09:夜会の準備
男爵位はこの国で唯一金で買える爵位だ。
買えるとはいっても、その額は決してお値打ちとは言えずむしろ高額。それもそのはず、国が爵位を売る目的は国の財政を潤わせるためだからだ。
末端の爵位だが貴族なのに、男爵位には領地は認められていないし、名誉手当などの支給もない。
そのような意味のない物を何故買うのか?
以前よりわたしはそう思っていたが、どうやら
金で買える爵位だからこそ、それを持っていることで一定額以上の金を持つと周りに知らしめることが出来る。そして商人にとって金があると言うことは、自ずと信用が増し、商売の手が広がるから、その効果を考えてフリードリヒは男爵の地位を買ったそうだ。
「地位を買うと信用が増すことは分かりました。
ですが商売の手が広がると言うのがよく分かりませんわ」
「なに簡単な事だ。
金で買った物だろうが爵位があるから夜会に誘われる。その席では貴族を相手に商談が出来る。実に有意義な買い物だと思わないか?」
そう言って彼は満足げに笑った。
なるほどね。
つまり彼にとっては『夜会に行く』とは『商談に行くぞ』ってことらしいわ。
「わたしが一緒に夜会に出るのは分かりました。ですが二つほど問題がございます」
「二つとはいささか多いが、とりあえず聞こうか」
「まずわたしは夜会用のドレスを持っておりません。そして例えドレスがあったとしても、侍女がいなければドレスは着られません」
「ああ女性は手軽にとはいかんのだったな」
コルセットも然り、化粧に髪の結い上げなどなど、一人で出来ないことは多々ある。
「しかしドレスは分からんな。以前に持っていた物はどうしたのだ」
そんなの決まってる、借金の形に売られたのだ。
わたしが言い淀んでいると勘の良いフリードリヒは事情を察したようで、「悪かった」と謝罪を口にした。
「いえこちらこそお気遣いありがとうございます。
明後日では準備も難しいでしょう。どうかわたしを置いて、行ってください」
「いいやそれは駄目だ。
これは最初に伝えたと思うが、最近この国で流行り始めた西方の風潮によると妻帯者が優遇されるのだ。ただしそれは妻を持っていることではなく、家庭を大切にする男性と言う意味合いが強い。
もしも妻を置いて俺一人で夜会に出ようものなら、家庭を蔑ろにする愚か者だと罵られよう。それはきっと未婚の時よりも悪いに違いない。
だからリューディアを置いていくと言う選択肢はないと思って欲しい」
置いて行くならば欠席をするとでも言い出しそうな勢いだ。
「事情は分かりましたわ。
まずドレスですが、幸いわたしは標準的な体型ですので、お店でレディメイドの品を借りられるはずです。着付けをする侍女も、ドレスを借りた際にお店で融通して頂けるか交渉をしてみましょう」
それが無理ならば、もう伯母を頼るしかない。
年頃になる前に母を亡くしたわたしを一端の淑女として教育してくれたのが伯母だ。
父が亡くなった時に伯母は弟と同様、わたしにも救いの手を差し伸べてくれた。しかし借金の額を考えるとおいそれとその手を握る訳にも行かず、わたしは借金の形に売られる道を選んだ。
それは褒められる様な事ではないから、きっと会えば叱られるでしょうね。
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