第42話 夜の屋上2
さて。
屋上について、情報を整理することとしようか――昼間は、神原曰く霊気が何一つ存在しない空間だという評価を得ていた。ただし夜間になればそれが増幅されある程度の霊気を纏う可能性も零ではない――というコメント付きではあったけれど。
「屋上についての評価はどうだ? 少しは変わったか? 良い方向に変わってくれればそれで良いのだけれどね。幽霊のゆの字も出てこないのは、ちょっとばかりどうかと思うけれど……」
もしこれで霊気がない――などと言われたら、集団幻覚だったって結論づけられてしまう。
それはあんまり宜しくない。
神原も機嫌を損ねるだろうし――まあ、こいつ自身が導いた結論ではあるのだし、どちらかというと泣き寝入りしたくないだけ、なのかもしれないけれど。
「あるよ。……とびっきりの強いのを感じるね。昼間はこんなに感じることはなかったのに……というか、これだけ強い霊気だったら昼間でさえ押さえ込むのは困難だと思うけれどね? どうしていとも簡単に押さえ込むことが出来たのか――ちょっとばかし気合いを入れて潜入しないといけなかったかな?」
「そんなこと言われてももう遅いような気がするがな……。でもそこまで言うなら何処かに出現しているような、そんな気もするけれどな?」
「そんな曖昧な……。もっとはっきりとした評価は出来ないものかね? それとも、評価すること自体を諦めたか? それならそれで、そうとはっきり言えば良いのに」
「たーくん……、きみは僕ちゃんの力を借りたいのか貶したいのかどっちなんだい? 少しふらついているのも如何なものかと思うけれど」
「お前は少し理解が間違っている。だから訂正するけれど……、ぼくはあくまでも仲介役であることは忘れないように。お前の仕事を持ってきているんだ。様々な世界に住む依頼人に、お前の仕事内容を上手く伝えて、それから仕事を受注する――そこまでがぼくの仕事だ。何かを勘違いしているようだが……」
「――分かった、分かったよ。そうまどろっこしく言わなくても良いだろうよ。僕ちゃんだって何も物事を理解していない訳じゃないし、そうだったら探偵なんて仕事は勤まらない。そうだろう?」
そうかな?
ぼくから言わせれば、社会不適合者の類いだから、何とか探偵稼業をやることが出来ている――そんな風に思えてしまうけれど?
別に全国の探偵を馬鹿にするつもりは毛頭ない。探偵とは、自らの頭脳や推理力を使って様々な事件を解決するエキスパートだからだ。
「探偵という職業そのものを否定するつもりはないけれどね……。特にきみは、バベルプログラムでは類い希なる才能を発揮した――ぼくはそう聞いたことがあるけれど?」
「バベルプログラムを知ることを、放棄していたはずでは? いや、正確には触れないようにしていた――が正しいか」
間違ってはいない。
だから否定もしなければ肯定もしない――それがぼくのスタンスだからだ。
「才能を育てる……或いは一人の究極な存在を作り上げる。そうやってバベルプログラムは多くの才能を寄せ集めていた。或いは、科学的にその才能を生み出そうともしていた……。そうだったかな、確か」
「そうだっけ?」
過去は振り返らない主義でね。
「ともあれ、幽霊については……曖昧ではあるかな。確定ではない。正確に判断が付きづらい状況である――そうとしか言えないかな」
「もう少し具体的に言えないものかな?」
「勘弁して欲しいね。結局、幽霊を見るということはそう簡単に出来る話ではない。幽霊の出している波長にチューニングしなければならないし、時折それをしなくても見えている時には、症状の悪化が懸念されてしまう」
「症状?」
「そう。その症状というのが厄介で――」
ドン、と何かが落下する音が、ぼくと神原の会話を遮った。
「何だ――!」
ぼくは急いで音のした方へと走って行く。
屋上から何かが落下した――でも、何が? ずっとここにぼく達が居たというのに、誰かが入ってきたというのか?
そうして、落下しないように地面を見ると――そこには――。
「……何も、ない?」
「たーくんっ!」
刹那、ぼくの視界が闇に覆われた。
◇◇◇
闇に覆われてしまっては、上も下も右も左も分かりやしない。
けれども、不思議と地面の感覚は分かる。……まあ、ずっと地面に足を付けていたのだし、当然と言えば当然か。
「……ここは、一体……?」
ぼくは一体、どうしてしまったというのか。
最後に見えた闇――それは一体何なのか。
「おーい、神原! 聞こえるか! 聞こえるなら、返事をしてくれないかーっ!」
大声を出したところで、延々と声がこだまするだけで、反応はない。
「これってまさか、もう出られない……とか? いやいや……そんなことは流石に……」
考えたくない。
けれども、脱出出来る手段が何一つ思い浮かばない以上――最悪も考慮しなければならない。
「ねえ」
声がした。
振り返ると、そこには白いワンピースを着た少女が立っている。前髪が長く、顔を窺い知ることは出来ない。
しかしこんな空間に少女が居るのはあまりにも歪で――恐怖すら感じた。
「ねえ、聞こえている?」
少女から離れようと――目を背けようとしても、全く動くことが出来ない。
まるでぼくの周りの時間が停止してしまっているような――。
「ねえ」
そうして。
少女は顔を上げ――。
「アソビマショ?」
今まで、鈴を鳴らしたような声だったのに――テープを引き延ばしたような、そんな声がぼくに浴びせられるのだった。
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