第8話 射撃
すでに訓練用に持ち込んだ弾はもう残りわずかだった。だが誠の銃の構え方が遅いとランとかなめからの指導は続いていた。銃口を下に向けターゲットに正対して立つ。そして合図とともに銃口を上げてすばやくターゲットに照準を合わせる。その繰り返しがもう100回以上繰り返されるとなれば体力には多少の自信のある誠でもさすがに腕に痺れが来た。それを見ながらニコニコ笑うアメリア。カウラは厳しい表情を崩さない。誠はさすがにギブアップすべきかと考えながら銃を再び胸の前に構えた時だった。
「どうだい、進んでるか?」
突然背中から声をかけられて誠はびくりと振り返った。
そこには部隊長嵯峨惟基特務大佐がいつものようにタバコをくゆらせていた。
「こー言うところじゃ火気厳禁じゃねーんですか?」
「厳しいねえ、さすが鬼教官殿だ」
ランの注意に仕方がないというように嵯峨は咥えていたタバコを落として踏みしめた。
「こう言う事もうちのお仕事だからさ。神前にも一応体験しておいてもらわないとね」
「体験……まるで遊園地かなにかに行くみてえだな」
「まーそんな感じに思えて来るねー、このぼんぼんにものを教えていると……じゃあとりあえず装填」
ランの言葉に誠はテーブルの上の箱から一発ずつショットシェルを取り出すと銃の下のローディングゲートから装填を始めた。
「何度も言うがどの銃でも基本は同じなんだ。狙って標的に当てる。簡単だろ?」
カウラの教えも射撃にコンプレックスを持っている誠には逆に堪える言葉だった。静かに冷静に。そう言い聞かせながらフォアグリップを引いて弾を薬室に叩き込む。
「ボスン」
引き金を絞ると何とか25メートル先の標的が銃撃を受けて揺れた。
「なんだよ当たるじゃねえか」
「叔父貴。そりゃあ止まっている的だからな。これで外したら間抜けとしか言えねえぞ」
興味深げに標的を見る嵯峨にかなめはそうつぶやいた。
「でもさっきは外したよな」
再びのカウラの言葉にがっくりと誠は肩を落とした。
「叔父貴。何しに来たんだ?」
元々かなめの生家である甲武大公西園寺家の三男から大公嵯峨家へと養子に出された嵯峨惟基。戸籍上はかなめの叔父に当たるのは誰もが知るところだった。
「仕事がさあ。ちょっと煮詰まってね」
それだけ言うと足元にもみ消したタバコを再び踏みしめる。その様子はいつものにらんでいるような目のランの監視の下に行なわれていた。
「分かったよ、拾うよ」
めんどくさそうに吸殻を拾う嵯峨を見てカウラは大きなため息をつく。
「仕事って……また法術関係の話っすか?」
ランはそう言うとショットガンのセフティーを解除してターゲットに狙いを定める。
「ボスン!ボスン!」
発射された弾丸が正確にマンターゲットの首の辺りに命中する。
「まあな。結局は史上最初の法術のデモンストレーションをやった俺達だ。そのことに関しての問い合わせは年中無休だ。本当に体がいくつあってもたりねえよ」
「元々質問とかに答える気はねえのに何言ってんだか……」
かなめはそう言うと同じようにランと並んで射撃を始める。
「そう言えば先日の放火事件では大変だったらしいな」
「今更……」
カウラは諦めたように肩を落として弾の装填を始める。誠も仕方なく彼女をまねるように装填を始めた。
「演操術ねえ……。面倒なことにならねえといいんだけど」
心配そうにそう言うと嵯峨は背を向けてそのまま土嚢の合間に消えた。
「何しに来たんだ?あのおっさん」
そう言うと撃ちつくした銃をラックに置いてのんびりと伸びをするかなめ。視線を向けられてカウラもアメリアも首を振る。
「あの人も結構大変なんだからよー。少しは汲んでやれよ」
「それは副隊長のお仕事じゃないですか?私達がどうこうできることじゃないし……ねえ誠きゅん!」
アメリアに話を振られて薬室に弾を装弾したばかりの誠はうろたえながらうなづいた。
「あぶねーだろーが!」
素人同然の誠が射撃をしようとしているところに声をかけたのを見つけてランがアメリアの頭を小突く。舌を出しながらそのままアメリアは椅子に腰掛けた。
「ボスン」
また誠がショットガンを撃つ。再びマンターゲットの足元に煙が立ち込める。
「神前よー。少しはまともに当ててくれよ。お前の弾が当たった辺りでアタシ等が戦闘中かも知れねーんだぞ」
ランの言葉に静かに頷く。そして今度は少し銃口を上げてターゲットに向かう。
「ボスン」
今度は腰の辺りに着弾する。白い布状の弾丸が展開しているのがよく見えた。
「そうだ。忘れるなよその感覚。慣れてくれば狙いをつけなくても軽くあれくらいの場所に当てられるんだ」
そう言うとランも弾を込め終えた銃を持って射場に立った。
「バス!バス!バス!バス!」
四連射。マンターゲットの腹部に何度となく弾丸がぶつかる。
「ようやく調子が出てきたところで弾がなくなって終了……か」
そのランの言葉に誠はほっとしている。その表情にかなめとアメリアはにんまりとした笑みを誠に向けてくることになった。
「でもなんだかお巡りさんみたいでいいわね」
アメリアの何気ない言葉に先ほどの嵯峨の言葉が思い出された誠。
「今回の事件。うちに協力依頼が来ることは……」
「あるんじゃねーか?筋から言えば東和警察の領分だが……連中には法術の知識なんてあって無いようなもんだからな。依頼がまだ来ないのはあっちにも面子があるからだろーな。まずは鑑識のデータを茜の嬢ちゃんのところに送って分析依頼くらいが同盟嫌いの警察官僚のできる最大限の妥協だろーな」
ランはつぶやきながら手にした銃の銃身を何度か触ってそれがかなりの熱を持っていることを確認していた。
「それって余計惨めになるだけじゃないのかしら?データ貰っても解析できる部署は限られてるわよ。自前の研究施設にデータの解析を頼むにはあまりにも小さい事件だもの」
「アメリアの言うとおりだな。厚生局事件クラスなら本庁一丸となってと縦割りの垣根を無くして見せるが被害が小さければあのかぼちゃ頭は動きゃしねえよ。瑣末な事件扱いで警察署単位の捜査本部を置けばまだましな判断じゃねえかな」
かなめの皮肉を込めた笑み。だがそのタレ目は笑っていない。
「演操術の異質性を教えたところで動くには東都警察の組織は大きすぎる。そうなると専門家にいつものように外注に出すわけだ」
カウラの顔を見てまた厄介ごとに巻き込まれると思って誠は銃を握り締めながら大きくため息をついた。
「外注ねえ……うちはまるで下請け工場ね」
アメリアはそう言いながら手にしたショットガンの銃口から上がる煙を眺めていた。
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