44:動き出す男たち

 子供の名前はアデライードに決まった。

 アデライードが生まれてから三日、領地から伯父様と弟のアルフォンスがやって来た。

 さらに様子見をしていたオストワルト子爵やデリア夫人が、珍しい人を伴って訪ねてきた。それは孫のニコラウスとお付き合い相手のご令嬢のフリーダだ。

 いや、二人はもう婚約していて、結婚まで間近の間柄だってさ。


「お久しぶりです、ケーニヒベルク男爵夫人。

 この度はご出産おめでとうございます」

 ニコラウスの後ろに控えるフリーダも彼に合わせてぺこりと頭を下げてくれる。

「ありがとうニコラウス、それからフリーダさん。

 アデライードも来てくれてありがとうって言ってるわ」

 わたしは隣の小さなベッドに寝かしていたアデライードを抱き、まだ喋れないアデライード代わりに挨拶を返した。

「うわぁ可愛い……」

 フリーダは目をキラキラさせながらそう漏らした。

「抱いてみる?」

「い、いえっそんな。とんでもないです」

「大丈夫よ抱き方を教えて上げるから、どうぞここに座って」

 ソファに座ったフリーダの手の中にアデライードをそっと乗せる。まだ首が座っていないから、片手は首の下で支えるようにと言ってゆっくりと手を引いた。

「うわぁ~」

 フリーダが頬を染めながら微笑んだ。

 それを見たニコラウスは何やら感極まったように頷いていた。きっと将来の自分たちの姿でも想像したのだろう。

 それを指摘するのは野暮よね。







 オストワルト子爵はリューディアとアデライードの元気な姿を一目見ただけで満足したようでさっさと応接室の方へ戻って来た。

「ふっふっ『結婚なんて』と妻帯者を小馬鹿にしていた君ももう父親か……」

「それはもう言わないでください」

「それもそうか。いいかね妻子を大切にするのだぞ」

「ええ勿論です」

「まあそのためにもザロモンの横行を止めねばならんのだが……

 残念ながら儂では力不足のようじゃ。すまんなぁ」

「そんなことは……

 閣下にはいつも助けて頂いて感謝しております」

「ところで先ほど聞いたのだが、リューディアはヴェパー伯爵の血縁だそうじゃな?」

「ええ、リューディアの父ザカリアス子爵の姉がヴェパー伯爵夫人です」

「儂では力になれんが、ヴェパー伯爵ならばどうだろう? 一度話してみんかね」

「そうですね。実は丁度今日、ヴェパー伯爵がいらしていますよ」

「ほおそれは是非顔繋ぎをして貰いたいのぉ」

「そのくらいはお安いご用です」

 フリードリヒは執事に言ってヴェパー伯爵を呼んで貰った。


「失礼するよ」

「伯父上。お呼び立てして済みません」

「いや構わないが、先ずはそちらの紳士を紹介して頂きたいね」

「失礼しました。

 こちらは以前より懇意にさせて頂いています、オストワルト子爵です。

 オストワルト子爵、こちらがリューディアの伯父のヴェパー伯爵です」

 紹介を受けて二人はよろしくと挨拶を交わした。

「オストワルト子爵の名は常々聞いております。フリードリヒが随分とお世話になっているそうですね」

「いやいや世話になっているのは儂の方ですよ。リューディア嬢のお陰で妻は機嫌が良く、おまけに孫の婚約も決まりましたしの」

「そうですか、それは良かった。

 ところでフリードリヒ、このような話をさせるために私を呼んだ訳ではないのだろう? 早く話を進めたまえ」

「お見通しでしたか申し訳ございません。

 伯母上からお聞きかと思いますが、現在うちの商店は、ザロモンと言う男の商店から攻撃を受けています」

 今回ばかりは市場競争ではなく攻撃と言って差し支えないだろう。

「奴隷と阿片だったかな」

「はいその通りです。奴はその取引で得た資金を使って、利益度外視で俺と同じ品を販売しています。正直な話、正攻法ではとても太刀打ちが出来ません」

「決めつけて話しているが、証拠はないのだろう?」

「ですが資金の流れを見れば明らかなんです!」

「落ち着けフリードリヒ。

 実は儂の方でも伝手を使って調べさせましたがの、奴隷や阿片の売買はすべて国外での事、あやつの尻尾を掴むことは出来ませんでした」

「大体の事情は判った。しかし他国の話となれば私の手にも余る。ならばペーリヒ侯爵にお願いしてみようと思う」

「ペーリヒ侯爵ですか?」

 リューディアの口添えや立ち振る舞いのお陰で今でこそ社交界に明るいが、それ以前はあそこはただ仕事の伝手を得るための場所と決めて掛かっていたから、フリードリヒは名を言われてもピンと来なかった。

「たしか外交局の長官でしたかな?」

「ああその通りだ。もしも本当に国外で犯罪を犯しているのならば、それが発覚すればとても不味い事になる。きっとペーリヒ侯爵は動いてくださるはずだ」

「丸投げしたようで申し訳ございませんが、どうかよろしくお願いします」

「はははっ、ではこれは出産祝いと言うことにしておこうか」

 ピリリとした空気を弛緩させるべく、ヴェパー伯爵はニッと口角を上げて笑った。


 出産祝い、つまり対価は無しと言う意味だ。

 商人上がりの自分が伯爵を越えて今度は侯爵にまで手を借りられるとは……

 やれやれ本当にリューディアには頭が下がるな。

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