第25話 古城

「殺人鬼はこの島にまだ居ますよ。……ええと、でもそれを確定するのが難しいというか、簡単に説明は出来ないと言いますか……」


 んん?

 どうしてそんな曖昧な発言をするのだろうか……、全く理解が出来ない。


「お嬢様。そう曖昧な話をしたとて、理解はしてもらえますまい」


 あ、執事もきちんと理解してくれていたらしい――だとしたら納得。

 いや、納得して良いのか、それ。


「……そうね。なかなか話すのも難しいことではあるのですけれど、ここはかつて古城であったのをリニューアルしたんですよ」

「古城を? まあ、言われてみれば古い造りであることは間違いないと思っていたが……」

「古城が……ええと、どれぐらい前の昔だったかしら。それはきちんと覚えていないのだけれど、ここにはそれなりに偉い人間が暮らしていたとも言われています」


 何でそんなふわふわとした答えなんだ。


「古城とは言うけれど、偉い人間というのは? 例えば古い王国の王家が暮らしていたとか?」


 瀬戸は言う。

 けれども、それは答えが分かり切っている質問だとも言えよう。

 だってこの国は王様とも言えるような一族が何千年も連綿と続いている、世界最古の国家とも言われているのだし。


「……いいえ、そういうことではありません。けれども、わたし達が暮らしているよりも遙か昔に生きていた、西洋かぶれの貴族が暮らしていたとも言われていますね」


 西洋かぶれ――って。

 実際、この国が西洋の文化を取り入れてからはまだ二百年にも満たない訳だし、その頃に建てられたとするならば、確かに西洋かぶれの一言が似合うのかもしれない。


「その西洋かぶれの貴族とやらがここに住んでいた……と。ならば、歴史的価値もありそうなものだが?」


 次は精神科医からの質問だ。


「歴史的価値ですか……、あるんじゃないですかねえ、多分。わたしはあんまり調べたことはないですけれど。ねえ?」

「そうですな。一応、歴史的価値はあるそうですな。人が住んでいるために世界遺産に指定されないと言っておりましたが」


 いや、簡単に言っているけれどそれは凄いのでは? ただ、世界遺産に認定されると簡単に修理とか増築が出来なくなってしまうとか言っていたし、案外それも有りなのかもしれない。

 世界遺産になり損ねた、というのもそれはそれで知名度アップに一役買っていそうな木はするけれど、観光地ならそれで正解かもしれないけれど、個人の邸宅じゃそうもいかないだろうな……。実際、国を買えるぐらいの大財閥であると、一般常識が抜け落ちてしまっているのかもしれないし、逆にそれを楽しんでいるのかもしれない。それはそれで感性を疑いつつあるけれど、最早驚かなくなったというのも、ちょっと麻痺し始めているのかもしれないな。


「世界遺産? というのはわたし詳しくないのですよ。だって、見ることは出来ませんからね、実物を」

「……どういうことだ?」

「一斤染家というのは、名誉でもあり縛りでもある――ということですよ」

「たーくん、ちょっとばかしは名家の事情ってものを理解しておくべきだと思うぜ。名家というのはな……、簡単には出歩けねーもんなんだよ」

「どういうことだ、秋山?」

「一言で言っちまうのがなかなか難しーことではあるんだけれどさ、それでもなるべく解釈を簡単にするようにしていったとするならば……、一斤染家を狙う存在は世界に数多と居る、ということなんだよな。それは財力や地位、それを付け狙うということでもあるんだけれど、つまりは一斤染家に悪い影響を与えてやろうという存在も居るってことでもあるんだよな」

「悪い影響?」

「つまり、一斤染の家柄を落としてやろう、それに取って代わろうという存在も居る――ってことだよ。それがどれぐらい居るかは、想像も出来ないぐらいにね」

「ええ、そうですな。ですからこそ、我々は一斤染の家柄を守り抜いている、ということでもあります」


 執事は言う。


「一斤染家は当主を作った後は、数多の分家が出来上がる。……では、その分家はどうなるのか? 一斤染の家柄を使えたとしても、所詮は分家。本家と比べての地位としてはかなり下がります。しかしながら、それでも狙われる家柄であることには変わりありません。しかしながら、分家の価値というのは本家を立てること……これに尽きます」


 つまり?


「……まさか、隣に立っている執事さんは、一斤染の分家ということか? 噂には聞いたことがあるが、一斤染の本家を立てるために分家が力を合わせて執事やメイドなどの給仕に専念することもある……と。まさかそれが?」

「ええ、その通りですよ。一斤染の分家はこれまでに百を数えると言われています。その中で給仕として本家に仕えているのは半数ほど……。わたしもまた、その一人です」


 そうだったのか。

 一斤染の家系にそんなことがあったとは、聞いたことがなかった。というか、もしかしたら飼い殺しという意味合いもあるのだろうか? 本家になれなかった恨みを晴らすために、分家が反逆するケースも十分に考えられそうなものなのに、それが起きたことはない――ということなのだろうか。それとも、起きてはいてもそれもまた本家を作り上げるためには当然のことだとでもいうのだろうか。


「……一斤染の家系については、今語ることでもなかろう。問題は、シュレーディンガーの猫についてだ。ええと、何処まで聞いたかな?」

「確か、ここが古城だっていうところじゃなかったっけ?」


 精神科医の問いに、ぼくは答える。

 記憶力は悪い方だけれど、流石にこれは答えられるかな。


「ああ、そうでしたね。その話ですけれど……、殺人鬼を見つけた我々はどうにかして排除することを考えました。けれども、この島から排除したとて別の場所で殺戮を行う可能性も零ではありません。ですから、我々は次のプランを考えました」

「次のプラン?」

「そう。それは……殺人鬼を、この世から追放する――ということです」

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