第四十七話 おみ通しのサフィーア・サルビア
カタカタと音を立てて揺れる馬車。
本や服、お菓子や食料などがぎっしり詰まれた荷車の、小さく空いたスペースに、私とトラファムは向かい合うように身をかがめて座っている。
ライハスさんの頼みで魔法学園に向かうことになった私たちは、その途中で、ちょうど学園へ荷物を運ぶ予定の馬車と鉢合わせ、運よく乗せてもらえることになった。
「でも運がよかった、乗せてもらえて。歩いて行けない距離じゃないって話は聞いたけど、この本を持って歩くのはさすがにしんどいから……」
「ライハスさんのところに預けてくればよかったのではないですか? 帰るときに受け取ればいいですし」
「なんでそれ、家を出る前に言ってくれないかなぁ、トラファム……」
トラファムの指摘に対してそう愚痴をこぼすと、「すみません……」と小声でばつの悪そうに謝った。
私たちはライハスさんの家に寄ったあと、まだ日も高いうちだったため、そのまま学園を目指すことになった。
学園は街を出て徒歩でだいたい一時間と少しの場所にあるらしく、馬車に途中で乗った時間も含めて考えると、そろそろ着く頃合いである。
(でも、入学前に学園に来ることになるなんてなぁ)
少し予想外の展開に、向かうと決まったときは複雑な気持ちだったが、今は少しドキドキしている。
まさか村でぼけーっと過ごしていたような私が、学び舎に通えるとはまったく思っていなかったのだから。
なにより、それが魔法使いになるという夢に近づくための一歩だから。
そう、母のような魔法使いに。
「うっ、痛っ」
そう考えた瞬間、ふいに頭が痛んだ。
咄嗟に片手で頭を押さえ、顔を伏せる。
「大丈夫ですか、エーナさん?」
「うん、大丈夫。少し考え事してたら、揺れで寄りかかってた壁に頭をぶつけたみたいで」
「そう……ですか。大丈夫ならいいのですが」
咄嗟にごまかしてしまった。
まあ、最近、謎の頭痛が時折起きるようになってしまったというのは、心配もかけてしまうし、あまり周りに知られたくはない。
今のは軽いものだったが、ひどいときは激しく痛むため、やはりちゃんと医者に診てもらうべきかもしれない……。
「おーい、学園が見えてきたぞー!」
馬車の御者が前方から声をかけてきた。
私はその声に反応して顔を上げると、荷車の帆の隙間から差し込む日差しの向こうに、それは見えた。
「……あれが……」
そこには、まるで石造りの城砦のような巨大な建物が構えていた。
雨風に晒され、時の流れを感じさせるものの、高くそびえる外壁は厚く、重厚感がある。
それでいて、建物の輪郭や配置にはどこか歪さがあり、ただの要塞ではないことがすぐに分かった。
「あれが……魔法学園……?」
「はい、あれがこの国で最も格式の高い、最古の魔法学園――ザマンティードです」
私が驚いているうちに、馬車は学園の門の前まで辿り着いた。
荷物は別の場所へ運び込むらしく、お礼を言って、トラファムと共に馬車を降りた。
そして改めて、その大きさにたじろいでしまう。
今まで見た建物の中で一番大きいのではないだろうか。王都で遠くから見えた城と同じか、それ以上かもしれない。
「ほんと、大きいわね」
「大きいですよね。話によるとこの建物は、大昔“英雄”と呼ばれた魔法使いたちが使っていた砦を、長い年月をかけて改装していったものらしいです」
「英雄って、よく耳にする“十二英雄”?」
「いえ、そこまでは私も分かりません。アピロさんが軽く説明してくれただけなので」
「そっか。でも、たぶん“英雄”ってことは、その人たちが使ってた建物なのかもね」
魔法学園――さすがに歴史が深い。
「で、私たち、ここで降りたのはいいけど……どうやって中に入るの?」
「そうですね。とりあえずノックしてみましょうか」
「え?」
トラファムは大きな扉の前に歩いていくと、それをノックした。
「いや、さすがにそんな軽いノックで、中にいる人が気づくわけ……」
と言いかけたそのときだった。
ぎぃぃ、という大きな軋む音とともに、扉の片側がゆっくりと開き始めた。
そして、人が通れる程度の隙間ができたところで、扉の動きは止まった。
「どうやら、中に入ってもいいみたいです」
