15.ヒトカク山掃討戦

「確かだな、それは?」

「はい。ゴデス首領は、義勇軍第六隊隊長アシャト=スレイプニルと名乗る男に首を落とされました。」

第六隊隊長なら、腕で入った人物かもしれない。貴族、というわけでもないだろう。

「それと、一つ、気になることが……。」

「気になること、だと?」

驚いて彼を見る。斥候として放ち、最後まで戦闘を見続けた彼は、だからこそ最も持つ情報量が多い。

「はい。アシャト=スレイプニルは、ペガサスに騎乗しておりました。」

その言葉を聞いて、俺は少し首を傾げた。

「ペガサスだと?義勇軍にか?」

「は。義勇軍に、です。」

過剰な投資だ。貴族が直々に連れてきたわけでないなら、支給品、あるいはどこかからの支援。

 しかし、貴族ならばソウカク山へ行った貴族軍に編成されているはずだ。

「待て、第六隊といったな……隊長はアシャト=スレイプニルで間違いないが、副隊長がディール=アファール=ユニク=ペガサシアだったはず。」

この義勇軍を出しているのはアファール=ユニク子爵だ。その長男が、あくまで配下として取り扱われる。

「聞いたことがある。確か、『エドラ=オロバス=フェニス=ペガサシア』の系譜に、スレイプニルというのがいたはずだ。」

ペガサシア王国貴族の教育としては、廃れてしまった、王位継承権を持つ家系の暗記。クリス=ポタルゴスは、そのすべてを暗記していた。

 それと、ペガサスという存在、最近立ち上がった光の柱、ディールを部下にするという暴挙が、アシャトの存在についてのおぼろげな影を結ぶ。

「……全軍!今すぐ馬に乗れ!攻めるぞ!」

しかし、その重要な情報を前にしても、俺はやるべきことを過つわけにはいかなかった。俺は残る300人の義賊の命を背負っている。

「我らこれより、世直しの戦に打って出る!決して私利私欲のために戦うな!」

それを良しとしなかったゴデスは死んだ。この山のなかに、俺の敵はもういない。

「行くぞ!」

敵はもう、安心して眠っているはずだ。まさか、第二波の夜襲があるとは考えないだろう。

 山の麓に着いた頃に馬から降りて、三手に別れて敵陣へ向けて駆ける。

 鎧はなく、馬もなく。剣しかない俺たちは、敵にその姿を悟られるような物音を立てずに敵陣の前へと近づいていく。

「銅鑼を。」

分厚く布でくるんだ銅鑼を、同朋に鳴らさせる。ただ一度鳴らされたその音が、夜襲を仕掛けるその合図。

 寒空の中、静寂を破るようにうち鳴らされた銅鑼の音。同時に俺達は、柵を蹴って敵陣深く潜り込んだ。

 眠そうな目を瞬かせた哨戒の兵を切り捨てる。慌てて注進に行こうとする兵の脚を斬りとばす。

 敵の迎撃体制が、気づけば整い始めていた。俺の率いる100名が斬り捨てた敵はざっと50。思ったよりも抵抗が激しく、俺達の襲撃に対する反応が早く、そして一兵一兵の練度が高かった。

 正直、予想外もいいところだった、という感じだ。あるいは、敵ながら天晴れ、か。

 目配せをして、銅鑼を持つ兵士に三度、銅鑼を鳴らさせる。同時に全員で撤退開始を始めた。

「散々やってくれたじゃありませんか。」

声をした方を振り返る。長い髪、とんでもない美貌。美少女と呼ぶべき見覚えのある少女が、槍を構えてそこに立っていた。

「撤退を続けろ。」

一人しかいないことを見てとって、仲間たちに号令する。俺の額には少しだけ、脂汗が浮いていることだろう。

 きっと彼女と戦って、無事ではいられない。その槍は正確に、俺の命を摘み取ろうと狙ってくるだろう。一対一では、逃げる余裕がないかもしれない。

 しかし、部下と共には戦えない。彼女と渡り合えない。どころか、邪魔になってしまう。

「ヒトカク山義勇軍副頭領、クリス=ポタルゴス。」

「義勇軍第六隊アシャト麾下、アメリア=アファール=ユニク=ペガサシアよ。」

「「参る!!」」

名乗りを上げて、ククリ刀を握る。そっと背中に手を伸ばし、自分よりも一回りも大きい棒に手を伸ばす。

 オーダーメイドで得たそれを引き抜き、アメリアの槍と打ち合わせた直後に一歩飛び退る。ククリ刀を棒先にくっつけるだけの余裕が得られるか。不可能だと即座に判断した。

「あなたは鎌使いだと聞いていましたが……棒、ですか?」

遠慮なく俺の命を刈り取れるだけの突きを放ちながらも、話すだけの余裕がある、ように見える。しかし、実態はそうではないことに、俺は気づいていた。どうやら、俺に勝つ道筋が見えずに四苦八苦しているらしい。

