90.王の代官
エンフィーロは、ギリギリ俺たちの目の届かないところをついてくることになった。なんでも。『ペガシャール植物園』には入りたいらしい。彼らの力の本質と出所を考えると、納得できる話だった。
「フレイ、ディール。今のは誰にも話すなよ?」
「記録にも残すな、ということね?」
「その話し方やめてくれ。ぞわぞわする。……が、その通りだ。」
再びディアに跨る。そうして、全軍に再度進軍開始という合図を送った。
「200年の間に失った記録は多いな……。」
「クカスには残っているよ。見ている時間がなかっただけで。」
ディアの呟き。それに頷きを返す。そう、時間だ。……本当に、時間がないのだ。
「人手、か。」
「公属貴族は三派に分かれ、私属貴族もいない。腐敗貴族をそれなりに一掃しているおかげで人材不足がさらに悪化しているわね。」
「だが、やらなければいけなかった。放置すればどれだけちょろまかされたかわかったものでもない。」
「厳しいわよ、この状況から国を立て直すのは。もし三派統一ができたとしてもお、陛下は貴族の粛清は続けるおつもりなのでしょう?」
頷いた。貴族の私財の自由を許すのはいい。だが、そのせいで国が傾くのでは困る。
一度リセットしなおすべきなのだ。ペガシャールは、1500年もの間で溜まった膿を一度吐き出した方がいい。
「そこまでしたら他国に攻め入られたときに余裕がなくなるけど、どうするの?」
「元より余裕はない、違うか?」
「違わないわ。」
今と変わらない、そう言っていると、フレイもわかっているのだろう。頷く。
「ドラゴ―ニャ以外はそもそも他国に攻め入る余裕はないだろう?」
「そのドラゴ―ニャが問題なんじゃない。」
「ドラゴ―ニャは攻めてこないさ。」
他の国に攻めこまれることを、ドラゴ―ニャは恐れている。だから、2面作戦……いや、三面作戦が出来るほどの実力を蓄えるまで、ドラゴ―ニャは嫌がらせしかしない。
「早いうちに、力を整えないとな……。」
人不足。これをどうするか。目下のところ、最大の難点が、それだった。
悩んだところで時は過ぎる。困ったところで軍は進む。
翌日には、もう『ペガシャール植物園』が見えていた。
「また門前に人いたりしないだろうな……。」
レオナのやり取りの真似はもうしたくないぞ、と思いつつ近づく。
「あら、エンフィーロがいたじゃない。」
「……あぁ、そうだったな。よかったじゃないか、フレイ。エンフィーロがずっとこのあたりの測量資料を持っていてくれたおかげでここに滞在する必要はないぞ。」
「それは嬉しいわね、きっと。ペテロちゃんが。」
予定より早く帰ることになる。……確かにまぁ、書類仕事に追われるペテロとしては嬉しい誤算という奴だろう。
「もう少し外にいさせてくれ……。」
「ダメよ。さっきも言ったでしょ、余裕はないのよ、うち。」
「お前なんだ、兄貴か?」
「姉って呼んでほしいわね。」
男を姉と呼びたくなんてないわい。そういう意味を込めて軽く睨むと、彼はワハハと笑った。
「面倒くさい。」
「だったら会話しなければいいのに、律儀なところがあなたの長所ね。」
「本当に俺のこと国王だと思ってる?」
「もちろん。」
胡散臭い。本当に胡散臭い。……でもまあ。緊張がほぐれるのも、国王じゃない『アシャト』が出やすくなっているのも事実。……ずっとなら不味いだろうが、今くらいはいいだろう。
「さて。……あぁ、来たか。」
『ペガシャール植物園』……通称、『フェム』の門に触れる。まるで何かがつながるような感覚。それとともにこちらに寄ってくる、大いなる光の奔流。
気づいた時には。俺はそこに、飲み込まれていた。
「これが三ヵ所目か、今代の王よ。」
「……そう、ですね?」
これまでの妖精と比べて、何だろう、親しみを見せない声。ベルスのヌーディラスはどちらかというと怒りによって親しみを感じられなくなっているタイプの妖精だったが、今回は違う。
彼は、妖精として、純粋に人と距離を置いている気がした。
「……ふむ。今代の王は当たりの部類か。」