「えっ、今勝手に開いたのって、そういうこと……?」
これも魔法で動いているのだろうか。
驚く私の前を、トラファムは何事もない様子で進んでいく。
その後を追いかけるようにして、私も中へ入った。
隙間から中に入ると、後ろでまた軋む音がして、振り返ればゆっくりと扉が閉まっていった。やはり魔法で開閉しているらしい。
「はーい、二人ともそこでストップ!」
突然、前方から私たちを呼び止める声が聞こえた。
慌てて前を見ると、そこには一人の女性が立っていた。
深い青色のとんがり帽子にローブ、髪の色は綺麗な銀髪で、作り物のような幼さの中に凛とした美しさを秘める美貌。見たところ、年は私より少し上だろうか。
あれ、ついさっきも同じような印象を覚えたばかりのような……。
「ここから先は部外者立ち入り禁止です。おとなしく回れ右して出て行ってください」
彼女は、先へ進まないようにという意思を示すためか、指を交差させてバツ印を作りながらそう言った。
「あ、えっと、私たち、この学園にいるとある生徒宛ての手紙を持って……」
「お久しぶりです、サフィ。一年ぶりくらいですかね」
理由を説明しようとする私をよそに、トラファムは目の前の女性にそう声をかけた。
「もー、せっかくこの子をドッキリさせようとしたのに。もう少し黙ってなさいよ」
「え、ドッキリ?」
サフィと呼ばれた女性は「がっかりだわ」と言いながら、やれやれといったポーズをとる。
「中に入れたあとで『出て行ってください』なんて、変な話じゃないですか? そんなウソ、すぐにわかりますよ」
「そうかなぁ。エーナちゃんは分かってなさそうだったけどなぁ」
どうやらトラファムとは知り合いだったようだ。私はその会話の内容から、追い出されそうになったわけではないとわかって、少し安堵した。
あれ、でも……。
「今、私のこと『エーナ』って呼びましたか?」
「ん、そうだけど。だってあなた、エーナ・ラヴァトーラでしょ?」
「私、まだ名乗ってないのに……どうして?」
「どうして知ってるのかって? だってあなた、指輪を持ってるでしょ。それくらい、すぐに分かるわよ」
「え、指輪?」
「そうよ。学園に入学する証のね」
彼女はそう言いながら、私の胸元を指さした。
そこには、入学するまで無くさないようにとネックレスとして首にかけていた指輪があった。
「その指輪を身に着けた生徒の名前も、居場所も、秘め事も。この学園内にいる限り、ぜーんぶ私には丸わかりなんだから」
ふん、と胸を張るサフィ。
「まあ、トラファムがネタばらししちゃったし。自己紹介しましょうか。私はサフィーア・サルビア。呼ぶときはサフィでいいわよ。よろしくね」
「私はエーナ・ラヴァトーラ……って、もう名前知ってるんだっけ」
「まあまあ、知ってるけど、名乗ってくれてうれしいわよ。よろしくね、エーナ」
にこにこと、かわいらしい笑みを浮かべるサフィ。
本当に、容姿を見ているととても綺麗で、どこか不思議な印象を受ける女性だ。
「それで、改めて聞くけど、今日はどういった要件で来たの? 入学にはまだ早いわよ?」
「そうだ、あの、私たち、この学園にいるとある生徒宛ての手紙を持ってきたんですけど……」
「手紙? その生徒って誰かしら?」
「ライハス・ルシュフルさんの姪の方です。ご存じですか?」
「ああ、もちろん知ってるわよ! 今は……どうやら校長室のほうにいるみたいね」
「そんな、すぐに居場所までわかっちゃうんですか?」
思った疑問が、そのまま口から出てしまう。
わずかに目を瞑っただけで、サフィはその生徒が今どこにいるのか、正確に把握してしまったようだった。
「当たり前じゃない。この学園にいる限り、私にはすべて丸わかり……ああ、そっか。エーナちゃん、まだ私が何なのかわかってないのね」
何がわかっていない?
何を、わかっていないというのだろうか。
「ごめんなさい。もう一回、ちゃんと自己紹介するわね。
私の名前はサフィーア・サルビア――この学園の管理者にして、学園を守護する《大精霊》よ」
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