第六話 手紙
気づけば私は黄昏時の小道を歩いていた。
辺り一面夕日によってオレンジ色一色に染められてその道を私はゆっくりと歩いている。
そんな中、右手から伝わってくる温かさに気づいて、私はふと横を振り向いた。
そこに立っていたのは一人の女の人だった。
私の手を握り、私と同じ歩みで歩く、私と同じブロンドの髪の色をした女の人。
ああ、そうだ。
この見慣れた道は、村近くの湖から家への帰り道だ。
昔はよくこの道を歩いていた。
アメリーやウル、村の友達と遊びに行くときやピクニックに行くときはいつもこの道を右往左往していた。
そんな懐かしい道だ。
そして今、私はそんな道を、家へと向かうため、隣いる誰かと一緒に歩いている。
何故だろう、私はこの人を知っている気がする。
私と同じ髪色のとても懐かしい感じのするこの人を私は知っているはずなのに。
「あなた、だれ?」
思わずそんな言葉が口から出てしまう。
それと同時に、女の人の歩みが止まる。
握っていた手はそのままでに、いや先程よりも少し強く私の手を握りながら、問いかけられた女の人はこちらを振り向いた。
私の瞳に、その顔が映りこむ。
はずだった。
けれどそこにあったのは、顔ではなく、黒いモザイクのかかったような歪な何かだった。
黒い線が蠢き、灰色の線がうねる、到底人とは思えない何か。
けれど私にはわかる、この顔が、私に何を伝えようとしているのかを。
だってその顔は歪ながらも私に向かって、優しく微笑んでいたのだから。
はっと目を開けると、そこは見たことのない天井だった。
辺りには先ほどとは打って変わり一面薄暗く、静寂に包まれている。
横になっていた私は体を起こして当たりを再度確認するが、身に覚えのない棚や鏡、カーテンと、ここがどこなのか全く把握できない。
何より今私が寝ていたベットだってそうだ。
先程まで確か私はアメリーやウル達とお茶をしていたはずなのに。
そうやって今までの事を思い返そうとした時だった。
部屋の扉が開き、黄色いランプの光が薄暗い部屋をわずかに照らしながら一人の見知った友人が姿を現した。
「がさごそ音がすると思ったけど、やっと起きたみたいね」
そこに立っていたのは、コップを片手に持ちドアノブを握ったアメリーであった。
「アメ……リー?あれ、なんで私こんな所にいるの?というかここはどこ……」
「ここは私の寝室よ。客間で急に具合が悪くなってソファーに寝込んだあなたを私がここまで運んだの」
「そうだったんだ。そういえば確かにアメリーと確かもう一人の誰かとお茶をしてて急に気分が悪くなったような……」
「誰かじゃなくてアルバートさんね。急に寝込んでうなされ始めるんだから二人してびっくりしたわよ」
「いや、その、ごめんなさい」
「謝る事じゃないの。まったくもう、本当に心配したんだから。一応寝てる間に軽く診て見たけど熱もなかったし、たぶん例の件からくる精神的な疲れが原因だとはおもうけど、お父様が帰ってきたらきちんと診てもらいなさいね」
アメリーはそう言いながら澄んだ水の入ったコップ私の前に差し出す。
飲め、という事なのだろう。私はそのコップを受け取り両手で持って口をつけた。
寝ている間に思った以上に汗をかいていたのだろうか。
水が美味しいと感じたのは久しぶりの感覚だった。
そのせいか軽く一口分飲むつもりが、口元から話したコップをみると満たしていたはずの水が空になっていた。
「ありがとうアメリー。お水美味しかった」
「どういたしまして。それでどう気分はどう?どこか具合が悪いところとかない?」
「うん、気分が悪いとかそういうのはないかな。痛いところもないし、大丈夫みたい」
「ならいいけど。まあこんな外が暗くなるくらいぐっすり寝てれば体調もよくなるか」
「え?暗く?」
「そうよ、カーテンあけて覗いてごらんなさい」
私はそう聞いて思わずベッド横のカーテンを開く。
アメリーの家を訪ねたときは穏やかな日差しに包まれていたはずの家の外はすっかり夜の帳に包まれており、天を仰げば月と星が眩く輝いてる。
「私、そんな長い間寝てたの……」
「そんな長い間ぐっすりと寝てましたよ。さっきも言ったけど色々あって疲れがたまってたんじゃないの、昨日だってちゃんと寝れた?」
「確かに昨日の夜はぐっすりは眠れなかったけど、まさか寝てる間に一日がほぼ終わってるなんて……」
「まあ無理して体調を崩すくらいならこれくらい寝て元気になってもらったほうが私としては安心だけどね」
「でもこんな寝た後じゃ夜はまた寝付けないよアメリー!?」
「夕食たべてお風呂に入っちゃえばまたいい感じに眠気がくるわよ。
ところでエーナ、村の中とはいえもうこんな時間だし、今日はうちに泊まっていきなさい」
「え、そんなの悪いよ。看病までしてもらってまだお世話になるなんて」
「遠慮しなくていいわよ。また体調悪くなって一人の時に倒れられちゃたほうが困るんだから」
「でも」
「でもじゃないの。いいからおとなしく寝てなさい、簡単なものだけど食べる物持ってきてあげるから」
アメリーはベッドから起き上がろうとする私を制するようにてをかざした。
確かに、このままこの家にいた方がまた私にまた何かあった時の事を考えると安全だ。
けれど、それではせっかく村に帰ってきている彼女の負担になってしまう。
「……ごめんアメリー、気持ちはとってもありがたいんだけど今日は私家に帰るわ」
「何言ってるのよ。まだ病み上がりみたいなもんなんだから無理しなくていいのよ?」
「ううん、ぐっすり寝たしもう頭痛もないし、気分の方も悪くないからもう大丈夫。いろいろありがとうねアメリー」
アメリーの厚意はありがたいが、流石に一日中友達の世話になるのも気が引けてしまう。
それに久しぶりに帰ってきているのに、彼女の部屋と寝床をこのまま占領するのもどうかというところだ。
「もう……大丈夫だって言ってるのに、変な所で頑固なんだから。
そこまで言うなら無理に引き留めはしないけど、食事だけでもとっていきなさい」
そう言って彼女は大きくため息を付きながらやれやれといったようなそぶりをしていた。
本当なら大好きな友達である彼女と一緒に居れる事はうれしい。
けれどそうやって未だに彼女に頼りすぎてしまうのもよくない、そう思った。
少しくらいは自分で何とかしないと。
アメリーから拝借したランタンを片手に私は静けさに包まれた夜道を歩いていた。
あの後、彼女の作った簡単な食事、という建前のそれなりに手の込んだ夕食をいただいて私は自分の家の帰路についている。
ありあわせで適当に作ったものだとは言っていたが、入っていた具がきちんと下ごしらえされじっくりと煮込まれたあの美味しいスープはそれなりの手間をかけられたものだ。
多分私に気を遣わせないためにそういったのだろうが、流石の私でもあれが適当に作られたものでない事ぐらいわかる。
本当に優しい友達。久しぶりにあって改めてそう思う。
そうやって物思いにふけっていると、夜の暗がりで冷やされた心地の良い夜風が、さっと自分の周りを吹き抜けていった。
つい最近までは残暑が続いていたけれど、そんな風が秋の始まりの気配を感じさせる。
心地の良い夜風と、空腹が満たさたせいもあってか、とても心が落ち着く。
昨日今日といろいろな事がありすぎて一日中悩んでいてばかりだったせいだろうか、
こんなにも落ち着いた気分になれたのがものすごく久しぶりな感じがした。
ウルの件についてはまだ解決しているわけでないが、今日アメリーと話した内容も踏まえて答えはほぼ決まりかけていた。
何のあてもつてもない私にとって、あの誘いは夢を実現するための方法としては魅力的ではある。
けれど、いくら付き合いの長い友達だからと言って学費から生活費から何までお世話になるわけにはいかない。
先程のアメリーとの一件もそうだが、何から何まで周りの人達に頼りすぎるのもどうかと、少し考え始めた自分がいた。
それに使用人という立場になったときやっぱり友達としてどう接したらいいのかわからない。
そういった点を踏まえれば明日、ウルに返す答えは一つだ。
魔法使いになれるチャンス、そう考えると少し心が動かされてしまうけれど。
「そういえば……」
ふと、魔法使いという言葉から今日会ったあの男の人の事が頭に浮かんだ。
『そんなことは、本当にないんですよ』
そう言って、私の魔法使いになりたいという夢を否定せず、それを肯定した人
アメリーの知人で、考古学者を名乗る人物、アルバート・カトル。
食事の時にアメリーに少し聞いた話によると、元々はアメリーの父親と付き合いがあり、
そのせいもあってか王都に来たばかりの頃の不慣れな彼女をよく助けてくれたということだ。
彼は私が寝込んで暫くした後、すれ違いになったアメリーの父親に会うためにタリアヴィルのへと向かったらしい。
この村から王都やタリアヴィルと呼ばれる大きな都市に行くには馬を走らせても半日以上はかかる。
恐らくちょうど今頃彼はタリアヴィルへと到着した頃ではないだろうか
「よく考えてみるとあの人ってどうやってこの村まで来たんだろう。すぐ移動できたって事はたぶん馬に乗ってきたんだろうけど、あんな服装のまま乗ってきたのかな……」
思い返せばいろいろと不思議な人物だ。
容姿も人柄、あの奇妙な装飾の服装も常人離れしていたが、あのようなタイプの人には初めて会った気がする。
