第23話 不動産屋
「客だ!話があるから出てけ!」
男の言葉に若い衆は男に続いてくる東都警察の制服を着た誠達を不審そうな目で眺めながら奥の部屋へと消えていった。そしてそのまま誠達は応接室のようなところに通された。誠は贅を尽くした部屋の調度品に目を奪われた。社長の机の後ろには金の額縁に古そうな書が入っている。その手前にはなぜかその書を邪魔するように日本刀が飾られている。両隣の壁は高級そうな木製の棚になっており、中にはこれも磨きぬかれたのが良く分かるグラスや誠が見たことも無いような高そうな洋酒が並んでいるのが見えた。
「おい、儲かるんだなあ……不動産屋は」
かなめの嫌味にただ乾いた笑いを浮かべながら男はソファーに腰掛けた。
「ああ、お嬢と……連れの方」
男は手でソファーに座るように合図する。にんまりと笑ったかなめはそのまま中央にどっかりと腰を下ろした。
「忙しい中来てやったんだ。茶ぐらい出せよ」
「わ……わかりました」
そう言うと男は振り返り大きすぎる社長の机の上のボタンを押した。
「お前さんなら聞いたことはあるんじゃないか?噂じゃあ法術師適正のある人に部屋を貸すのを拒否している業者があるそうじゃないか」
かなめは悠然とタバコを取り出す。カウラとアメリアが嫌な顔をするが男は気を利かせたように応接セットの大きなライターに火をつけてかなめに差しだす
「ああ……この業界もいろんな人がいますからねえ」
「どう見てもやくざに見える人とか?」
アメリアの皮肉に男の米神がぴくりと動いた。
「なあに。私達は書類上は法令通りの商売をしている善良な市民に迷惑をかけることはしないわよ……ねえ、かなめちゃん」
「そうだな。それは別の部署のお仕事……それでだ」
曖昧な相槌の後でかなめは手持ちの端末をテーブルに置いた。そして画面を起動させるとそこには豊川市内の不動産業者の一覧が表示された。
「豊川はなんと言っても菱川系企業のお膝元だからな。不動産屋も系列が多い。そしてなぜかここの系列のお店は法術師がお嫌いと見えてアタシの耳にも入居拒否や転居要求の話が届いてきている」
「なんだ……お嬢も知ってるんじゃないですか。大手はそういうところには敏感ですからね。特に菱川は政府とつるんでいるから法術の危険性は熟知しているんでしょう。でも基本的に大手は法術師の入居には寛容な方ですよ。付き合いのある中堅クラスの社長とかは法術師は絶対取り次がないとか言ってたのがいますからむしろ中小の業者の方がハードルは高いと思いますがね……あれですか?法術師の差別の調査をされているとか?」
タバコをふかすかなめがリラックスをしているのを見て男は安心したように笑みを浮かべてそう言った。すぐにかなめの目が殺気を帯びる。余計なことを聞いた。修羅場をくぐったことのあるらしい男はすぐに黙り込んで静かに腕を組んだ。
「お嬢の目的はさて置いて。まあそんな状況ですから……大手に割高な仲介料を払えない連中となると……駅前の三件はかなり法術師にはつらいですからね」
男はそう言うと静かにタバコを取り出した。嫌そうな視線を向けるカウラだが、かなめがそれへのあてつけのように自分のジッポライターを取り出す。
「すいませんね……」
「アタシのこんなサービスはテメエじゃ無理だったろ?うれしいか?」
かなめがかつて甲武陸軍特殊部隊員として東和の沿岸部の租界での非合法物資の取引ルートを巡る利権争い『東都戦争』で潜伏して娼婦として情報収集を行なっていたことを誠にも思い出させた。
「となると……南商店街の二件」
「ああ、そこはうちじゃないですが……堅気じゃない連中が関わってますから」
「おう、参考にするわ」
かなめは男の指定する店にしるしをつける。そしてそのまま画面に映る商店街の店を眺めながらスクロールさせた。
「かなり絞り込めるな……今回の事件の犯人。手口からして素人。そうなるとここみたいな危ない経営者のいるところは避けるだろうから……」
「お嬢。危ないは止めてくださいよ。うちはこれでもまっとうな商売をしているんですから」
淡々と自分を斬って捨てたかなめに泣きを入れると静かにタバコをふかす。
「でも私もそうだけど分かるの?不動産屋のどれが危ないとか、どこが法術師には紹介しないとか」
アメリアの言葉に一瞬かなめの手が止まった。心底呆れたと言う顔。それが今のかなめの顔に貼り付いていた。
「オメエ……この店の経営者がこいつだって分からなかったのか?」
「そういう事がすぐ分かるのは西園寺くらいの経験が必要だろうな」
そう言うとカウラは自分の顔に向けて流れてくるタバコの煙を仰ぐ。そしてかなめはしばらく放心したように黙り込んだ。
「つまり……やっぱり駅前の二件も捜査対象か。まあいいや」