はずれがいたのか。その問いには答えが返ってこなかった。
「我が名はアニマス。熱の妖精アニマスである。」
「……初めまして。今代『ペガサスの王』アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアと申します。」
「ふむ。スレイプニル=エドラ=ペガサシアの末裔か。……似ておらぬな。」
「そう、なのですか?」
「いや、気にすることはない。200年も経ったのだ。顔の方はどうでもよい。貴様が『王』に選ばれたことが、その血筋の証明である。」
「……そう、ですか?」
どう反応しろというのだ。相手に聞こえることを理解していたとしても、ぼやくしかなかった。
「さて、今代の王よ。このペガシャール植物園は、その性質上必ず代官を必要としておる。決めたか?」
「……はい?」
代官。俺の代理人。いや、意味は分かっていたが、どういう意味か分からなかった。
「さては知らぬのか。ふむ。……なら言うが、ペガシャール植物園は植物が群生する場所だ。ここには国中すべての植物が自生しておる。」
自生なのか?いや、熱の妖精ということは、この妖精が意図的に気温を操作し生えさせているという方が正しいのではないか?
「その通りである。この地の植物は我が手によって生かされている。ゆえに、植物園は、実のところ守りの能力が低い。」
他の妖精は、あくまで施設の核として存在するだけであって施設の内部に干渉することはしていないらしい。だが、ここフェムの妖精は、この施設の特性上彼自身も力を使う必要を持っていて、だからこそ施設防衛の力は少ないらしい。
「『神定遊戯』がない間は、植物を種のまま保護すればよいだけだからな。防衛力があるが、少なくとも『エンフィーロ』がここを使う以上、そうもいかん。貴様の代わりにここを自由に使い、ここを守る代官を『像』の中から指名せよ。」
あぁ、と思った。だから、『エンフィーロ』なのだろう、と。
秘密を守る。ペガシャールの暗部をこれから司っていくことになる彼らに必要なのは、薬草だ。ここで生える全ての薬。
それを自由に採取する権利を得る代わりに、『エンフィーロ』はここを守り抜く。なるほど、エンフィーロのトップの姓が『アニマス=エンフィーロ』なのも、互いの関係性の密接さを示している。
「……ムルクス=アニマス=エンフィーロ。『ペガサスの跳躍兵像』を、ここへ。」
「うむ。」
アニマスの頷きに呼応して、光がアシャトの周囲に満ちた。
「……あなたが、アニマス様ですか?」
「どうやら『エンフィーロ』には記録が残っているのか。」
「……、はい。」
何か言いかけたように、思う。それを強引にムルクスは飲み込んで、頷いた。
「勢力争い……か。うむ。良きかな良きかな。」
いいのか。そしてムルクス君が必死に飲み込んだことをわざわざ口に出したらダメだろう。
とはいえ、まぁ。俺がきちんと『神定遊戯』の『王像』候補として勉学を受けていれば、アニマスにわざわざ代官の説明をさせたりせずとも済んだわけで。そう考えると、政争で負けたスレイプニルの家系にも文句の一つや二つは言いたくなる。
「……いや、滅ぼされていたか。」
もし俺の代までまともに続いていたとしても、俺が滅ぼしていた気もしなくはない。俺は、持てる地位の全力を尽くしたから、『王像の王』になったのだ。そこまで誤ってはいけないのだろう。
「お前たち人間の争いごとについては知らぬ。では、ムルクス=アニマス=エンフィーロ。以後、貴様がこの『ペガシャール植物園』の代官だ。同時にいれて良い人数は50人まで。好きに守れ。」
「……承知いたしました!」
言葉が少ない。説明が足りない。……だが、アニマスはそれ以上何も語らなかった。
「最後は、ペガシャール大学校だ。あこの妖精は苦手だ……頑張るがよい。」
合図も何もなく、俺たちは外へと吹き飛ばされる。……なんだろう。すごく、釈然としなかった。
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