第18話 屋敷の入り口

 馬鹿みたいに広大な屋敷が、島の大半を覆い尽くしていた――覆い尽くしていた、というのは少しばかり言い過ぎなことなのかもしれないけれど、ともあれ無人島である以上、管理者が自分自身である以上、それをどう使おうが本人の勝手、ということでもあるのだろう。


「……ここが、一斤染家の別荘……」


 正直、別荘というのも桁が違い過ぎる気がしたけれど、大財閥の考える普通は我々一般庶民のそれとは大きく乖離しているのだろう。かといってそれを是正してもらうつもりはないし。


「別荘というには大きい――そう思っているようだけれど、一斤染家の規模はこれで序の口だからね」

「秋山。お前は一斤染家の何を知っているんだ……?」


 神原が思わずツッコミキャラになってしまうぐらいには、秋山の考えは理解出来なかった。

 それにしても探偵というのは変わり者だらけである――それについて今更蒸し返すつもりはないのだけれど、こうも一般常識が通用しない人間だらけだと、振り回される一般人からしてみれば悪夢でしかない。

 かといって、一般人に合わせたレベルにするとなると、今度は探偵の存在意義が失われてしまうのだから、やっぱりちょうど良いバランスというのはなかなか出来ないのかもしれない。

 屋敷の玄関、その前には老齢の男性が背筋を伸ばして立っていた。


「ようこそ、お出で下さいました。招待状は?」

「招待状? ……ああ、これのことか」


 男性の言葉に従うように、秋山と神原は招待状を提示する。

 ……今思ったけれど、招待状がない人間は中に入れないなんてことはないよね? 同伴有りだよね?


「秋山夜音様、神原語様。ようこそ、唐紅島へ。……お連れの方、ということですかな?」

「ああ、そうだ。助手――って立ち位置になるのかな。多分」


 多分って何だよ。ちゃんと確定してくれよ、困っているじゃないかよ執事が――だと思うけれど、違う可能性も零じゃないかな。さっきの話が正しければ、給仕がボディーガードの役割も担っているってことだったし。


「お名前を教えていただけますかな。いや、何。個人情報を話したくないのであれば言わなくても問題はありません。我々がどういう人間が来ているかをきちんと把握しておく必要がある、という訳でございます。招待状を出している方々は把握しておりますが――」


 ――それ以外の人間については、何処の馬の骨か分からないから正直入れたくない、ってことだろう。

 オブラートに包んだところで、言いたいことは丸わかりだ。


「おやおや、名前を言いたくない、ということですかな。それは別に問題はないのですが――」

「いや、言いたくないって訳じゃないよ。けれども、ちょっと変わった名前でね。大抵は誰も覚えてくれなくて渾名で呼んでくるのだけれど。本名を覚えている人間が悉く死んでしまったとか、そんな曰く付きなネーミングではないことは確かだよ」


 ということで、名前を言った。

 言ったところで減る物ではない――けれども、さっきの説明は案外間違いでもなかったりする。ぼくの本名を知っている知り合いは数少ないし、知っている知り合いの殆どが何処か遠くに行ってしまっていて、なかなか会う機会がない。

 家族も、もうすっかり会っていない妹が一人居るぐらいだし。

 神原や樋口は数少ないそれに該当する人間ではあるのかな――樋口は、案外忘れたとか平気で言い出しそうだけれど。


「ほうほう。変わった名前であることは間違いありませんな……。変換も一発では出来ないようですし」


 名前の入力はまさかのタブレットだった。

 いや、ここ携帯の電波繋がらないはずだよね?


「これはローカル環境でしか動かないようになっているのですよ。何故ならここから持ち出すことはありませんからな。……ああ、電話は衛星電話しか繋がりませんからな。そこだけは留意しておいていただけると」

「ああ、そうだろうと思っていたよ……」

「何だ、神原。まさかこの絶海の孤島でスマートフォンが平気で使えると思っていたんじゃあるまいね? だとしたら、それはちょっと間違いだと思うけれどな……」

「そこまでは思っていないけれどね……。ただ、使えたら暇潰しには最適かな、と思ったぐらいだよ」


 こんな絶海の孤島で暇潰しのことを考えるというのは、いかにも神原らしいことではある。来たことのない場所に来たのなら、先ずは探索して時間を潰すものとばかり思っていたけれど、神原からしてみればそれはまだ決まった話ではなくて、案外自分がわざわざ巡る価値すらないとすれば、その意味すらなくなってしまうから、自分が暇を潰す術を用意しておかねばならない――ということだろう。

 至ってシンプルであり、至って合理的な判断だ。けれども、それを肯定するつもりは毛頭ないけれどね。


「暇潰し……って、あんた相変わらず面白い考えをするものだね。こんなところで普通一人でスマートフォンで時間を潰そうと思う?」


 そういう考えに至るのが探偵とばかり思っていたけれど。

 つまり、世間一般の考えとはあえて逆を行くスタイルを貫いているってことだ。


「――探偵全員がこういう存在だと思ってもらっちゃあ困るんだよな。探偵が全員世間知らずという話になってしまうだろう、たーくん」


 え、違うの?


「違うだろうが。探偵だって社会を精一杯生きていることを忘れてもらっては困るよ。探偵はね……、そりゃあ変わり者だらけだろうよ。私が言うのもどうかと思うけれど。けれども、そういう存在だからこそ事件を解決するための思考が発達しているのだろうし、変なところに着目しがちで、それが案外事件の解決へ新たな糸口となっているのだから、面白いものではあるけれどね」

「つまり、変わり者であることを肯定している、と?」


 やっぱり、変わっているな。

 秋山という女性、だけではない。

 探偵という存在、そのものが――だ。


「……話は纏まりました、かな?」


 そういえばこの話はずっと玄関で繰り広げられていたんだった――執事はずっと待っていてくれた。何処かで会話をぶち壊した発言をしていてもおかしくはなさそうなのに、やはり人を支える立ち位置に居る執事だからかもしれないし、まさか話の区切りとなるタイミングまで待ってくれるとは、全く思いもしなかった。こっちとしてみれば、有難い話ではあるのだけれど。

「纏まった――とは言い難いけれど、問題はないよ。これからどうするつもりかな?」

「招待客を、食堂へとご案内する――これが、私に課せられた仕事の一つでもあります」


 先ずはご主人様を紹介する、といったことかな? それならそれでそうと言って欲しいところではあるけれど、回りくどい物言いもあまり悪くないから良いか。

 そういうことで――ぼく達はようやく執事に案内されて、館の中へと入っていくのだった。

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