かなめはそう言って頭を掻きながら男を見つめた。
「うちには法術師とわかる客からの物件の紹介はしていませんよ」
少しばかり焦った調子の男。それを見るとかなめは視線を誠に向けた。
「だってよ!良かったなあ、寮があって」
誠はただ訳も分からずうなづいた。そしてかなめのしぐさを見て男の表情が曇るのがすぐに分かった。
「こいつ……いや、この兄さんは法術師?」
誠はおずおずとうなづく。そこには先ほどかなめに向けたのとは別の恐怖の瞳があった。理解できない奇妙な生き物に突然であったとでも言うような目。誠も時々こう言う目に遭遇することがたまにある。法術と言う理解不能な存在が明らかになって生まれた溝をそのたびに誠は実感する。
「そう言う事。それどころかこの『法術』と言う言葉を生んだあの『近藤事件』で暴れまわった奴」
かなめの言葉にさらに男は明らかに緊張していく。それを見ると誠の脳裏に何かが流れ込んできた。恐怖、侮蔑、敵意。それらの感情が目の前の男のものだとすぐに誠には分かってきていた。
「こんなに……」
「どうしたの?誠ちゃん」
アメリアの言葉に自分がしばらく敵意の視線で男を見ていたことに気づいて誠はうつむいた。
「いつも言ってるだろ?下手な力の有無は敵意を生むだけだって……なあ」
かなめの言葉におびえるように男はうなづく。確かにこうしておびえられるに足る力を自分が持っていることを誠も自覚していた。
「でも……お兄さんが顔色変えたくらいじゃ法術師かどうかなんて分かりませんよ。俺だって知らなかったらつい貸しちゃうかも知れないじゃないですか」
「そうか?なんでも一部の同業者が入居の条件に法術適正試験の受験を課しているそうじゃねえか。同業者だろ?知ってるんじゃないか?たとえばさっき言ってた社長とか」
そうかなめに詰め寄られると男はただ静かにうつむいてタバコをくゆらせるほかはなかった。
「……」
男が黙るのを見てかなめの顔はサディスティックな笑みにゆがんだ。その様子はカウラも察したようですばやくかな目の前に手を出してきた。
「安心しな……じゃあどこなら法術師の客を扱うことになる?」
かなめは怒りの前と言うような大きな深呼吸をする。アメリアもいつかなめが暴走しても良いようにと鋭い目つきで彼女を見つめていた。
「駅前の三件は法術師の適性検査の陰性が紹介の条件です。それ以外だと……菱川以外の大手ですがそこも担当によっては大家が法術師嫌いだったりすると適性検査を強要するような話もありますし……」
「結論言えよ」
いらだつかなめ。男はさらにうつむいて話し出す。
「規模の大小に関わらず担当者に恵まれるまで何度も通うしかないんじゃないですか?まあ小さいところは親父一人でしょうからそこは一発で分かるかもしれませんが」
明らかに殺気を帯びているかなめに少し驚きながら男は静かにそう言った。その言葉を聞くとかなめは立ち上がった。
「お嬢……」
「分かった。とりあえずお前が知ってる法術師に部屋を貸しそうな業者のリストをあとでアタシのところまで送れ」
「ホントなの?担当者次第ってことは全然絞られなかったってことよ!かなめちゃん全部見て回る気?それに大手なんかだとプライバシー保護が……」
アメリアが文句をつけるのをタレ目でにらみ付けで黙らせた。
「仕方ねえだろ!足が資本だぜ、捜査ってのは!」
そう言うとかなめはそのまま一人で出て行く。誠は男に頭を下げるとそのままかなめを追った。
「西園寺さん!待って下さいよ!」
誠の言葉を無視してかなめはそのまま階段を駆け下りる。誠は一階のロビーにたどり着くとそのまま全員が立ち上がってかなめを送り出す様に遭遇し違和感を感じながら外に出た。
「畜生!」
かなめが空を見て叫ぶ。
「仕方ないじゃないですか。狙いは良かったんですから……なんなら安そうなアパートを全部回って……」
かなめはキッと誠を振り向いた。明らかに自分に対する怒り。危ない橋をわたっている人間を追い詰めることには慣れてきた自信が有るだけに今回の法術師を紹介する不動産屋を絞り込むと言う策には自信があったのだろう。
「そんな問題じゃねえよ!今でも犯人の野郎はどこかでニヤニヤ笑ってるんだぞ!そう思うと……」
そう言いながらかなめはようやく店から出てきたカウラにドアの鍵を開けるようにと指差した。
「慌ててどうなる」
「悠長にしているほど人間できちゃいねえんでな」
カウラの言葉にかなめは自嘲気味に笑う。
「仕方が無いわね。乗りかけた船だもの。付き合うわよ」
アメリアは助手席のドアを開けながら微笑んだ。かなめは自分が許せないと言うように無表情を装いながら車に乗り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます