夕焼けの空、揺れるリボン、どこからか感じる黒い視線
夕焼けが顔を出し始める時間帯。オレンジ色に包まれながらも、俺は1人帰路についていた。
とはいえ、今日の帰り道はいつもとは違う。今日発売の雑誌を買う為に、商店街へと向かっている所だ。
月に一回は、こうして京南中の前を通らずに帰宅している。まぁ、そんな事で美世ちゃんが何か言うとは思えないけど……あの出来事の影響はどこに現れるか、一抹の不安は感じている。
とはいえ、月一の楽しみだけは何としてでも死守させてもらおう。
さてさて、一見人が通れそうにない極細の裏道。ここを通れば目的の店まであっという間だ。
……あれ?
その時だった、誰も通らないであろう路地裏。その砂利道の上に何かが落ちているのが目に入った。
四角く紺色。定期入れか何かに思えるそれは、見るからに真新しさを感じる。
……これって落とし物か? しかもなんか定期入れっぽいよな? 流石に、ここに置きっぱなしはなぁ……
正直、拾った事で面倒に巻き込まれないかという予感はあった。ただ、目に入ってしまったものは仕方がない。そもそも、これを落とした事で、困る人が居るかもしれない。
自分の中の天使と悪魔が戦いを繰り広げる中、俺が選んだのは……
「はぁ……拾ってみるか」
天使の自分だった。
どれどれ?
拾い上げると、それは2つ折りのケースのようなものだった。目立った汚れもなく、ここに落ちてからさほど時間は経ってないようにも見える。
これ定期入れかな? とはいえ、誰のものか分からないとどうしようもならないよな? 交番届ける前に中見てみようかな。
こうして、俺は思い切ってケースを広げてみた。するとどうだろう、中に入っていたのは学生証だった。
「ん? なになに? 京南中学3年、烏真一華……からすまいちかって読むのか? それにしても京南中か。しかも美世ちゃんと同じ学年とは……」
まぁ、とりあえず交番か。もしくは美世ちゃんが知ってる人かもしれないな。とにかく、例の物をゲットしてから決めよう。
そう思いながら、俺はその学生証を手に……ゆっくりと歩き始めた。
★
それから数十分。
見事に目当ての物を手に入れた俺は、心底喜びにふけっていた。
まぁ急がずとも売り切れになるものでもないけど、発売日にゲットし、いち早く目にする。
趣味という趣味がない俺にとって、唯一の楽しみで間違いはない。
さて、早く袋から出したい所ではあるけど……今日は一直線に帰宅って訳にも行かない。
俺はさっき拾ったケースを開くと、もう一度学生証に目を向ける。
烏真一華、京南中学3年。
そして証明写真には、明らかにお嬢様っぽい雰囲気を醸し出す女の子が映し出されていた。
黒髪にパーマ? しかも緑のリボンで結ってる……って、なんか見る限りマジでお嬢様って雰囲気だ。
けど、こんなお清楚な子京南に居たか? 正直見た事がない気がする。いや、生徒数も多いのはあるけど……この存在感、しかも一個下なら、知らないはずないんだけどな。まっ、とりあえず交番……
「こっ、困ります」
「良いじゃん良いじゃん」
その時だった、耳に入ってきた女の子の声。
そして続くように聞こえる男の声。
人間というのは、実に面白い。突如として聞こえた事に関して、反射的に反応してしまう。
もちろん俺も例外じゃなかった。
思わず視線を向けると、そこはコインパーキング。しかも建物の奥ばった所にあり、人目が付きにくい場所だ。
女の子1人と男が2人。しかもさっきの会話を聞く限り、大体の予想はつく。
あぁ……絡まれてる感じかな?
人目のつきにくい場所。男2人に女の子1人。
更には、見渡す限り……俺以外人は居ない。
ヤバいなぁ……って、あの制服は京南中か?
