第56話 猛特訓

――半年後、コウは背中に大量の石を詰めた籠を背負った状態で猪に追いかけられていた。籠の中にはスラミンも入っており、全身から汗を流しながらもコウは全速力で森を駆け抜ける。



「フゴォオオッ!!」

「うおおおおっ!!」

「ぷるるるっ!?」



猪に追いかけられながらもコウは木々の間を潜り抜け、足元にある石や木の根に引っかからないように気をつけながら駆け抜ける。あまりの移動速度に籠に乗っているスラミンは振り落とされそうになるが、どうにか頭に生えている耳のような触手を伸ばして籠にしがみつく。


大量の石を背中の籠に抱えながらコウは走り続け、やがて森の中に流れる川へと辿り着く。コウは川を発見すると、勢いよく跳躍して川を飛び越えた。



「どっせい!!」

「ぷるる~んっ!?」

「フゴォッ!?」



猪は川を飛び越えたコウを見て慌てて急停止すると、川の反対側に降り立ったコウは猪に振り返る。全身から汗を流しながらも猪を見つめると、猪は追いかける事を諦めたのか川を離れていく。



「フゴッ……」

「はあっ、はあっ……よし!!」

「ぷるるんっ……」



コウは猪が諦めて去っていくのを確認すると、その場で座り込んで背中に抱えていた籠を下ろす。籠の中から走り回って目を回したスラミンと大量の石が岸辺に転がり込み、それを見たコウは苦笑いを浮かべた。



「ははっ、初めて逃げ切れたな……今日は怪我をせずに済んだぞ」

「ぷるぷるっ……」



実は一か月ほど前からコウは森の中に暮らす猪を相手に逃げる練習を行い、背中に大量の石を抱えた状態で逃げ回っていた。目的は脚力を鍛える事と、今まで以上の体力を身に付け、ついでに観察眼を鍛える。


単純に逃げるだけでは猪に追いつかれるため、コウは逃げる時も周囲の状況を把握し、猪が通りにくい場所を選んで逃げ続けた。走っている最中も気を抜かず、猪が通り越せないぐらいの木々の隙間を抜けたり、足が引っかかりやすい場所を通る時も注意して進んだ。



「はあっ……よし、そろそろ行くか」

「ぷるんっ!?」

「もう休憩は十分だろ、ほら行くぞ」



少し休んだだけでコウは立ち上がり、彼の背中の籠に乗り続けたスラミンの方がまだ目が回っていた。半年前よりも体力の回復が早くなっており、更にコウは川の岸辺にある岩を見てある事を思いつく。



「……これぐらいの大きさならいけるか?」



岩の前にたったコウは拳を握りしめると、意識を集中させるように岩を見つめ、やがて力強く踏み込みながら拳を振りかざす。



「だぁあああっ!!」

「ぷるんっ!?」



気合の込めた声を上げてコウは岩を殴りつけると、轟音が森の中に鳴り響く。彼の殴りつけた岩は亀裂が発生し、それを見たスラミンは驚きの表情を浮かべる。一方で岩を殴りつけたコウは右手を軽く振りながら不満そうに岩を見つめる。



「まだまだか……けど、あともう少しの気がするんだけどな」

「ぷるぷるっ……」



岩石に亀裂が走る程の強烈な打撃力を身に付けたにも関わらず、コウはまだ納得していなかった――






――体を鍛える訓練を終えた後、コウは魔の山に戻って洞窟へ向かう。この時にコウはスラミンを先に洞窟へ向かわせた後、自分一人で山の中を通過する。



「ギギィッ……」

「ギィイッ……」

「…………」



洞窟へ向かう途中、コウは森の中でゴブリンの群れを発見した。最近は前よりも山で魔物を見かけるようになり、ゴブリンに気付かれないように木陰に身を隠しながら様子を伺う。


これまではスラミンの感知能力に頼ってきたが、今後の事を考えてコウは気配を察知する能力を身に付けようとした。最初の頃は上手くいかずに何度も魔物に見つかっては追い掛け回されていたが、最近では魔物の気配が何となく分かるようになった。



(数は5体……いや、奥の方にもっといるな)



コウの目で見える範囲には5匹のゴブリンしかいなかったが、奥側の方に気配を感じたコウは木陰からしばらく様子を伺う。彼の予想は的中し、奥の草むらから棍棒を持った3匹のゴブリンが姿を現わす。



「ギィイイッ!!」

「ギィアッ!!」

「ギギィッ!!」



どうやら別々の群れ同士が接触したらしく、新しく現れた3匹のゴブリン達は武器を振り回して5匹のゴブリンを牽制する。最初にコウが発見したゴブリンの群れの方が数が多いが、武器を身に付けている新手のゴブリン達の方が優位であり、慌てて逃げ出してしまう。


同じ種と言ってもそれぞれ縄張りを持っており、いくら同種であろうと縄張りを侵す存在は容赦はしないのは動物も魔物も同じだった。コウはゴブリンに気付かれない内に場所を移動し、この時に彼は臭いで勘付かれないように注意する。



(この森も大分物騒になってきたな……)



以前にもまして魔の山は魔物の数が増えており、この調子で増え続ければコウも気軽に山奥の洞窟へ向かえなくなるかもしれない。それでもコウは毎日山へ訪れ、強くなるための修行を行う。

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