妻は従業員に含みません
夏菜しの
01:プロローグ
収穫時に返すという約束手形で買い物をする貴族は多い。
根っからの商人であるフリードリヒは、手に入れていない物を頼りにするとは愚かな事だなと思うが、これも商売だと思って笑顔で金を貸した。
なんせ相手は貴族だ、平民相手に細かな商売を繰り返すよりも実入りが良い。
幾人かの貴族にそんなことをしていれば、中には金が返せなくて取りっぱぐれる相手も少なからず出てくる。極力取りっぱぐれない様にと、金を貸す相手の事はよおく調査しているのだが、今季はひとりの貴族だけどうしても回収が出来なかった。
ただしこれは調査の結果が違ったという話ではなく、家長である子爵が心不全で突然死したのだから、不測の事態と言えよう。
幸いにして貸した額は大した金額ではなかったが、どんな理由であれ取りっぱぐれた事が腹立たしかった。
後日、役所から残った資産を債務者で分配するという旨の案内が届いた。
しかし貸した額が少ないことに加え、子爵の領地は王都から遠く、そこまでの交通費と滞在費を自腹で支払わなければならないと思えば行く気は失せた。
そんな暇があるのならば、その時間を別の商売に回して失った金を取り戻す方が良い。フリードリヒは「そちらに任せる」と役所に返して、より一層商売に精を出した。
その様な事をすっかり忘れた一ヶ月後の事、フリードリヒの屋敷に役人が訪ねてきた。
応対に出た執事によれば、
「ザカリアス子爵の資産分与の件だそうです」
「ああ、あれか。代りに受け取っておけ」
いつもならば「畏まりました」と返すはずの執事が、なぜかこの日は困り顔を見せて立ち尽くしていた。
「何か問題でもあったか?」
「わたしの判断で受け取れる様な品ではございませんでしたので、どうしたものかと思案しておりました」
つまり簡単に売れない品と言う意味だろう。
それは現地に行かず役人に任せた場合にありがちな話で、買値だけで判断した
だがあの案件は不良債権扱いだ。いまさら売れぬ品が入ってこようがこれ以上赤字は増えまい。
しかし忌々しい。思い出したらまた腹が立ってきたぞ。
「なんでもいい。役人などさっさと追い返せ」
「……畏まりました」
苛立ちを隠さずそう言うと、執事は一礼して去って行った。
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