まあ村からほとんど出たことのない私が世間知らずなだけなのだろうけれど。
そういえば何か最後、私が倒れる直前に彼は何か私に語りかけていたような……。
そうやっていろいろ思い返そうとして頭を巡らせていた私は、気づけば自分の家の前にたどり着いていた。
昨日といい、いつもなら少し長く感じる帰り道なのだが、こう考え事をしたり物思いにふけるとまるで時が飛んだかのように感じてしまう。
既に当たりが夜に包まれているせいもあって、明かり一つないこのボロ家はさながら廃墟のようにも見えてくる。
アメリーの家を見た後だと特にそう感じてしまう。
家の中はそれなりに手入れを行っているのだが、外観に関しては手付かずなので玄関のドア事も踏まえ住み続けるならいずれは補修をしなければいけない。
ただそうなると母親の残したわずかな資金とたま村の手伝いで貰う一握りの小銭では到底修復費用には足りないのだが。
いっその事、村中心部の空き家に越した方が手っ取り早いかもしれない。
……まあそんな事は絶対にしないけれど。
そんな事を考えながら私は服のポケットから家の鍵を取り出して玄関へ向かおうとした時だ。
ふと、玄関の扉の隙間に、白い紙のような何かが刺さっている事に気づいた。
「なんだろうこれ」
私は扉の隙間に挟まっていたそれを引き抜く。
暗がりであまりよく見えなかったが、雲の合間から顔出した月明かりによって、徐々手に持ったそれの姿が露わになる。
「もしかして手紙?私の家に?」
少し厚めの、白い封筒。
書いてある宛名などはここではよく見えないが、きちん封蝋を押されたそれは間違いなく手紙であった。
差出人について思い当たる節はまったくなかった。
村の人ならば、直接出向いて私に要件を伝えればいいし、村外となると手紙を送ってくるのはアメリーくらいだろう。
そのアメリーの手紙でさえ私の家に届くのではなく、アメリーの父親の元に届いた手紙を直接手渡しで渡されていた。
そうなると残る可能性はウルなのだが、彼女は今村に帰ってきているため私に態々手紙を送る必要なんてない。
私は封筒を手に建付けの悪いドアを苦戦しながらも開けて中にはいると、机の上にランタンを置き急いで宛名を確認する。
エーナ・ラヴァトーラ。確かに手紙にはそう書いてある。
間違いなくこの封筒は私宛に送られてきたものだ。
「本当に私宛の手紙なんだこれ……」
私はかなり動揺していた。
いや動揺というよりも信じられないという驚きだろうか。
最初は母の知人か誰かがが、母の行方がどうなっているかも知らず手紙を送ってきたのかと疑った。
けれど手紙に書いてあるのは私の名前。
何度確認しようとこれは私に送られてきたものだ。
ただ、そうなると次の問題は一体誰がこの手紙を送ってきたのかという事になる。
手紙には宛名以外に文字は見当たらず、差出人らしき人の名は記されていない。
ただ、手紙を封するために使われている封蝋には何かの鳥と花が組み合わさってできた
シンボルマークのようなモノが押されている。
封蝋付きの手紙というものは初めて見た。
いや、正確に言えば開ける前の状態の、である。
開封済みのものは何度か見たことはあるが、完全な状態のものは初めてだ。
「これ、私が開けていいんだよね、私宛……なんだから」
封を切ることに躊躇していた私は自分に言い聞かせるようにそう呟く。
封筒を手に持って、一度深く息を吸って、吐いて、そうやって呼吸を整えた私は覚悟を決めて手紙の封を開ける。
パキッと封蝋が割れた僅かな音か薄暗い家に響く。
中に入っていたのは、当たり前なのだが、折りたたまれ一枚の手紙だった。
その折りたたまれた紙を開き恐る恐る私は内容に目を通す。
エーナ・ラヴァトーラ様
あなたの母親から預かっていたものを渡しに、15の誕生日の翌日夜に伺います
アピロ・ウンエントリヒ
「え、これだけ……?」
思わず声に出てしまう。
手紙に書いてあった内容は、ただそれだけ。
短くそう一文だけ。
少し拍子抜けだったせいか、一瞬体の力が抜けてしまう。
けれど、その一文を何度か読み直していくうちに、この文章に書かれいている内容を徐々に頭が理解していく。
母からの預かり物を私に渡すために、誕生日翌日夜に家を訪ねる。
そう、内容を吟味する必要もなく、書いてある通り、ただそれだけ。
「あなたの母親からの預かりものって事は、これお母さんの知り合いの人からの手紙なのかな……?
あれ、でも誕生日翌日夜っていう事はつまり」
私が差出人の来訪日を理解したその時、家の扉を数度ノックする音が家の暗がりに響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます