07:歩み寄り
仕事が早く終わるようになると、次第にフリードリヒと話す機会も増えていった。
年齢は二十八歳でわたしとは八つ違い。生まれも育ちも商人の家系で、代々続いている商店は兄が継ぎ、彼は少しばかりの援助を貰って独立したそうだ。
使われるではなくて独立する。
これが如何に大変な事かは、今のフリードリヒを見てもよく分かる。
「最初は大変だったのではないですか?」
「いいやそうでも無いぞ。
リース家と言えばそれなりの商家だからな、その家の生まれだと言えば取引相手には困らなかったよ」
「えーと貴族でその様な事をすればとても大変なことになるのですが、商人の場合は大丈夫なのでしょうか?」
その話を聞いてわたしはギョッとした。
もしも家を出た貴族の次男が勝手に爵位を名乗れば、怒られるどころの騒ぎで済まず、場合によっては死罪になることだってありうる。
「ははは、爵位を名乗るのと比べられては困るな。
まあ商人の場合だと、俺がリース家の生まれなのは嘘ではないのだ。従って相手が勝手に解釈してくれたのを都合よく利用させて貰ったといったところだな」
「そう言うのを人は詐欺だのペテンだのと言うのではないでしょうか……」
「もしも俺が、相手に損害を与えていれば訴えられもしただろうが、生憎そう言う事も無かった。
まあたとえ訴えられてもだ、取引相手の情報を正しく得るのは商売の基本だ。それを疎かにした奴にとやかく言われる筋合いはないさ」
相手に損害は無く、いまはもう使っていないと言うから、それこそわたしが言う筋合いじゃないわね。
「俺の事はいい。リューディアの話を聞かせてくれ」
「わたしですか……
知っての通り、わたしは没落した子爵家の元令嬢です。
年齢は今年で二十歳になります。母は弟が幼い頃に流行病で亡くなっておりまして父と弟の三人で暮らしていましたわ」
「婚約者は居なかったのか?」
「居ればここにいませんね」
咎めるでもなく卑屈になるでもなく、ただの感想として言ったが、律儀なフリードリヒは謝罪をくれた。
本当にそう言うつもりじゃなかったのに失敗した。
「そもそもわたしに婚約者がいなかったのは、凡庸な容姿と不名誉な噂の結果です。フリードリヒ様が謝罪される必要はどこにもございません」
「不名誉な噂とは何の話だ」
そりゃあ聞くわよね。
だが質問していると言うよりも、なぜそうなったのかと言う確認に近い言い方なのは救われた。
「フリードリヒ様も知っての通り、わたしの父には借金癖が有りました。
その借金の理由がわたしということになっています」
一向に効果の出ない美容の代金に、ドレスや貴金属の購入による散財。
前者は兎も角、後者など夜会に赴いたわたしの姿を見ればすぐにわかるだろうに、馬鹿馬鹿しいが世間ではそう言うことになっていた。
「なるほどな。そうなると子爵は借りた金を何に使っていたのだ?」
「父は大変な美食家でして、古今東西あらゆる品を手に入れては食していましたね。その結果体を壊して病に倒れたと医者に言われました」
選り好みし、美味い物だけを食べ続ければ体のバランスを崩すと医者から何度も注意されていた。しかし父はそれを正すことなく食べ続けて結果亡くなった。
当人はそれで満足かもだけど、残されたわたしや弟の事を少しは考えて欲しかったわね。
「君が噂を否定しなかった理由は?」
「噂を否定したところで父の借金癖は治りませんし、わたしの容姿が良くなるわけでもございません」
「ふむう。どうやらリューディアは自分の容姿に自信を持っていないようだが、君の瞳はとても綺麗な色をしていて俺はとても好きだぞ」
「へ?」
「その瞳の色が好きだと言った」
「あ、ありがとうございます。
済みません……、言われ慣れていないもので少し照れますね」
本当に言われ慣れていないから、どういう顔をしていいのか分からず、カァと顔が赤くなってきたところでわたしは堪らず顔を伏せた。
「ハハハッこの程度の世辞で照れてくれるとは、リューディアは可愛いな」
可愛いと言われてくぅと視線を背ければ、その様子がまた可笑しかったのか、フリードリヒは容赦なくくっくと嗤ってくれた。
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