「棒術という概念はこの国にはないからな、知らなくても仕方はない。」

ヒュドラの国には、棒術がある。あの国の価値観が俺には理解できず、だからこそ俺はあの国から逃げてきた。

「はぁ!」

力に任せて棒を振る。彼女は槍術六段階格の将である。しかし、実際は六段階格の上、七段階格にまで届くかというところ。しかし、それでは俺には敵わない。

「鎌にさせておくのだったな……棒術の俺は、お前よりも強い。」

しかし、それでも勝つには至らない。そろそろ敵が、俺の姿を見つけることだろう。そして、背中を見せた瞬間、俺は殺される。

「さて、どうしたものか。」

「……いいでしょう、行きなさい。」

驚くことに、アメリア自身がそう申し出た。

「いいのか?」

「アシャト様の言いつけです。あなたを今、殺す気はない。」

それは、やはり。アシャトとやらが、アメリアが様をつけるほどの格上の存在で、この俺の命を左右しうる権限を持っているということ。

「『ペガサスの王像』。あれに選ばれたのは、スレイプニルの直系か。」

気付いているぞ。そうアメリアに言い残して、俺は背を向けた。

 油断なく背後の気配を探り、いつでも振り返ることが出来るようにしつつも二歩、三歩と歩を進める。

 さて、俺を配下にしたいと望む彼に対して、俺はどう勝ち、どう負けるべきか。

 彼の体面と自分の有用さの売り方を考えなければならなくなった俺は、少し痛む頭に手を添え、部下たちの方へと駆け出した。




 翌日、俺の捨てた陣地に義勇軍が入った。ほんの百メートルの斜面を挟んで、俺と義勇軍が睨み合う。

「いいか!この地は我々の家だ!家で侵入者に負けてはならない!」

俺は叫びをあげる。最終的には負けなければならない。しかも、両軍の被害を極力抑えた状態で、だ。おそらく、その方法が唯一、俺が、そして背負った部下たちの命が、最も救われる方法だろう。

 まずは勝つ。次に負ける。それが痛み分けに終わらせる方法だということはわかる。

「夜襲の次は、正攻法で行く……この坂を駆け降りるぞ!」

指示を出し、馬に乗せる。仲間たちは一晩寝たおかげか。すっかり元気な顔をして準備をしていた。

「敵の護りはおそらく堅い!しかし、我らには勢いがある!行くぞ!」

敵騎兵には勢いはなく、俺たちの騎兵にはある。敵には数の利こそあれ、地形の利はない。昨日二度の夜襲で溜まった疲れの取れた様子もない。

 敵との数の差はおよそ4倍。しかし、おそらくその程度の差であれば出し抜くことが出来るはずだ。

「かかれ!!」

駆け抜ける。駆け落ちる。山の上に陣取った俺たちの利は、その高低差のみ。

「来ると思ったぜ!」

大男が、敵陣の中から飛び出し、最初の一人を槍で突き殺した。

「怯むな!あれは無視してかかれ!」

あれは、ディールだ。この国で最強の名を欲しいままにできる、有数の戦士だ。

「陣に飛び込め、乱戦に持ち込め!それだけが、俺たちの勝利の道だ!」

叫びながら、真っ先に敵陣の中に飛び込む。整っている迎撃態勢を勢いで引き潰し、棒を振るって敵を倒していく。

 なるべく殺しはせず、気絶に留めるように棒を振るった。殺したくないとき、刃のない棒は非常に扱いやすい。同時に鈍器でもあるから、衝撃だけで人を殺すことも十分に可能なのだ。

「お前がクリスとやらか!よくも俺らの部下を!」

傭兵らしき男。砦の中に侵入していた時に、こいつの顔、名前、すべてを記憶してきた。

「お前では俺に勝てんよ、ペディア=ディーノス!お前は勇者ではなく、将軍の器だ!」

棒を振るう。ペディアは、俺が棒を振るうとみて槌を持ちだしてきていた。わざわざ鈍器を持ってくるとはどういうことか。風の抵抗が少ない棒の方が、槌より早く、ペディアの体にぶつかるというのに。

「“身体強化”!」

後方で心地いい声がした。男、しかも、若い。ペガサスに乗っている。

「あれが、アシャト……今代の『ペガサスの王』か。」

よそ見をしていたからか、棒と槌が打ち合う。上げられた身体能力のおかげで、槌を使う彼の動きが棒を操る俺の動きについてこれていた。

「チ、折れないのか。」

「折れるか。お前は、鋼鉄製の棒を曲げようとしているのだぞ?」

無理に決まってるだろう。そうは言わない。言っても躍起になってかかってくるだけだ。

「撤退!撤退しろ!」

声を響かせて、仲間たちに撤退命令を出す。これで、今回は俺の勝ち。昨日ゴデスの失策で持っていかれた仲間たちの分くらいは、この二回で削ることが出来ただろう。

「とでも考えているんだろうな、お前は。クリス=ポタルゴス。」

坂を駆け上がる途中でそう声をかけてきたのは、アメリアに勝るとも劣らない美貌を持つ、槍を抱えた、敵対してはいけないとわかってしまう女だった。




   ~エルフィール視点~

 アシャトも、俺も、ペディアも。二度目の夜襲があるとは思わず、目を見開いた。被害はそれほどに大きくはないが、同時に大きな被害もあった。主に、兵士たちの士気の問題だ。

 初戦で勝って気分が上がっていただけに、夜襲で戦友が殺されたことにさらに士気を落としたらしい。

「今回死んだ兵たちにはすまないことをした。敵の奇襲を見抜けなかった俺の責任だ、謝罪する。」

アシャトはまず、兵士たちの前で謝罪した。王は簡単に頭を下げてはならない。しかし、貴族の持つ価値観と農民が持つ価値観は違う。兵士もまた然り。きちんと謝罪をしたアシャトに、兵士たちからの人望は上がった。

「次の戦で、勝ちを掴む。……もう一度、付き合ってくれ。」

アシャトの呟きは、俺たちの耳にも心地よく聞こえる。人間として、王として。人の心を掴むという才能はしっかりと持っている。おそらく、俺に匹敵するくらい。

「で、どうやって勝つ気だ?」

俺達ほどの人間がいながら、そのすべての予想を超えてきた。ならば、勝つのは簡単ではないはずだ。

「アメリア、クリスは俺の正体に気付いたんだな?」

「はい。間違いなく、気付いていました。」

少しだけ、目をつぶった。アメリアを見ると、嘘を言っている眼はしていない。ということは、だ。アシャトが考えていることは、俺も考えつく。

「俺たちの狙いにも気がついたかもしれない、か?」

「いや、おそらく、気付いている。撤退時の背中がそう物語っていた。」

「見ていたのですか?」

「いや、背中だけだ。」

危ないでしょう、と呟く彼女を見やり、忠臣だな、と他人事のように思う。

「王には人を見る目が必要だ。つまり、人を見なくては始まらない。」

俺は彼女に言いながらも、思う。俺とアシャト。二人とも、王としての才は同格ならば、並び立てばどうなるのだろうか。

 内乱のもとだな、とその想いを断ち切る。そしてそっとアシャトを見て、驚いた。

 笑っている。ディールの方を見て、それから俺の方を見て。

「そろそろ手を組んでもいいとは思いないか、エルフィ?」

同格として、俺に提携を求めてきた。

「いいな。お前の王の才は十分に伝わったよ。あとは、俺の夢を託すだけだ。」

「それなんだがな。」

アシャトは悩むように頭に手をやって、ディアを見た。

「エルフィが俺の次の王候補になる方法はないのか、ディア?」

「え、レッドとやらを殺す以外にかい?簡単だよ、君が後継者指名すればいい。」

それほどに差のない二人であるからこその手段が通用するのだと、ディアは言った。

「あと一つ。君がエルフィールと婚約すればいいんだよ。」

俺とアシャトが目を交わす。

「……とりあえず、どうしてそんなことを?」

「危ないのはわかるが、今それをやめるわけにはいかないからな。」

死ぬ恐れがあっても仕方がない。そうアシャトは言っているのだ。

「殺させねぇよ。」

自然と、俺の口から出ていた。アシャトは、まだ、誰にも殺させない。

「任せろ。俺もディールも、並以上程度の奴じゃ越えられない。絶対お前を守ってやる。」

「その二人を前線に出そうとしていても、か?」

やはり、そういう懸念か。俺もディールも、強い。強いからこそ、前線に出すのが有効打なのだ。

「安心してください、アシャト様。あなたが死ねば、我々は負けです。必ず、護ります。」

アメリアが言い、俺たちは全員が頷いた。

「なら、作戦を伝える。」

そして、ディールが前に出た。敵が深くに入り込み、ペディアとアシャトが後方へ引き、アテリオがアシャトを守って、アメリアと俺が後方を塞ぐ。

 アシャトは言った。

「最初は負ける。最後に勝つ。この流れは変わらない。が、それが一つの戦の中でないというルールはない。」

次の一戦で勝つ。その宣言は、守るつもりらしい。


「止めておけ、クリス。お前じゃ俺には勝てねぇよ。」

棒術というのは、未知である。だが、何であろうと関係ない。

「お前はおそらく、七段階格の戦士だろうが……七段階格の力では、八段階格には勝てはしない。お前たちの軍も、義勇軍が包囲した。もう勝ち目はない。降伏しろ、クリス=ポタルゴス。」

アシャトは、俺たちを的確に運用した。ペガサスの王に必要な能力だ。

「……ああ、無理だ、これ。」

周りを見回したクリスはポツリと呟くと……

「降伏する。」

清々しい笑顔で、やり切ったという様にそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る