第31話 現場

 誠達が到着した時はすでに現場は所轄の警察が縄張りして捜査を開始しているところだった。昼下がりの地方のターミナル駅での怪事件。すでに人だかりができていて誠達が現場にたどり着くまでに何度と無く恐怖と好奇心を顔一杯に浮かべた人々の波を潜り抜けてきた。


「よう、遅えじゃねえか」 


 すでに到着していたかなめがそう言うと雨に濡れながらロープをくぐってきた誠達に呟く。あと三十メートル行けば東口駅の庇の下に入るような駅前の広場の一角。それを取り巻く野次馬達は傘の下から好奇の目を誠達に投げつけてきていた。


「駅前だ。渋滞もそれなりにあったしな……そう言えば、アメリアはどうした」 


「ああ、アイツなら車だよ。なんでも調べ物があるんだと」 


 かなめは東都警察の制服の上のコートからタバコを取り出す。しかしすぐに捜査官と周りの『市民』達の目に気が付いて仕方が無いと言うようにそのまま仕舞いこむ。


 目撃者の一人らしいコンビニの店員の制服を着ている男に捜査官が傘の下で話しを聞いていた。カウラはそれに加わるつもりで歩き出すがその手をラーナが押さえた。


 振り向くカウラ。首を振るラーナ。所詮は部外者。その事実が誠達を包む。


「アタシが行ってくるっす」 


 そう言い切るとラーナは尋問中の青い傘の方ではなく、駅の庇の方へと歩き出した。見れば何度か豊川署の廊下ですれ違った覚えのある『係長 』とか呼ばれていた刑事が制服を着た捜査員からの話を黙って聞いている姿があった。


「なんでも突然銀色の板みたいなものが現れたと思うとそのまますごい勢いで移動を始めて、気づいたら大学生のあんちゃんの腕がもげてたそうだ。さっき連れて行かれた掃除のおばちゃんが言ってたよ。あれだな……そのおばちゃんが今回利用されたみたいだな」 


 そう言うとかなめは駅の入り口近くの公衆便所を指差した。鑑識が流れて広がろうとする血液を必死に集めている地点からはおよそ二十メートル。


 その距離を目算で測りながら機が付いたようにカウラが口を開いた。


「被害者に法術適正は?」 


 カウラがそう言った所で髪に合わせたような濃紺の傘を差したアメリアが渋い表情で登場した。


「被害者は宮野信二。二十二歳大学生。法術適正は無し……これ以降は後で教えるだって」 


「つまり自作自演は無し。完全な他者による傷害事件なわけだな」 


 そう言うと誠達は駅の庇の下に眼をやった。『係長』に頭を何度か下げるラーナ。『係長』もあまりに下手に出る若いラーナに気が引けるのか苦笑いを浮かべながら二人は話し込んでいた。


 何もすることが無い誠達。彼等がラーナを見つめているとようやく『係長』もラーナに合わせるように頭を下げ脇で話しを聞いていた制服を着た部下と何かを話しながらそのまま公衆便所の前で地面にはいつくばっている鑑識に向けて歩き出した。


 誠達に近づいてくるラーナは少しばかり収穫があったというような笑顔を浮かべていた。


「すいやせん、やっぱ例の他人の法術を操作する法術師の犯行って豊川署は見てるみたいっすね。こっちも資料が欲しいと言ったら近隣のアストラルゲージのデータを本部に転送するってことになったっす」 


 ラーナはそう言うとそのままカウラが車を止めた駅前ターミナルに向けて歩き始める。


「おいおい、もうお帰りか?何しにきたんだよ、アタシ等は」 


 そんなかなめの皮肉にすぐに振り返りむっとした表情を浮かべてラーナは立ち入り禁止のテープの前で立ち止まった。だが相手がかなめだけに下手に言ってもごねるだけとわかって少し言葉を選びながら話し始めた。


「繁華街でのアストラルゲージ設置の話は知ってますか?」


 ラーナの腫れ物に触れるような態度が気に食わないのか、かなめはざわざわ騒ぐ野次馬達に威嚇するような視線を何度か送ったりしながら立ち尽くしていた。


「西園寺!」 


 カウラが急かすとようやくかなめが俯きながら言葉をつむぐ。 


「知ってるよ。法術の違法使用を防ぐ目的であっという間に広がったからな。元々民間企業にまで法術の噂が広がってたとか言ってマスコミが大騒ぎしたあれだろ?」 


「そのあれっす」 


 そう言うとラーナは街灯を指差す。LEDの電灯の下に小さな見慣れない箱が誠にも見えた。


「この反応のデータを転送するならわざわざこんなところに来なくても……」 


「西園寺大尉。捜査の基本は現場を見ることっすよ。これは覚えといてくださいよ。やっぱ全般的に……」 


「分かったよ!つまりアタシ等にここを見せたかったんだろ?雨がきついんだから帰るぞ」 


 そう言うとまだ不満そうにかなめは立ち入り禁止のロープをくぐる。野次馬達もその剣幕に押されて遠慮がちに彼女のための道を作った。アメリアも同じく納得できないと言う表情でそのままかなめについていく。


 集まる群衆にパニックが始まるのを予防するべく、警防を振って通行人を隣の中央口に誘導する警察官の姿が見える。誠は周りを見ると自分達が何とか雑踏から脱出できたことを確認した。

 雨は強くなる。すでに三人とも胸の辺りまで冷たい水が染み込んできていた。


「もしかして僕が来るのが重要だったんじゃないですか?」 


 そのまま急ぎ足で駅前ターミナルに並んでいる警察車両を見回しているカウラの後ろで誠が呟いた。肩の水滴を払っていたラーナは驚いたような表情で彼を見上げていた。


「法術使用の場合、アストラル系の変動の残滓が残るらしいからな。神前ならそれを見分けられると踏んだのか。見たところ無駄だったようだが」


 自分の車を見つけたカウラはそれだけ言うとそのまま車に向けて走り出した。誠とラーナも遅れまいとその後に続く。


 カウラの車にはそれを不審がる警官が一人張り付いていた。スポーツカーに誠達、東都警察の制服を着た人間が乗り込むのを見ると、彼は合点が行ったというようにそのまま路線バスの通行の妨げになっているテレビ局のマイクロバスの運転席めがけて走り始めた。


 低い車高の車に誠達は体を押し込んだ。しばらくホッとして濡れた上着をどうするかというように顔を見合わせた後、ラーナはシートベルトに手を伸ばした。


「鋭いっすね。今回は一人の人間が重傷を負う事態になっちゃいましたから。これまでより大きな精神波動があったって予想したんすよ。で、もしかしたら波動の残滓が残ってんじゃないかと思って……最低でも能力発動を引き起こした人物の思考特性の特定くらいはできるかなあと思っったんす……」 


「なら無駄にならないように神前の感想を聞こうか」


 エンジンをかけたカウラが誠を振り向く。 


「特に……すいません。役に立たなくて」 


 体を折り曲げながら狭い後部座席で呟く誠の言葉。ラーナは少しばかり残念そうに頷くとそのまま正面に点滅するパトカーのテールランプに目をやる。


「気にすることは無いっすよ。これまでは人的被害が無かったと言うことは元々犯人はそう言うことを望んでいる人間では無いらしいって思ってたんすが……そうでも無いみたいっすね。これが分かったことでさらに犯人像が出来上がってきったっす」 


 自分に言い聞かせるように呟くラーナを思いやるような視線で見つめたカウラ。車はそのままロータリーを出て豊川署への道を走り始めた。

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