第13話 一斤染財閥
「入ってきているのなら問題はないのだけれどね……。こっちだって仕事を斡旋した訳だし、もし依頼料が全く入ってきていなかったら困っていたところだ」
一応、踏み倒した客は居なかった訳じゃない。だから、ぼくとしてもそこについては警戒していた訳だけれど、踏み倒した客のその後については、一貫してバッドエンドだらけだったから、きちんと払ってくれたことについては、寧ろ有難いことではあった。バッドエンドについてぼく達が関与していたか、ということについてはノーコメントとしておこう。
ともあれ、きちんと依頼料を払ってくれたのなら、それでオーケイだ。何ら問題ないし、それで一つの依頼が幕を下ろした。
「……じゃあ、こちらにお金はいつ払ってくれるのかな?」
斡旋をしたことによる、手数料とでも言えば良いだろうか――ピンハネとまではいかないけれど、神原が希望した金額とこちらがそれを許可すれば、その金額を支払うこととしている。
これは契約で決まった訳ではなく、どちらかというと口約束になってしまうのだけれど、今のところそれは守られている。
だからこそ、ぼくも心霊探偵のサポートが出来るのだけれどね。
「……あー、それのことか。それなら、ちょっとだけ待ってくれないか。払わない、という訳ではないのだけれど」
「うん? 別に払ってくれるのなら構わないけれど……、珍しいな。何かあったのか?」
「ちょっと手紙が来ていてね……。まあ、良いか。きみになら別に見せたところで問題はないだろうし、それに、どうせワトソン役は必要だろうしね」
何時からぼくはワトソン役になったのか――そんな話は置いておくこととして、話を聞いておいた方が良さそうだ。
「……
「ええと、確か――」
一斤染財閥は、この国でその名前を知らない者は居ないぐらい有名な存在だ。ファーストフードチェーンから高級時計店まで、様々な業種を手がけている。その売上高は年間五十兆円にも及ぶとも言われている。
その一斤染財閥が、何か?
「実はそこの当主とは腐れ縁でねえ、僕ちゃんも定期的に連絡を取っているぐらいなのだけれど、この手紙はその当主からなんだよ」
「当主……」
それも、年間売上高五十兆円を誇る大財閥の?
「この国のGDPの一割ぐらいは儲けているだろうからねえ……。そりゃあ、驚くのも無理はなかろう。しかし、そんな当主ですら、人の親であることには変わりないんだよな」
人の親?
「一斤染財閥は、慈善事業として数多くの無人島を購入している。その大量の無人島はリゾート開発をしている訳だけれど……、幾つかのお気に入りはそれをしてもなお自らの所有物として、他人を受け入れないようにしている。そのうちの一つが、通称
「唐紅島――」
「秋にもなると、紅葉が素晴らしく綺麗に咲くようだよ? だからそういったネーミングがされているらしいのだけれど……、話はこれからだ。その唐紅島は何になっているかというと、別荘だ。島一つを貸し切った、一斤染家の別荘と化しているんだよ」
「流石は大財閥の当主一族ともなれば、やることも規模が大きいな……」
「一斤染家には、三人の当主候補が居る。現状当主となっている一斤染舞夏の子供である三人だ。それぞれ長兄から、春彦、弘秋、冬華の三人……。元来ならば長兄である春彦がその座を引き継ぐこととなるのだろうが、しかし紅一点たる妹の冬華にも一応当主候補としての資格が存在する」
「確かに言いたいことは分かるが……、けれども、女性が引き継ぐとなるとやはり婿入りになるのか?」
「当主という存在がどうやって決まるのかは、僕ちゃんにも分からないのだけれどね……。特に、妹の冬華って奴はかなり曲者らしくてね。そのせいか、孤島にもなる唐紅島の別荘に左遷させられた――どういう事情でそうなったのかは知らないけれど」
「でも、さっき言っていた名前からすると、以下の当主は女性だってことだろう。つまり、女性が当主になったところで――」
「――ああ、その通りだよ。女性になろうが男性になろうが、その当主と結ばれる相手は外からやってくる。それに、決まりがあって、一斤染家の本家に生まれる人間は一度に四人までと決まっている。何故なら、名前にはそれぞれ四季の一つが付けられるからだ。本家でなくなれば、その縛りはなくなるらしいけれど」
「で、その島にご招待された……と?」
「分かっているようで何より。……そうだよ、その通りだ。当主とは腐れ縁でねえ、そう言われちゃあ従うしかないんだよな。それも理由としては、毎回面倒臭いことなんだけれどね」
「理由?」
「そうだよ。つまりは、愚妹のご機嫌を取れ――だとさ。僕ちゃんも会ったことはないのだけれど、一斤染家は曲者揃いだからねえ……。仕方ないっちゃあ仕方ないのだけれどね。だけれど、長年の付き合いだ。致し方ない……それに、かなり良い報酬も約束されている」
「報酬、ねえ。どれぐらい?」
予想出来ない金額であることは間違いないけれど。
「多分家が一軒建つぐらいかなあ」
予想以上じゃねえかよ。
「じゃあ、ぼくが持ってきた依頼はなくなるかなあ……」
「予定がずらせるならそうして欲しいねえ。何せ、あと三日後にはそこに向かうからさ。……一緒に来てくれるかな? たーくん」
いきなり過ぎないか、幾ら何でも。
「三日後……か」
スマートフォンを起動させて、カレンダーアプリを開く。
何度見たって、白紙だらけのスケジュールだ。
「――良いよ、別に。スケジュールは問題ないし」
「たーくんのスケジュールは最初から白紙だろう? だから別に何を入れたって問題はないと思っていたけれど」
「酷い言い草だなあ……、否定はしないけれど」
否定したくたって、材料がないからな。
「では、そっちのスケジュールは変えておいてもらえるかな? 取り敢えず、よろしく頼むよ。目的地は何処だ、って話をしたっけ?」
唐紅島だろう。それがどうかしたか?
「唐紅島に向かうには、船に乗るか飛行機を貸し切るか――いずれにせよ、そう簡単に行けるもんでもないんだよね。だから、僕ちゃんは飛行機を貸し切った。当然、たーくんの分も既に用意しておいたし。問題ないよね? たーくんも連れてくるように言ってあるし」
「そういうことか……。分かったよ、それなら致し方ない」
もう片方の依頼については、取り敢えずキャンセルもしくはリスケの連絡をしておくこととしよう。いずれにせよ、神原が仕事をすることは間違いないし、列に並んでもらうしかない。無論、優先順位は最高位で。
「では、追々は連絡するけれど、笠川空港に三日後の朝十時に来てくれるかな?」
笠川空港、ね。
笠川市近郊にある地方空港だ――本当の所在地は舞崎町に設置されている訳だが、しかしながら笠川の方が地名としては有名でもあるから、致し方なくその名前が付けられている。東京ドイツ村が千葉にあるのと同じ理屈だ、多分。
そういう訳で、ぼくは一路唐紅島へと向かう――その準備をするために、探偵事務所を後にするのだった。
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