「私はただ、探し物をっ……」
「俺達も手伝ってあげるってぇ」
「その前に、お茶しようぜ? その制服、京南だろ? お金持ちなんだろぉ」
はぁ……ますます見過ごせないんだけど。
えっと、見た感じ背は小さい。柔道の有段者で、1人で圧倒できるという展開は期待できないな。
髪も長いし、言葉遣い的にもマジでお嬢様か。しかも緑のリボンなんて付けて……ん?
その瞬間、俺は手に持っていた学生証を、もう一度マジマジと見つめた。そう証明写真を重点的に。するとどうだろう、目の前にいる女の子と、証明写真に写っている女の子は……まごうことなき同一人物だった。
……マジか。落とし主は後輩。しかも美世ちゃんと同じ学年。そんな女の子が絡まれている。そして周りには誰も居ない。色々な事を加味しても……助ける以外、俺にプラスな事はないじゃないか。
「とっ、通してください」
「ここは通さねぇぜぇ~」
奥に追い詰められて、逃げ場もない。
とはいえ、2人相手だと下手したら彼女を逃がす事も出来ないかもしれない。
となれば……覚悟を決めるか。傷の一つや二つはしょうがない。とにかく、安全第一で……健やかにっ!
「ふぅ」
俺は1つ息を吐くと、3人の元へと歩いて行った。
「やっ、やめて……」
「お茶してくれたら止めるって」
「そうそう。どうせなら俺のミルクも飲んで欲しいんだけどなぁ」
……おいおい、中学生相手に下ネタ全開じゃないか。はぁ、まぁとりあえずやれる事をやろう。
「いっ、いや……」
「へへへっ」
「あっ、いたいた~! 探したぞ?」
「えっ?」
「誰だぁ?」
ここは、あえて男の相手はしない。
「ここに居たのか、一華」
「えっ、あなたはだ……」
「おいおい、何してん……」
「落とし物これだろ? 学生証」
「あっ、私のっ!」
「本当、ドジだなぁ一華」
ここで、頭をポンポンだっ! 頼むぞ? 烏真さん! 空気読んでくれよ?
ポンポンッ
「えっ……はぅ」
「なっ、待て待てお前……」
「はら、早く行こう。美味しいアイス屋さん見つけたって言っただろ? ほらっ」
手を掴んで……
「はっ……」
ちょっとバカっプルっぽく、この場を離れろ!
「ほらぁ! 急げ急げ~」
……どうだ? どうだ? あいつらついてきてるか? 声はしないな。多分、目の前であんな事したんだ。変な奴だと思って、固まってるに違いない。
それにしても、手繋いでごめんよ烏真さん! もうちょっとだけ、我慢してくれぇ!
★
「ふぅ。ここまで来れば大丈夫かな」
あのコインパーキングから数百メートル。大通りの本屋の前まで来たところで、俺達はゆっくりと立ち止まった。
いやいや、焦ったぁ。けど、追っては来てないし……意外と何とかなるもんだな。
なんて安心感を覚えた途端、右手に感じる温かさ。その温もりを認識した瞬間、俺は今の状況をハッキリと思い出した。
そう、無意識とはいえガッツリと左手を握っていたのだ。
頭の中はエマージェンシー状態。そして早急に手を離し、謝る事を要求していた。
「あっ、ごめん! 痛かったよね。てか、急に手握ったりしてホントごめん」
「いっ、いえ! そんな事ないですっ!」
そうは言いつつも、少し俯き加減。
傍から見たら、自分が怪しい人物だと間違えられても仕方がない。
「とりあえず、切り抜けられて良かっ……」
「あっ、あの! 本当に助かりました! ありがとうございます」
うおっ……
俯いた様子から一転、お礼と共に見上げた顔は……これでもかと言わんばかりに清楚な笑顔だった。まさに透き通る様なその笑顔は、俺の様に穢れた心の持ち主にとって、あまりにも効果抜群だった。
「ぜっ、全然だよ。学生証は大事だしね。もしかして、それ探してる時に絡まれたの?」
「はい……駐車場を探してたら、いきなり声掛けられて。でも、本当に九死に一生でした」
「そんな大袈裟な……って言いたい所だけど、2対1は流石にマズかったよね」
「泣きそうでした……でも、そんな時……はっ! いけない、私ったら自己紹介がまだでした! 京南中学3年の、烏真一華と申します。本当なら、いの一番に言わなければいけないのに、すいません。あの、お名前を教えて頂けますか?」
「別に名乗る程の……」
「いいえっ! 教えてくださいっ! 私が納得できません」
「んー、じゃあ……俺の名前は天女目空。京南高校1年だよ」
「えっ……天女目……」
ん? 名字に何か?
