95.アバンレイン荒野の決戦・転2

 オロバス公の失態と、クリス・エリアスの機転。要は劣勢と優勢を変遷した右翼に比べて、左翼は非常に安定していた。

 非常に安定して、終始、7:3の優勢だった。疑う余地がない。本当に、徹底的に、優勢であった。

 理由は言うまでもない。今までどちらかと言えばサポートに徹し続けてきた俺が参戦したためである。


 『ペガサスの兵器将像』ミルノー=ファクシ。呼び出した兵器は船に使われるようなバリスタ。その数、30。クカス近隣を拠点にしていた盗賊たちの砦に用意してあった、何十という兵器。そもそも、壁沿いに展開していたそれを、地上に並べて放たせる。


 勢いがあった。並の弓でも並みの矢でもない、鋼鉄製、機械仕掛けの弓矢であるゆえに。

 威力があった。人一人の肉体を貫通し、二人目、どころか三人目まで貫くことがあるほどの。

 恐怖があっただろう。それは、最初から用意されたものではなく、唐突に現れたものなのだから。


 ペガサスの兵器将像、ミルノー=ファクシ。では、俺自身は何をしていたかというと。


「久しぶりに、暴れるな。」

最前線で、一人で、暴れていた。

 その手には、巨剣。その体には、『超重装』。


 ペディアの部隊が着て動かす、量産品の『超重装』ではなく、彼個人が彼のために仕立て上げた『超重装』。

 ペディアたちのように、急造で使いこなそうとしているわけではない、正真正銘、何年も使い、その扱いを使い熟した超重装。あくまで六段階格程度の剣士であり、魔術師である俺をして、ほとんど当時ほとんど八段階格に近かったクリスを降すまでした逸品。

 それが、前で猛威を振るっていた。


 ミルノーが一歩踏み出せば兵士たちは二歩下がる。ミルノーが手を前に突き出せば、その方向にいる兵士たちの表情がこわばる。

 当然だ。その鎧に攻撃は通らない。後方から放たれる機械仕掛けの弓矢であれば俺の鎧を貫通出来るかもしれないが……いや、出来ないか。出来ないだろう。

 この鎧は生中な品ではない。伊達や酔狂で、大量に至る所に魔術陣を刻印してある訳ではない。


 “硬質化魔術”。これを、この全身鉄でできた鎧に使えば。ただそれだけで、鎧の防御力は何十倍にも上がるのだ。

 つまるところ。傷つかない化け物一人と、それを援助する砲撃武器が数十。そんな異次元の戦闘。


 っだが、それでも7:3程度の優勢でしかなかった。敵は、俺たちから逃げることもなく、敗北とは間違っても言えない希望を宿した目をしていた。

 理由は単純である。敵が執った手は、単純明快に。距離を取って遠距離からチマチマと攻撃であったためだ。


 『超重装』を纏った俺を封じ込める方法は、二つ。あるいは、三つ。

 一つは、この『超重装』を着た俺に対して、勝てなくとも負けない戦士を複数人ぶつけ、それにかかりきりになっているうちに戦争そのものを終わらせること。だが、そんな人間が、左翼にごろごろいるわけがない。いても、それは機となった戦争に投入する部隊のはずだ。たった一人の男を抑え込むためだけに放り込める部隊ではないし……放り込めば、俺の兵器のいい餌だ。


 二つ。距離を取って、俺がこの重すぎる『超重装』を纏えなくなる、即ち体力切れまで戦わせ続ける。これは脅威かもしれない。戦う力が強いかもしれない。傷がつけられないかもしれない。だが、体力が尽き動けなくなったら、無視していい路傍の石に成り下がる。


 そして、最後。ディール殿のように、正真正銘人外の化け物を放り込んで瞬殺する。……考えるだけ愚かだろう。いるなら最初からやっているし、彼やエルフィール様のような人間がごろごろいられたら、普通にこの世は魔境になる。


 そうして敵が選んだ手は二つ目。俺が動けなくなるまで、距離を取る。その上で、俺が立ち止まって体力の回復を図ったりしないように、定期的に俺へ向けた矢は飛んでくるし俺たちの陣営めがけて魔法が、矢が、石が飛んでくる。それを止めるために俺は前進し、敵は後退する。

 かれこれ一時間だ。俺が進み、敵が下がる。後退している分、敵の方が心理的に不利だ。

 ぶつかり合っているわけではない分、戦争的な被害は兵器を持つ俺たちの方がわずかに勝っている。とはいえ、あちらから放たれる矢でも、侵略軍の兵士は傷ついて行く。


 7:3の、優勢。この優勢という事実が厄介なのだ。終局的に、戦争はこの7:3での優勢を維持することが望ましいが。一歩間違えれば、この優勢と劣勢が逆転することすらあり得るのが戦争だ。

 そして、現状ミルノーの実力を前提とした布陣を敷いている以上、覆される瞬間がいつかは、誰が見ようとも明らかだった。




 他方、ミルノーの後方。ミルノーが戦線を維持することで今勝っていることを理解している、左翼の指揮官は笑みを浮かべていた。

「そうそう、平民はそれでいいのですよ。陛下も『像』を平民に託すとはいかがなものかと思っていましたが、熟慮の結果だったのですねぇ。」

彼の名は、サンダース=エーレイ=ビリッティウス。ビリッティウス子爵家の現当主である。

「熟慮とは?」

「簡単ですよぉ。ほら、あれを見なさい。前線を一人で維持するあの命知らずを。貴族の血は尊く、これ以上損なうわけにもいきませんからねぇ。『像』を平民に渡せば、使い捨て可能な最強の出来上がり。」

貴族の血は尊いもの。それそのものに、否定はない。俺も彼の言は正しいと、思う。だが。

「その貴族の血の尊さは、祖に『像』があるから得られたものではないのですか、父上?」

「分かってないねぇ、エル。先祖の苦労があったから、私たちはその上に胡坐をかけるんじゃあないかぁ。」

忌々しい。害悪め。そう喉元まで出かかって、気が付いた。


 ここは、戦場だ。そして、今は、誰の目から見ても、いつどこで誰が死んでもおかしくない環境。

「おい。」

遠目からミルノー様の活躍を眺める兵士に声をかける。

「さっき、ゼブラ公国の矢が飛んできたな?誰が持っている?」

「あ、はい。ここに。どうかしましたか?」

「くれ。」

「え。……はい?」

疑問に思う様子を見せながら、兵士は俺に矢を差し出してくる。あぁ、これでいい。あとは、時期を見ればいいだけだ。


 エルヴィン=エーレイ=ビリッティウス。もしも武功を挙げるならば、それは父を出し抜いたうえでなければならない。あるいは、父がいない場でなければならない。

 さっと、前線を見る。その先には、魔力が減って来たのだろう。体の動きが鈍り始めたミルノー様の姿があった。




 限界だった。とっくの昔に、限界がきているのを自覚していた。それでも、俺は全線働きを続けていた。

 『兵器将像』の本質、兵器の瞬時作成、完成品の移動、及び設置と使用。これらを本質的に、効果的に利用するには、いくつかの命題がある。


 例えば、兵器の瞬時作成を前提とするならば。兵器に利用する材質は現地で調達しなければならない。兵器を作り為の機材や素材は、『兵器将像』は異空間に溜め込めない。

 例えば、兵器の召喚を……持ち運びを前提とするならば。『兵器将像』は、その兵器の設置場所に己の身を置かなければならない。あるいは、10メートル前後なら兵器の設置場所を調整したりは出来るだろうが。100メートルに届くほどの遠くに、兵器を設置することは出来ない。

 戦場で働くより、下準備諸々で戦の前、戦の最中共に最も忙しくなる『像』。それが、『兵器将像』及び『工作兵像』の実態だ。


 では、どうして俺が前線働きを要求されているかと言えば。


 ……ダメだ、思考に、靄がかかってきていた。

 何も考えずに戦に集中できている間はいい。だが、今のように思考が間然にぶれ始めてしまえば、あとはもうおしまいだった。

 集中力が、持たない。集中力が切れるということは、この『超重装』を着こむ俺の身体を支える大量の魔術陣、そこに流す魔力の流れも乱れるということ。


 最初に、手に持っていた巨大な剣が滑り落ちた。それでも、盾は話さない。この盾には、『抗魔魔術』『重力魔術』『座標固定魔術』『反射魔術』という俺の身を守る魔術が大量に刻印されている。手放すわけには、いかない。

 炎の軽い魔術が飛んでくる。それを、盾で、『抗魔』を使って打ち払った。続いて飛んできた『紫電』を『反射』する。『反射』を維持したまま、敵が放ってきた約数十の矢を弾き飛ばした。

「う、あ、が。」

身体が、重い。気づけば膝が落ちていた、頭がグワングワンと鳴り響き、敵が今だと言わんばかりに突貫してくる。


 敵の意思は、敵の意欲は。勢いは、高い。当たり前だ、敵の最大級の脅威が消え去ったのだ。もう、力が入らないのは、見て取れることだろう。逆に後方の味方は、巨大な機械仕掛けの矢の密度を上げた。連射を始めた。俺が倒れたことで、敵が動きが上がると判断して。


 だが。敵は、15万人。普通に考えれば、左翼にいる敵は三万人を下らない。たかだか数十の兵器が密度を上げて敵に襲い掛かったところで、死ぬのはたった数百から数千の命だ。


 たった、数千の命。そんなもの、戦争という環境で、『犠牲』という観点で見る愚か者は、いない。すべて、些事である。


「う、ぐ、ぁぁぁぁ!」

剣を、握って、振り切った。気力が、俺を動かしている。

「『ペガサスの兵器将像』ミルノー=ファクシここにあり!俺のまわりで生きている敵は、いないと知れ!」

兜の、眉間の間に刻印した魔術、『獄炎放射』。それを起動し、近づいてきた敵を一掃する。


 なけなしの魔力。『兵器将像』を解放することで1.2倍化していた魔術だからこそ残っていた、最後の魔力を使いつくす。

 もう、膝はつかない。盾と剣を構え、まだ動けるのかと驚愕する敵を見据える。


「……来ないのか?」

「……は、ったりだ。はったりに、決まっているぅ!」

威圧を込めて問うと、敵の指揮官と思しき人物から返事が帰って来た。ああ、そうだろう。理性では、俺のこれがはったりだと気付いているだろう。

 だが、一度膝をついてから立ち上がった俺相手に、相手は完全に委縮している。それは、兵士たちが誰一人として一歩を踏み出さないことからも。あるいは、カタカタと。震える最前線の兵士の足も、雄弁に語っている。


 人の心は、かくも弱い。それでも逃げないのは、俺のこれが、はったりだと。頭の片隅でしっかり理解できるからだ。

 俺は、動けない。だが、それでも、怖いという想いが彼らの足をせき止める。


 ふぅ、と息を吐いた。


「申し訳ありません、ミルノー殿。遅れました。」

「大丈夫。間に合いましたよ、アメリア様。」

俺が崩れたらどうするか?決まっている。


 俺より強い人が、前線を蹂躙するのだ。

 ペガサスが突っ込んでいく様子を見て、安心して後ろに下がる。アメリア嬢が来たということは、こっちの準備は整ったということだ。

「よし。」

全軍に、撤退命令を出す。ある程度の規律はありながらも、兵士たちは全力で走り始め……敵も、追おうと体を浮かす。

「出来るわけがないだろう?」

そう。出来るわけがない。


 ペガシャール帝国、天空騎兵隊。ペガサスの部隊を無視して、俺たちを追いかける。それは、無謀というほかないのだから。




「全く、ミルノーは無茶を言ってくれますね。」

薙刀を振るい、二人ほどの首を跳ね飛ばす。ペガサスがさらに浮上するのに合わせ、空から石でも投げるように火炎魔術を落として浮く。

 ペガサス部隊。それは、空を舞う自由な騎馬隊。

 でも、あくまで騎馬隊である、という本質は変わらない。


 実のところ。ペガサスにとって、こうした撤退戦の支援は不得手だ。支援ならまだよくても、時間稼ぎはもっと不得手だ。同じ場所で敵が撤退しないよう足止めする、そんな戦は、騎馬隊の行う戦いじゃない。少なくとも、全力を出せるような戦には間違ってもならない。

