれて消えていく、最後の一粒が消えた時にソフィアは洞窟の中に戻っていた。


 全員を集めてソフィアは星神からの情報を伝えた。


「五大国の祀神の加護に神器か、成程」

「オルド様何か分かったのですか?」


 クライヴがオルドに聞く。


「魔族戦争は人々の総力戦でもあったが、そこに神も加わっていたのだ。それぞれの地域を守護する神も力を合わせて魔族に立ち向かった。すべての神から力を受け、それを人に伝える役目が星の神子であったと言う事だ」


 それを聞いてレオンが言う。


「だから王と神子は一対という掟が伝えられてきたのか」

「恐らくそういう事でしょう。人を纏め上げた初代王、神々と人を繋いだのが星の神子、魔族を封印した地に国を興して王と神子が力を合わせ続けてきたのも、封印をより強固にするためのものだったのかと」


 そういう事情があったのかと三人とも合点がいったように頷く。


「魔族は歴史上で突然現れました。線ではなく点で、現れた以前の記録がどの文献にも残されておりません。そしてそれまで人が持っていなかった強大な力を使って人々を襲い始めました。それが魔法です」

「そうなのか?」


 レオンは魔法については基礎的な知識しか知らないので、その事実は初めて知った事だった。


「ええ、魔族が使っていた魔法は未知の力で、多くの人々がその力によって殺められました。人々に魔法の力を伝えたのは神々で、ようやく魔法の対抗手段を得たとされています」


 知れば知るほど魔族の存在が謎に包まれていく、レオンは敵の存在が掴みきれていな現状に恐怖した。しかしそれでも導が見つかった事は喜ばしい事だった。


「取りあえず目標が決まった。俺が剣に選ばれる事が出来たら、次に俺達は魔族に対抗するための力を得る為に五大国を巡る。加護と神器を手に入れ、王国を魔族の手から取り戻す。ソフィア、クライヴ、俺に力を貸してくれ」


 レオンは二人に向かって深々と頭を下げた。


「お止めくださいレオン様、このクライヴすでに覚悟は出来ております。これより貴方の剣と盾となり、あらゆる障害を切り払ってご覧にいれましょう」

「私も星の神子としての役目がある、それに星神様もおっしゃられたようにレオンを支えてあげなくちゃ、これは私の意志であり覚悟だよ」


 二人からの力強い言葉を貰って、レオンは感極まる。涙をぐっと堪えて拳を突き出した。ソフィアとクライヴはそれに合わせて拳を合わせ、全員の意志を重ね合わせるのであった。

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