あざやかな

 彼女の仕事は、これまでと何ら変わりはない。


 伯爵夫人から嫌味を言われ、他の召使いたちからは隠れて笑われている。


 しかしながら、そんなことも気にならない程の、満ち足りた感情があった。


 草木があんなにもお喋りだったとは。空にあんなにもたくさんの色で溢れていたとは。以前の彼女では、気付き得ないことであった。


 相も変わらず、フランツブルグ家からは手紙が届く。しかし、その手紙が届くのを何よりも楽しみにしていたのは、まぎれもない彼女だ。


 ある日、ラムールはいつものように手紙を届けに来た。


 一見するといつもの明るい様子である。しかし、彼女は違和感をおぼえずにはいられなかった。


 ラムールと会話を楽しんでいたマシェリ―だが、そうしているうちに、ラムールの袖の下に、包帯が巻き付けられているのに気がついたのである。


「ねえ、その包帯は、どうなさったの?」


 そう訊ねると、ラムールは苦笑して、


「こんなものは、たいしたことないさ」


 と、珍しく歯切れの悪い答えを返した。


 彼女はそこであまり言及しなかった。いくら恋人とはいえ、話したくないことの一つや二つはあるだろう。そう気遣って、その場では曖昧な返事を返しただけだった。


 が、あの包帯は、事態の未来を想像させるものだったことを、後に知ることになる。


 帰り際、ラムールは背を向けたまま言った。


「もしかしたら、近いうちに悪いことが起きるかもしれない」

「悪いこと…って?」


 彼女が不安そうに言うと、ラムールは振り返って、いつもの笑顔を見せた。


「でも、大丈夫さ! なんたって、僕がついているんだから。知っているかい? 僕は君のためならば、何だって差し出せるんだよ!」


 そう言って、ラムールは去っていった。


 その何かを隠したかのような笑みに、彼女はほんの少しばかりラムールを疑った。

 

 そして、それが違和感となって、彼女に嫌な予感を与えたのだった。



 日が経つごとに、彼の服の袖から除く白色が増えていくのを、彼女は見逃さなかった。ラムールは何か怪我を負うような危険なことをやっているというのか。そんな不安と心配とが織り交ざり、彼女の心を巣食った。


 ラムール自身はうまく隠しているようであったが、その怪我の証は、だんだんと隠し切れなくなってきている。


 しかし、彼の表情だけを見ると、何も変化がないかのように見えた。彼の変化を正直に話しているのはその包帯だけであり、それ以外の何処を見ても、巧妙に隠されて見えなくなっているのだ。


 悟られないようにしなければならない訳がある。それを暗に言っていた。そして、以前彼が言った言葉、「悪いことが起きる」


 事件が起こる前触れにしては、あまりにも典型的だった。

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