第109話 情報屋

「あん?なんだてめえら、ガキがどうしてこんな場所にいる……まさか迷い込んだ奴じゃないだろうな」

「うわ、酒臭い……」

「おっちゃん、あたし達は急いでるんだ。悪いけど退いてくれ」

「お、おっちゃんだと!?俺はまだ38だ!!」



ネココの発言に傷ついたのか仮面を被った男は彼女に掴みかかりそうになるが、その前にコウが男の腕を掴み取る。



「悪いけど急いでるんだよ」

「んだと、このガ……いでででっ!?」



男の腕をコウは握りしめると、まるで万力に挟まれたかのような激痛に襲われた男は悲鳴を上げる。周囲の人間が何事かと視線を向け、コウが腕を離すと男は怯えた様子で後退った。



「な、何だお前……人間じゃないのか!?」

「うるせえな、こっちは急いでるんだよ。あっち行けよ」

「く、くそっ……覚えてろ!!」



ネココの言葉に男は悔し気な表情を浮かべながらも梯子へ向かうと、コウとネココを見ていた者達はすぐに顔を反らす。この程度の揉め事はよくある事なのか酒場の人間はすぐに興味を失ったように二人の事を気にしない。


酔っ払いを撃退したコウとネココは酒場の中を歩き回り、ネココは目的の人物を探す。そして彼女は酒場の隅の方で一人で円卓を一つ独占する人物を発見した。



「兄ちゃん、あそこだ!!あの人ならきっと姉ちゃんの事を知ってるぞ!!」

「あの人?知り合い?」

「へへ、この街に来たばかりの頃から色々と世話になってるんだ」



目的の人物を見つけてネココはコウの腕を掴んで机に向かうと、改めてコウは一人で机を独占している客に視線を向ける。この人物はネズミのようなお面を身に着けており、顔は隠しているがしわだらけの腕である事から老婆だと思われた。



「ネズミ婆ちゃん!!久しぶりだな、元気にしてたか?」

「ん?ふああっ……ネココかい。久しぶりだね、最後に会ったのは先月ぐらいかい?」



ネココが話しかけると机に突っ伏していた老婆は顔を上げ、欠伸をしながらも挨拶を躱す。どうやら二人とも知り合いらしく、ネズミと呼ばれた老婆は向かいの席に座るように促す。



「ほら、そこに座りな。そっちの坊主はあんたの彼氏かい?」

「ばっ……ち、違うよ!!この人はあたしの兄ちゃんだよ!!」

「……あんた、兄貴がいたのかい?いや、兄貴分って感じだね」

「ど、どうも……」



ネズミの言葉にネココはお面の下で頬を赤くしながらも説明を行う。ネズミはネココの兄と聞かされて不思議に思うが、とりあえずは二人を向かいの席に座らせた。



「それで今日は何の用だい?また面倒事に巻き込まれたのかい?」

「いや、まあ……あたしが問題を起こしたわけじゃないけど」

「あんたね、前に教えた情報代も払い切ってないだろう。あたしに聞きたい事があるのならちゃんとお金を払いな」

「情報代?」

「ああ、婆ちゃんはこの街の情報屋なんだよ。言っておくけどただの情報屋じゃないぞ、この街一番の情報屋なんだぞ」

「情報屋……」



コウは情報屋という言葉に驚き、実際に見た事はないが情報屋という職業だけは知っていた。情報屋とは名前の通りに情報を生業としている職業であり、ありとあらゆる情報を収集し、その情報を売って金を稼いでいる。


ネズミはサンノの街の情報屋の中でも一番の腕を誇り、ネココも信頼する人物だった。しかし、一見は老婆にしか見えない彼女がどうやって情報を集めているのかコウは気になった。



「あの……ただの興味本位なんですけど、どうやって情報を集めてるんですか?」

「そいつは企業秘密だね。自分の情報収集の手段を話す馬鹿なんていないだろう?まあ、一つだけ言える事はあたしには部下なんていないから人を使って情報を集めるような真似はしないよ」

「じゃあ、お一人で情報収集をしてるんですか?」

「企業秘密さ」



どのような手段でネズミは情報収集を行っているのかコウは気になったが、本人は語るつもりは内らしく、コウもこれ以上に聞いても無駄だと察する。重要なのはネズミが攫われたハルナの行方を知っているかどうかだった。



「婆ちゃん、悪いけどこっちも時間がないんだ。実はあたしの知り合いが攫われたんだ。だから探すのを協力してほしい」

「知り合い?」

「えっと、前にあたしの事を助けてくれ姉ちゃんなんだけど……名前はハルナ、あたしよりも少し年上のエルフの女の子だ。婆ちゃんならすぐに見つけてくれるだろ?」

「なるほど、エルフの女の子か……確かにそれなら見つけやすいね」



人間と比べてエルフの女性は滅多に人里には訪れないため、エルフの女の子を探すだけならば街一番の情報屋であるネズミにとっては容易い事だった。しかし、彼女はネココの頼みを断る。



「だけどその依頼は引き受けられないよ。あんた、まだ前の情報代を払い終えてないだろ?ツケの分を払わないと新しい依頼は受けない、これがあたしの答えさ」

「うっ……そ、そこを何とか」

「できないね、いくらあたしとあんたの仲でも仕事に関してだけは妥協しない。分かったのなら金を作って出直してきな」



ばっさりとネズミはネココの要求を断り、彼女が前の情報代の支払いを行うまでは仕事を引き受けないと伝える。

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