「あのっ! もしかして、京南中学の天女目美世さんはお知合いですか?」
「えっ? 美世ちゃんは妹だけど……」
「やっ、やっぱり! 美世さんのお兄さんとはつゆ知らず、大変失礼しました。そして、改めて助けて頂きありがとうございます」
そう言いながら、何度も何度も頭を下げる烏真さん。流石に第三者から見ると、またしても危ない光景に映ってしまう。
頭痛くするって! しかも、この言い方だと美世ちゃんと知り合いっぽいな。だとすれば、今後の事も考えて丁重にしないと。何があるか分からないし。
「ちょっ、あの烏真さん? そこまでしなくても大丈夫だからっ!」
「すっ、すいません。仲良くして頂いている美世さんのお兄さんとなると、先程の件も併せてどうしても……」
「大袈裟だなぁ。それにしても美世ちゃんと仲良くしてくれてるんだね? ありがとう」
「とっ、とんでもないです」
仲良いって……完全に面識有りじゃないか。とりあえず、美世ちゃんの友達を見捨てた最低な兄という汚名を被らずに済んで良かったよ。
「あのっ、本来であればきちんとお礼をしたいのですが……」
「お礼? そんなの全然いらないよ」
「ダメです! お礼は礼儀。そう教えられてきましたのでっ! とはいえ、すいません今日はもう帰らないといけない時間でして」
「だから、本当にいいのに」
「ダメですっ!」
……意外と頑固か? いや? そういう教えをしてきた両親の影響だろうな。お嬢様の両親……見た感じ堅物なイメージだよ。ただ、根本的な事は間違ってはいないのかもしれない。
「ダメって……」
「あのっ、天女目さん! このお礼は必ず致します。ですので……連絡先を教えてくださいっ!」
「れっ、連絡先?」
「はいっ! 失礼ですが、ストロベリーメッセージはやられてますか?」
ストロベリーメッセージ。通称ストメ。
メッセージが会話調に表示されるアプリで、大体の人はインストールしているアプリ。もちろん俺も使っている。
「ストメなら使ってるよ?」
「では、是非IDを教えて頂けませんか?」
「えっ、でも俺なんかに教えていいの?」
「いいんですっ!」
こうなったら、断れないよなぁ。
……………………ピロン
「ありがとうございました! ちゃんとお礼は致しますので、今日は失礼します。本当にありがとうございました」
お辞儀して、颯爽と言ってしまったなぁ。
それにしても烏真一華さんか……まじで清楚の極みだな。余計に今までその存在に気が付かなかったのが謎だよ。
あれか? 心の綺麗な人にしか見えないってパターンなのか?
なんにせよ、今日の俺どうした? 学校では美女コン1位の桐生院先輩と話し出来て、更にお清楚お嬢様の烏真さんと連絡先交換。
なんかマジで、運が良いな。
ゾワッ
…………ん? 何処からか視線を感じたような気がしたけど…………あれ? 気のせいか?
まっ、烏真さんも行っちゃったし、俺も早く家帰って風呂入って……お楽しみを見ようっと!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます