第四十三話 密会

薄暗い、灰色の世界。

空は黒と灰色で本来であれば空に昇る日も月も見えない。

けれど目の前は暗くない。なんの光も差し込んでいないはずなのに、明かりがなくともある程度の視界は確保できる。それはこの世界が滅びた時の光をそのまま保っているからなのか……、いまだその理由を魔法使い達は知らない。

そんな世界はコツコツと、乾いた音を立てて歩く。

元々建物が崩れた後が多く、瓦礫の多い場所ではあるがこの辺りは特にそれが多く感じる。おそらく大きな街や都市だったのだろう、歩いていると瓦礫の少ない大きな通りだったと思われる場所についた。

けれど、人の気配は全くしない。

当たり前の話だ、ここは滅びた世界。人の気配なんてあるはずがない。

けれど……


「久しぶりだなアピロ」


そう声をかけてくる、人影が大通りを歩いてこちらへ向かってきた。

仕立ての良い黒いトラウザーを履きコートを羽織り、そして白いチュニックを着た老人。

髪は真っ白、顔には皺が刻まれそれなりの年を重ねた事が伺える。

だが、その足取りはしっかりとしており右目にモノクルをしたその瞳は老人とは思えないほど生き生きとしていた。


「おひさしぶり、ヴィール。元気そうね」

「まあな。とは言え、重い荷物を持たせて老人をこんな場所まで呼び出すものじゃない。久々に遠出したせいで腰も痛いし足が棒になりそうだ」


手に持っていた大きな茶色の木製鞄を目の前に差し出しながらヴェールと呼ばれた老人は文句を言う。


「仕方がないじゃない。あなたなかなか外に出てこないんだもの。

むしろこっちに態々足を運んであげてるんだから感謝してほしいわね」

「おいおいお前、それが人に物を頼んだ者の態度か。相も変わらずだな」


やれやれと芝居がかった素振りで腰に手を当てて大きなため息を付くヴィール。

とはいえ実際には仕方のない事だ。

何せこの辺境な世界からまったく出てこない、いや出てくることがあまりできない人物のため彼に会うためには基本的にこちらから赴くしかない。

ただ、場所に関しては私から近く、彼からはそれなりに遠い場所を選んだが。


「お前さんの注文していた物だがな、一応一通り余剰に集まった分も含めてこの中に閉まってある。ほれ、鞄事持って帰っていいから、一応中身は確認しておけ」


差し出された木製の大きな鞄を受け取り私は近くにあったそれなりに平たい石の上に置くとパチンと鍵を開けその中身を確認する。

中身は小さな瓶で小分けされた色のついた砂、木の根ような物、布でくるまれた赤黒い石、小さな小箱に収められた宝石など、どれも自分が彼に収集をお願いしていた材料である。


「確かに揃ってる、ありがとうヴィール。お礼はまた今度」

「どういたしまして。そうだな、礼なら今度表のうまい茶菓子でも持ってきてくれ。

茶については時折アルバートの奴が持ってきてくれるが茶請けがなくてな、口が寂しい」

「あら、それなら表に出て買いに来たらどう。少しの間ならここを離れてもいいんじゃない?」

「なら表に言ってる間、お前さんが見張りをしてくれるのか?」

「別にかまわないわよ。私が暇な時であれば」

「……お前さんが暇な時なんてないだろうに。まあ表に出たいときはアルバートあたりにでも頼むさ。それよりもお前さん、あの娘達は放っておいていいのか。ここに来る途中で慌てふためている二人組がおったぞ。片方は知らない顔だったが、もう片方は……」

「ご推測の通り。あの子がそうよ」

「そうか、あの子が……。記憶にはないが、なるほど懐かしい感じがしたわけだ」

「ええ、本当に。懐かしさが溢れてくるわ。思い出なんてこれっぽっちも覚えてないのに……、不思議よね」


あの子、エーナを見ていると懐かしさがこみ上げる。

長い間一緒に衣食住を共にし、夢を語りあった友のような。

そんな時間あの娘と過ごしたわけでもないのに。


「あれが事実だとしてあの娘が今生きている。ならばもうそれはまさに奇跡だ」

「ええ、違いないわ。実際奇跡の産物なのよあの娘は。ただ時折過去の事を思い出そうとして錯乱状態になってしまうからそこは少し気を付けてみていかないといけないかしらね。もう少し成長して精神が安定してくればそういう事もなくなるのかもしれないけど」

「そうだな、まあ様子を見ていくしかあるまい。今私達にできるのはそれくらいだ。あの娘が無事に育ち一生を終える、それが私達にできる唯一の懺悔、いや礼だろう」

「……そうね、真実は時が来れば伝えましょう。今はまだまだ子供なのだから」


そう、今は見守るしかない。やっとある程度の平穏を手に入れたこの世界で。

これからの行く末を。

そうだ、ヴィールに確認しておくことがもう一つあった。


「ところで、一応聞いておくのだけど依然として様子は変わりなし?」

「ん、穴の事か?」

「ええ」

「ああ、今のところこれといった変化はない。蓋は閉じたまま、破られるような気配もなく問題は無しだ。念のため数十年ごとに封印術式の掛け直しはしといた方がいいだろうが、まだまだ先の話だ」

「ならいいわ、とりあえず今のところ私達がすぐに動く事はなさそうね。とりあえずそろそろあの娘達の所へ戻ろうかしら。一応ここら一帯の影は駆除してあるけど生者に惹かれていずれは沸いてくるだろうし」

「そうだな。本当の迷子になる前に早く迎えにいってやれ、私も持ち場へ戻るよ。じゃあ、達者でな」

「ええ、そちらもお元気で」


あっさりとした会話でお互い別の方向へと踵を返し歩み始める。

別に仲が悪いわけでもないが、お互い別れを惜しむ性格でもない。

とにもかくにもこれで必要な材料はそろった。

これだけあれば、アレも完成させる事ができるだろう。

入学祝いとしてちょうどいいだろうし、それまでに間に合えばいいのだけれど。

これを渡したときのあの娘の反応を予想して、少し笑みがこぼれる。


「ふふ、親代わりというわけでないけれど……あなたもこんな気持ちだったのかしらね……エイナ」


そんな独り言をつぶやいて私は二人の元へと向かうのだった。

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