17.現れた外敵
駆けに、駆けた。途中脱落したものはフィシオ砦に入ること、という命令をかけたうえで、アシャトたちは全力で駆け抜けた。
アルス=ペガサス公爵公子が勝てないのは目に見えていたから、生存者を一人でも多く救うために走る。
「生き残れよ、オベール……。」
彼ほどの人材を簡単に斬り捨てるわけにもいかない。彼は立派な『ペガサスの近衛兵像』候補の一人だ。
王として力を与える部下は、もうかなりの人数候補として上がりつつある。すでに『近衛兵像』の力を得ているディールをはじめとして、アメリア、クリスは『ペガサスの騎兵隊像』として、エリアスは『ペガサスの防衛砦像』として、ペディアは『ペガサスの連隊長像』としての力を与えようと決めていた。
「近衛兵像は合計六人。ディールほどの人材はそういないからね、まだ数の多いオベールクラスの人を何人か近衛兵にした方がいいよ。」
心を読んで、走りながらディアが言う。器用な奴だ、と思いつつ考える。
そもそも七段階格の武技を修めたものはそう多くはないはずなのだ。ディールやエルフィールのような規格外が身近にいるからその性能が劣って見えるが、一騎当千と言うにふさわしい猛者たちであることにかわりはない。
「陣が見えるぞ!」
戦闘を走っていたエルフィが叫ぶ。同時に、戦場独特の騒乱の音が聞こえてきていた。
「全軍!一分で陣形を整えろ!」
走りながらペディアが叫ぶ。その声に反応して、兵士たちが自分の持ち場に付き始めていた。
同時に、何人かが目と鼻の先の陣の中から転がり出てくる。その戦いは、どう考えても技量で勝る貴族たちが圧倒されているというものだ。
「……どういうことだ?まあいい、突撃!」
その異常に一瞬目を丸くしつつも、ペディアが叫んだ。エルフィールは何を思ったか、先陣を切って突撃していく。
俺たちも後に続き、乱戦に突入した。
「どういうことだ?」
ソウカク山の賊と一合打ち合う。同時に、その膂力で剣が一瞬押し返されかけ、俺は焦りを覚えた。
ペディア、アメリア、アテリオ。彼らもみな、どうしてかよくわからないその光景に驚いている。
「うおおおおお!」
とんでもない雄叫びが聞こえて、目がそちらに寄せられる。そこには、愛馬を駆って賊と戦うディールがいて
「嘘だろ、強すぎるだろうが……。」
ディールは一人で賊たちを蹴散らしていた。俺たちが、一人ひとり相手するような賊を、五人近く相手どって余裕を見せている。
「全軍!援軍と合流!彼らに合わせろ!」
一度だけ聞いたオベールの声がして、俺たちはそちらを見た。オベールも、その大斧で兵士たちを次々と切り伏せ続けている。
「ほう。」
敵指揮官がポツリと、その戦場を見て面白そうに唇をゆがめる。
「見つけたぞ、敵将!ドラゴーニャ王国の将がどうしてここにいる!」
エルフィールが槍を振り回し、周りの雑魚を蹴散らしながら彼の元へと走っていく。まるで総力戦。そんな状況で、アシャトはなんとなくこの状況の原因を見て取った。
「私がここに連れてきました。」
無機質な声が、エルフィの背中から響いた。誰もいなかったはずのそこに、ナイフを持った少女が座り、その背に刃を突き立てようとしている。
「“
エルフィがあらかじめ体につけていた魔法陣に魔力を通し、少女の体に電流を奔らせる。それを受けて、少女は落馬する前に姿を消した。
そのまま敵将に槍を突き立てようとすると、高速のその突きを見切れたのか、サッと槍でいなしてしまう。
「お前、何の力も得ていないのか、本当に?」
しかし、その動きは予想以上に早いものであったらしい。さらに、いなされてもすぐに姿勢を立て直し次の攻撃に移ったエルフィを見て、驚愕したかのように声をあげた。
しかし、エルフィの……槍術八段階格の彼女に対して、「力を得ていない」とはどう考えてもおかしな表現だ。つまりは、「普通ではない力を得ている」可能性を考えていたという事。
「名を聞こう、ドラゴーニャ王国の客人。」
俺は彼に声をかけた。オベールの率いている部隊は、その質を見る限り、盗賊団ごときに後れを取るほど弱くはない。だからこそ、彼らの敗北の原因は、彼らにあるとしか考えられない。
「初めまして。ドラゴーニャ王国軍少将、『ドラゴンの将像』の力を賜りし者、ソリュン=ベネット=ラゴンという者だ。」
「ドラゴーニャ王国軍少佐、『ドラゴンの跳像』ピオネ=エネス=リヴァス。」
やはりか。俺がそう思うと同時、兵士たちには激しい動揺が見られた。
「嘘、だろ?ドラゴーニャ王国だって?」
「『将像』って、あれだろ?軍の身体能力をあげるっていう?」