 それでも戦っているのは、ミルノーの奮戦を見たからだ。一人で、約30分。戦線を維持してのけたその意気に、私たちも応えたいと思っているから、この圧倒的に不利な撤退戦の支援をしているのだ。


 3分。後方を振り返る。ミルノーたちは、かなりの距離を離していた。

 空に緑色の信号弾を打ち上げる。ついでに、パン、という音も付随して。

 ペガサスたち、その騎手たちはその合図に反応して空を飛び始めた。私たちも、撤退だ。敵がそれを見て矢の密度を高めてくる。

「撃て!」

全員が、火炎魔術を下に放つ。これで、最後。

「あとは頑張りなさい、ミルノー。」

私が、今の今まで参戦しなかった理由。ミルノーがボロボロになるまで一人で戦っていた理由。


 それを、敵たちは。攻撃するしかない。




 罠ではないかと疑っているのだろうと思う。ここで俺たちが撤退した。その理由が、「どちら」なのかを敵は把握できないためだ。


 片方は、俺が動けないが故の、一時退却。片方は、罠をこしらえた上での待ち伏せ。

 前者の可能性が高いと考えているだろう。なぜなら、30分も一人で戦場を維持してのけた俺がもう戦えないことはわかっている。少なくとも、前線働きは難しい。

 だが、罠の可能性を見捨てられない。なぜなら、アメリア様のペガサス部隊が来るタイミングが良すぎる。彼女が来た、俺が下がった。彼女が戦っている間に陣形を立て直し、仕切り直してもう一度正面衝突、兵士と兵士が殺しあう……これが「普通」の戦場だ。俺たちが逃げる以上、そこに罠を仕掛けられていると考えるのは当然。


 とはいえ。アメリア様の部隊が、今の今まで出てこられなかった理由も、向こうはわかっている。いかに優れた部隊とはいえ、騎兵隊とは良くも悪くも一撃離脱を旨とする部隊で、だからこそ投入するならあのタイミングしかなかった。

 最初から投入されていれば、敵は最初から、被害を考えない混戦を狙った。俺を援けるために途中から介入していれば、彼女たちが離脱を必要とする一瞬をついて俺たちに致命的に近づくことが出来た。


 つまり、俺が動けなくなり、敵がその勝利に酔いかけ、俺たちが気圧されかねない一瞬。敵も味方すらも油断したその瞬間。その瞬間しか、勝負の目はなかったのだ。


 だから、敵は罠の可能性を考えながらも、俺たちの後を追うしかない。罠じゃなくても、おそらく戦争の勝敗が着くのは、俺が先頭に参戦出来ない間の可能性が高いとわかっている。

「『像』さえ取れたら、勝ちだもんな。」

少なくとも、兵士の士気は明らかに下がる。だが、それでも。

「……これは、予想していなかっただろう?」

先ほどの戦場においてきたバリスタは、数十程度。それに対して、ここに、この一帯数百メートルにわたって配備されたバリスタの数は、一メートル間隔に、一つ。三列構え。


 一つのバリスタの横幅は80センチメートル。矢を番える部分に、一度に番えられる数は6。

 地上と、矢の部分の間……人間でいう首の部分は、左右に20度分ほど回る。そして、つがえる矢は……ただの、木の棒だ。

 正確には木の棒ではないが。かなり色々と、加工こそされているが。どこからでも取れる木の棒にしたのは、鉄がもったいないから。先端にすら鉄の穂先を用いなかったのは、木は尖らせて焼けば人の身くらいは貫くに十分だから。


 そして、最初からここで戦端を開かなかったのは……これの設置が、間に合っていなかったから。

 『ペガサスの兵器将像』の弱点は、兵器の設置に、俺自身が動き回らなければならないこと。だが、騎兵は全線で数十分も戦い続けられる兵科ではない。

 である以上。彼女らの仕事は、大量に用意された兵器を設置する作業に他ならない。

「歓迎する、敵よ。……ここからは、蹂躙の時間だ。」

一度で放たれた矢の数は、優に600。人を貫いて余りある巨大な矢が放たれ……。


 敵は、逃げることなく。突撃してきた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る