傍観者

第40話 悪党

「隊長は悪人だな……」 


 早朝、まだ部隊には人影は少ない。そんな中『ゴミ屋敷』の異名のある司法局実働部隊隊長室で通信端末の電源を切る嵯峨惟基の姿があった。それを横目で見ながら機動部隊隊長であるクバルカ・ラン中佐のにやけた顔がある。


「まあな。あいつ等も少しは成長してもらわにゃならねえよ。特に神前には期待してるんだけどね。アイツは意外と伸びるよ……まあ使い物になるのは五年先か……十年先か……」 


「ずいぶんと気長だな」 


 そう言いながらランは手元で器用に作っていたココアの中にお湯を注ぐ。ミルク無しでは飲みたくないと言うように嵯峨はランが入れてあげたカップから目をそむけて立ち上がった。


「気長にもなるもんだぜ。俺の本音じゃまだまだアイツ等の成長は遅すぎるよ。これじゃあ百年経ってもおむつのまんまだ」 


 嵯峨が伸びをするのを見ながらランはぬる目のお湯でココアを溶いたものを口に含んだ。


「美味くないだろ?」 


「ええ、まあ」 


 咳き込みながらつぶやくランをにんまりと笑いながら嵯峨は眺めていた。


「ですが本当にゲルパルトのネオナチや『廃帝』は動かないのか?」 


 ランの問いにしばらく考えた後嵯峨は椅子に腰掛けて目をつぶって腕組みをした。


「ナチの連中については現在数名の法術師を抱えてその調整にてんてこ舞いだと言う情報があってね。それを考えれば元々遼州人を信用しない連中のことだ。手を出す可能性は少ないな。それに対して『廃帝ハド』の配下は法術師集団だ。人に自分の力を使われるのは面白い話じゃないだろ?動くとしても自分の力を完全制御可能なクラスだ。そうは数を揃えられないさ」


 そう言うと口寂しいのかそれまで無視していたランの入れたカップに手を伸ばした。すぐに顔を顰める嵯峨。その表情が面白くなってついランは吹き出していた。 


「っふ!っと……冗談はこれくらいにしてと。それにしてもずいぶん楽観的な話だな。ネオナチの連中の場合は好き嫌いの問題でしょ?アイツ等だって情勢分析ぐらいしてるんじゃねーのか?それこそ隊長のゲルパルト観がにじみ出てんよ。いつも情緒で政治を語るのは最悪の馬鹿野郎と言っている口から希望的な観測が聞けるとは……こりゃあ傑作だ」 


 そんなランの皮肉に嵯峨は苦笑いで答える。


「俺だって連中が介入しない確証は欲しいんだけど……それほどはっきりと動きを見せてくれるほど甘い連中じゃないしな。そして俺は地球勢力については何も言ってないぜ」 


 嵯峨はそう言いながらゆっくりと二杯目のココアを口に含むランを見つめていた。


「隊長、飲みたいんですか?」 


 ランの問いに嵯峨は大きくうなづいた。


「飲ませて」 


「じゃあさっきまでみたいなひどい顔はすんじゃねーよ」 


 ランはそう言うと渋々嵯峨が差し出すカップを受け取った。


「地球勢力の動きは……あるんだか……ないんだか……」 


 カップに注がれるお湯を見ながらつぶやく嵯峨の表情。それはただ先ほどのココアの何かが欠けた味を反芻しているように歪んでいた。


「国内の主義主張のある連中の公然組織に動きがないのは確かだけどよー……裏では相当動いているんじゃねーの?」 


「当然だろ?連中も慈善事業じゃ無いんだから」 


 嵯峨はランからカップを受け取ると静かにお湯をすする。そして再び顔を顰める。


「地元の利のある神前等だって今回の犯人の目星がついちゃいないんだ。もし今回の犯人がいたずらをしようとする現場に出くわしでもしない限り神前達の方が先に犯人に巡り会うことになるさ」 


 そう言いながらさすがにしばらく休むというようにカップを遠くに置く嵯峨。目を何度もパチパチと動かし。ただ黙ってランを見つめている。ランはと言えばようやく口に慣れてきたココアをゆっくりと啜っていた。


「ああ、それにだ」 


 嵯峨は気がついたように自分の金属粉で覆われた机の上に汚れるのもかまわず身を乗り出してきた。


「なにかあるんですか?」 


「接触ができたところで法術師を山ほど抱えている『廃帝』と法術研究に一日の長のあるアメリカさん以外はそう簡単には手を組まないさ」 


 確信があるという嵯峨の目。ランは首をかしげつつ、それまでになく目を輝かせている自分の情感を見つめた。


「何か理由でもあるんですか?」


「法術師の力を操る化け物が相手だ。相当の手練れが動くならそいつは自分の能力を組織で高く評価させるためにすぐには実力行使には出ない。もしその時返り討ちに遭えば自分の評価ががた落ちになるからな」 


 満足そうな嵯峨の顔を見てランは大きくため息をついた。


「じゃあそんなことを考えない馬鹿が動いたときは?」 


「なんでそんな馬鹿の心配を俺がしなきゃならねえんだよ。そんな奴は返り討ちに遭うか、驚いた犯人が大暴れして嫌でも俺達の出番になるさ」 


 嵯峨の口元にはいつもの騒動を待ち望むときの悪い笑みが浮かんでいた。


「相変わらずやり方が汚ねーな」


 ランのあきらめたような言葉に嵯峨はうっすら笑みを浮かべた。


「誉め言葉と受け取っとくよ。それが俺の売りでね」


 そんな嵯峨の言葉にランは大きくため息をついた。

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