「か、勝てるわけがねぇよ。」
そうだ。俺はまだ、『ペガサスの王像』ディアのことを明かしていない。この軍はまだあくまでアファール=ユニク義勇軍であって、ペガシャール王国軍ではない。
兵士たちの動揺は、そのまま士気に直結する。そして、盗賊ごときに壊滅させられるようでは、これからの俺の覇道が見えなくなる。
「ディール!」
「おう!!」
俺の叫びに、ディールが応える。俺の横まで駆けてきた彼に、俺は命令することを決意する。
眠りの時期は、早すぎるものの、終わった。雌伏の時期では、そう長くいることは叶わなかった。
「兵士の士気を持ちなおす方法がそれしかないとはいえ、早すぎたな。」
「言うな、エルフィ。仕方がない。戦いにはしなきゃいけないからな。」
隣で軽く微笑み合う。義勇軍の兵士たちは、何が出るのかと戦々恐々とこちらを窺っている。
気付けば戦場は静寂に満ちていた。兵士たちも、ディールも、アメリアも、ヒトカク山の捕虜たちも。静かに俺の方を眺めている。
「『ペガサスの王像』ディアに選ばれた余、アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアが命じる!」
オベールの目が大きくなった。何も伝えられていなかった彼には寝耳に水な話である。
「ディールよ!『ペガサスの近衛兵像』の力を解放し、余に仇なす敵を討て!」
今まで使うことを控えさせてきた、『ペガサスの近衛兵像』としての力。それを解放するように命令して、ディールは。
「“我は『ペガサスの衛像』に選ばれし者なり”!」
同時、とんでもない光と共にその体に白銀の鎧が装着される。その筋肉質な体と相まって、いかにも歴戦の騎士を伺わせる見事な姿となっている。
ドラゴーニャ王国の将軍とアシャト専属の近衛兵は、力を解放した状態で互いにその槍を放ちあう。それは、人外の力を宿した者、神の力を借り受けた者同士の争い。
しかし、その戦いは、もう一人の力を宿した者の手によっていとも簡単に止められた。
「やめろ。ラゴン将軍。」
ふっと彼の背後に現れた彼女が、その背に手を触れた瞬間に、ディール達より巣こそ離れたところに跳んだ。
「私たちの役割は、勝つことじゃない。ペガサスの王の力量を見ること。」
「しかし、まだ見足りないのではないか?」
誰に俺が王であると教えられた。喉元まで出かかったそのセリフを、グッと堪える。
「もう十分。『将像』の力を与えられた部隊と戦える指揮官。エルフィールという規格外。それに匹敵する武力の持ち主。アファール=ユニク子爵の支援。」
少女は淡々と、今のアシャトの状況を、そのピースを明かしていく。
「それだけの力を、裸の王様が持っている。脅威。」
「ならば、ここで討った方がよいのでは?」
「無理。『将像』の身体強化は1.5倍。一騎打ちなら、相性が悪い。」
軍で打ち払うという思考は、そもそも出なかった。俺も、彼らも気付いているのだ。特に精兵ではない盗賊たちでは、数で勝ったところで俺達には勝てないということに。
『将像』の性能は、その配下の部隊の基礎能力の上昇。『連像』『大像』『騎像』『車像』他あらゆる指揮官系の『像』たちに共通する能力であるが、その倍率は『将像』が一番高い。
将は個人の戦闘能力より、軍の統率能力を求められる。それがゆえに、ディア曰く「個人身体能力倍率1.5倍、配下身体能力2倍」が基礎らしい。
しかし、いくら身体能力が高くともそこに技術が伴わなければ意味がなく。
「なら、帰るか。」
「ん、跳ぶ。」
気付けば、ドラゴーニャ王国の二人組はその地から去っていた。俺という「ペガシャール王国の王」の素質をしっかりと見極めて。
それと同時に、アシャトは余儀なくされた。これから、ペガシャール王国の王として、堂々と宣言し、戦っていくことを……。
ソウカク山の盗賊は、ドラゴーニャ王国の将たちが去った瞬間に降伏した。リーダーがおらず、そもそも敵は正式な『王像』に選ばれた王。
勝てる道理がないと、判断してしまったのだ。
「これより、フィシオ砦に撤退する!」
アシャトの宣言とともに、兵士たちは撤退を始める。
アファール=ユニク義勇軍改めペガシャール王国王像軍。フィシオ砦に入っている兵士を含めて、総兵士数は降伏した盗賊たちも合わせ、4000を超えないほど。
あまりに頼りない門出に、それでもアシャトは、やっていこうという覚悟が出来上がっていた。
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