結末

第73話 結末

「起きたか……」 


 廃病院の中庭の仮設ベッドの上で誠は目を覚ました。時々誠の視界を赤い回転灯が照らす。すでに東都警察、司法局実働部隊警備部は到着しているようで捜査官や武装した警備部員が慌ただしく行き来するのが気配で感じられた。


「やはり北川とかは……?」 


「逃げられちゃったわよ。まああちらとしたら無理をしてうちとやり合うつもりは端から無かったんでしょうけどね。機会さえあれば確保したかったというくらいのところだったんじゃないの?今回は」 


 アメリアが心配そうに毛布に包まれた誠を眺めている。


「やはり本気じゃ無かったんですね……僕がそんなに活躍できるわけ無いですからね……そう言えば西園寺さんは?」 


「ああ、西園寺はそのまま義体の交換だそうだ。右腕は完全破損。腹部の人工消化器系も復旧不可能。ラボでの完全交換になる」 


「工場で修理。まるでおもちゃみたいね……まあ私達も工場生まれ。お似合いの捜査チームだったってわけね」 


 カウラの冷静な声とアメリアのいつもの自嘲に誠は少しばかり安心して周りを眺めた。深夜の闇に廃病院の影が不気味に照らし出されて浮き上がって見える。先ほどまであの中で命のやりとりをしていた。そんな事実がまるで夢だったようにその黒い塊は静かに照明の中で佇んでいた。


「これで終りですね」 


「そうなのか?」 


 浮かない顔のカウラに誠は少し首をひねっていた。


「法術の可能性が示されたんだ。今回の件で少なくとも東和では確実に今までは任意だった法術適性検査が強制になるだろうな。他の同盟諸国で任意制をとっている大麗、西モスレムも同調するだろう。場合によっては他の植民星系国家や地球にも影響を与えることにもなりかねない……私達にとってはこれで終わりだが、多くの人にとってはこれからが始まりなんだ。ちょうどお前が半年前甲武の叛乱艦隊に対して法術を使用したときと同じ状況だ」


 カウラは唇を噛みしめつつつぶやく。そんなカウラに近くを通った警備部員から受け取ったコーヒーを差し出すアメリア。その目もいつものふざけた調子は消えていた。 


「全く……誠ちゃんも因果な星の下に生まれたものね。そうして人類は未知の能力者の存在に怯えて憎しみの中でのたうち回ることになる。別に力を欲しくてそう生まれたわけでも無いと言うのに力があるだけで憎まれ、力があるために憎む。今回の水島も連行する最中に散々誠ちゃんの悪口を喋り続けていたわよ。俺が犯罪者になったのは神前誠と言う化け物が勝手に力を使ったからだって……まあ拳銃強盗が銃の発明者を恨むような話だから気にすること無いわよ」


 アメリアが力なく笑うのが見えた。誠はそれを見ながら上体を起こした。そして自分の枕元に剣が一振り置かれているのに気がついた。誠の意志に答えた『バカブの剣』。


「これ……僕が呼んだんですよね?」 


「呼んだのか?まあ……そうかもしれないな」 


「それだけの力がオメエさんにはあるんだよ」 


 そこに突然現れた長身の男。カウラが敬礼していることからそれが司法局実働部隊隊長嵯峨惟基特務大佐であることが分かった。


「隊長……」 


「いいよ寝ておけ。まあ……オメエさんが仕留めた義体だが……元アメリカ軍の兵隊さんだそうな。東和警察が手を出そうとするのを外交官特権で持って行きやがった……まあちんけな悪党一人のために外交問題を引き起こしても損なだけだから俺も黙っていたけどさ」 


「元?」 


 嵯峨は口にタバコを咥えてつぶやく。その言葉に誠は不思議そうに首をひねった。


「どう見ても最新鋭の義体ですよ。元というのは……個人でどうこうできる代物じゃ……」 


「カウラも脇が見えてきてるじゃねえか。偽装だな。まあ突っ込んで調べてみるのもできなくは無いが……どうせ二等書記官クラスが左遷されて終わり程度の話にしかならんだろう。俺は動くのもばかばかしいから豊川署の署長には俺がそう言ってたと言うのを上に伝えておいてくれと言ったがね」 


 そう言って嵯峨は力なく笑う。誠はそんな自分の無力さを部下に吐露する嵯峨を初めて見た。カウラも、コーヒーに口を付けているアメリアもその表情は冴えない。


「そんなにがっかりするなよ。確かに状況証拠はどう見ても水島を囲ってたのは米軍だって事を示している。すでにべらべら自供を始めている水島もアメリカ連絡事務所の関係者の餓鬼から勧誘を受けていたとか訳の分からないこと抜かしてやがる。だがね。こちらとしても公にそのことを言うわけには行かない事情がある。ベルルカンの失敗国家で同盟成立以来三件、これから予定されているだけでも二件の選挙が行なわれる。失敗国家の選挙管理なんて言うのはどこでも非常にデリケートな問題だ。民間、政府機関のどちらにおいてもアメリカさんのお手を煩わせているのも事実だし、もしアメリカがその選挙を遼州同盟が仕組んだ茶番だと騒ぎ始めれば一気に地球と遼州の関係は前の大戦の直前並みに悪化することも考えられる。外交問題にして得することは俺達には何も無いんだ」 


 それだけ言うと嵯峨はそのまま病院の建物へと歩き出した。誠はベッドに横たわりながら両の手を握りしめていた。目を向ければカウラも顔に出さないが嵯峨の言い方にはかなり腹を立てているように見えた。


「気持ちは分かるけど現実はそういう事。今回はかなめちゃんは正体不明のテロリストに蜂の巣にされたと言うことで終りよ。それ以上は考えても無駄だし、考えない方がましだわね」 


 誠にはアメリアの言葉が冷たく感じられた。ただし嵯峨の言うとおりこの惑星遼州の南方に浮かぶベルルカン大陸の混乱収拾が同盟には不可欠な政治上の問題であることは誠にもよく分かる。ただ分かるがあれほどにかなめを痛めつけた相手を正体不明の死体一つを残して解決しようとする嵯峨の言葉には納得できないでいた。


「お前も不満か?」 


 突然頭の後ろから声をかけられてびくりと誠は振り返った。


「ベルガー大尉……驚かせないでくださいよ」 


「驚かせたつもりは無いがな。とりあえず体を休めつつ腹の中で怒っておけ。それと西園寺だがすでに義体の予備があったそうだから再調整を二日くらいすれば原隊復帰ができるそうだ……アイツのことだまた机の二つや三つぶち壊すだろうが今回は私もつきあいで始末書でも書くつもりで壊すかな」 


「カウラちゃんまで馬鹿言わないでよ。それにしてもあの馬鹿みたいに高い義体に予備?さすがお姫様は違うわね」 


 アメリアがからかうように叫ぶ。もしこの場にかなめがいれば蹴りの二三発は飛んでいたと想像して誠が笑い始めたときだった。


『何がおかしいんだ?神前』 


 突然誠の右腕の携帯端末がしゃべりだした。そしてその声は明らかにかなめのものだった。


「西園寺さんですか?」 


『他の誰が今の会話に突っ込みをいれるんだ?』


 不機嫌そうなかなめの声に誠は頭をかく。それを見てにやりと笑うアメリア。カウラは面倒に関わるのはごめんだと言うようにそのまま近くのパトロールカーの回りに群がる捜査関係者の方へと歩き出してしまった。


「身動きとれずにじっとしている気分はどう?」 


『アメリア……あさっては覚えてろよ』


 誠の端末から響く声に誠とアメリアは目を見合わせて笑っていた。


「とりあえず終わったんだ……」 


 事態の中途半端な収拾は腹に据えかねたがただとりあえずの決着を見たことに対する安心感が誠を包み込んでいた。そして睡魔が再び誠を静かな眠りへと導いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る