日常
第10話 トレーニング
「平日だねえ」
かなめはそう言うと自転車を漕ぐ。隣を走るのはカウラと誠。二人とも毎日夕方の8キロマラソンのラストと言うことで疲れを見せながら冬の空の下で走り続けていた。
「いつまでも……正月……と言うわけじゃないだろ?」
カウラはそう言うと目の前に見え始めたゲート目指してスパートをかけた。誠にはそれについていく体力は無かった。そのままカウラはゲートの向こうに消えていく。
「オメエも根性見せろよ。男だろ?」
かなめはそう言って自転車を悠々と漕ぐ。彼女は脳の一部以外はすべて人工的に作られた素材を組み合わせたサイボーグである。そもそも体力強化のランニングに付き合う必要は無いのだが、最近は気分がいいようでこうしてその度に自転車をきしませながらついてくる。
「ベルガー大尉……みたいには……」
「そうか?じゃあアタシは先に行くから」
かなめはそれだけ言うと一気に力を込めてペダルをこぎ始めた。すぐにその姿はゲートへと消える。
「がんばれ!あとちょっと!」
ゲートの手前でコートを着た女性士官が叫んでいるのが見えた。第二小隊小隊長日野かえで少佐。彼女の登場に誠は苦笑いを浮かべながら足を速めた。
「おーい。報告書終わってねーぞ!」
ゲートを通り抜けた誠の目の前でサラに駆り出されて大根を一輪車に載せて運んでいるクバルカ・ラン中佐は『小さい姐御』と呼ぶのが一般的だった。
「わかって……ますよ」
「分かってるならシャワー浴びて来い!」
ふらふらの誠に向けてそう言うとランはそのまま一輪車を押してハンガーに向かう。誠も仕方なくそのまま正門へ向けて歩き始めた。
「じゃあ西園寺さん、シャワー浴びてくるんで」
「そうしろそうしろ!」
かなめはそう言うと誠に向こうへ行けと言うように手を振った。
そこで誠は大きなため息をついた。目の前には紺色の長い髪の少佐の勤務服を着た女性士官。一番この手の本を手にしている時に出会いたくない上官のアメリア・クラウゼだった。
「誠ちゃん元気が無いじゃない」
「別にそんな……」
「だって冬なのにそんなに汗をかいて……」
「ランニングが終わったんです!」
「ふーん。つまらないの」
そう言うと誠から関心が無くなったというように振り向いて彼女の本来の職場である運行部の部屋の扉に手をかけた。
「ああ、そうだ。シャワー浴びてからでいいと思うんだけど……」
今度はうって変わった緊張したまなざしを誠に向けてくる。いつものこういう切り替えの早いアメリアには誠は振り回されてばかりだった。
「ええ……なんですか?」
そう言う誠が明らかに自分を恐れているように見えてアメリアは満面の笑みを浮かべた。
「茜のお嬢さんが来てるのよ。何でも法術特捜からのお願いがあるみたいで」
アメリアはそう言うとそのまま階段下のトイレに消えていった。
「嵯峨警視正が?」
誠は予想されたことがやってきたと言うように静かにうなづいた。
ようやく間借りしていたこの司法局実働部隊豊川基地から東都の司法局ビルに引っ越した法術特捜の責任者である彼女の忙しさは誠も良く知っていた。司法局のビルには最新設備がある。データもすぐに同盟本部や各国の軍や警察のデータがかなり機密レベルの高いものまで閲覧できる権限を有しているのが売りだった。
だがその筋の専門家の技術部の情報士官に言わせると『ハッキングして下さいといってるみたい』と言うメインフレームを使っていると言うことで、茜はあまりそのことを喜んでいないようだった。事実、こうして時々司法局実働部隊に顔を出しては彼等が設計したメインフレームを使用している司法局のメインコンピュータを利用して手持ちのデータのすり合わせなどの地味な作業を行うことも珍しくなかった。そしてその時に人手が足りないとなると一番暇と呼ばれている誠の第二小隊がその作業を担当させられることが多かった。
そしてそんなデータの照合作業を断れない案件には今回ばかりは誠でさえ思い当たるところがある。
「面倒だなあ」
そう言いながら運行部の詰め所を抜け、シミュレータ室の前を通り過ぎて待機室の手前にある男子用シャワー室に誠はたどり着いた。
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