第2話 引火

「地球でも東アジア、特に日本には遼州系の人間も多いからな。恐らくそのことをにらんで準備が進んでたんだろ。まあ神前が法術の存在を示した『近藤事件』以前からいつでも行けるところまで計画は出来ていたんだろうな」 


 カウラは一人、冷静に画面を見つめる。さすがにそんなカウラも見るとアメリアも笑いに飽き、かなめが再び升酒をあおり始めると周りの野次馬も興味を失ったように散っていった。


「しかし『魔法学院』はないだろ……誰かこのネーミング止められなかったのかね」 


 ニヤニヤしながらかなめは画面の中の看板に目をやっていた。


「名前が重要なんじゃない。むしろその中身が大事なんじゃないのか?一応私立の学校という話だが設立に当たりいくつかの在日アメリカ軍の外郭団体から金が流れているだろうからな。実際は米軍の法術師養成機関と考えるのが妥当だろう」 


「なんだよ、カウラは知ってたのか?」 


 まるで自分の見つけたネタを馬鹿にされたようにかなめが頬を膨らませる。それを見てアメリアもようやくおちついてきたというように口元を引きつらせながら立ち上がった。自分のせっかくの大ねたをつぶされたとあってしばらくかなめは不機嫌そうにしていたが再びいつもの意地悪そうな顔つきに戻ると達磨ストーブに乗っていた餅を手にとって口に運んだ。


「姐さん……醤油は?」


 オヤジが口を挟むがかなめはまるで無視して味の無い餅を何度かかみ締めた後、静かに飲み込んで再び視線をカウラに向けた。


「なるほどねえ、さすがカウラちゃんは勉強熱心でいらっしゃる」 


「貴様等が仕事をサボることばかり考えているからだ」 


 そう言うとカウラはそのままビニールシートを持ち上げてそのまま参道に出た。かなめは升を舎弟の若者に返すとその後に続く。達磨ストーブの前ですっかりご機嫌で温まっていたアメリアが急いでその後に続くのを見て誠も我に返ってオヤジに一礼するとそのまま参道に飛び出した。


「でも僕も思いますけど『魔法学院』は無いと思うんですけどね……どう見てもやはりファンタジーの世界ですよ。人間が宇宙に飛び出してからの名前とは思えないじゃないですか」 


 まるで自分が仲間はずれにされていたとでも思っているようにすたすたと歩いていくカウラの後に誠もついていく。かなめもアメリアもその後ろからいつかカウラをからかおうというような様子で歩いていた。


「まあ東和警察だって警察学校に法術部門を立ち上げたからな。今のところは東都条約の規定により法術の軍事的使用にはさまざまな規制がかかっている……」 


「一応はね。でも実際それを守るかどうかとなると別問題でしょ?」 


 アメリアはそう言うと誠の手を引いて走り出す。


「なんですか!」 


「何ですかって言うことは無いんじゃないの?せっかくの正月休み。初詣ならもっと明るい気分ですごしましょうよ!カウラちゃんはまじめすぎ!もっと楽しまなくっちゃ!」 


「……で?そうすると何でテメエ等が手をつなぐんだ?」 


 明るく誠の手を引こうとしたアメリアの手をかなめは叩いて離させた。


「なによ!」 


「なによって何だよ!」 


 いつものようにかなめとアメリアがにらみ合いを始めた瞬間、誠は強烈な違和感を感じて立ち止まった。何か自分の頭の中をまさぐられたような不快な感触。もし三人がいなければそのまま吐き気に身を任せて口に手を当てて嗚咽したくなる、そんな感覚が回りに漂っている。


「どうした?」 


 かなめが声をかけるが誠の心臓の鼓動は早くなるばかりだった。自分の領域に何かが入ってくる。そして入って来たものの誠の力の大きさをもてあましてどうするべきか迷っているように誠の意識を弄繰り回している誰か。それをかなめに説明しようと顔を上げた。だが不快な感覚が脳をぐるぐるとかき混ぜる状況の中、誠は自分の言葉が出ないことに気づいた。


「おい、大丈夫か……カウラ!神前が変だぞ」


 ひざまずいて震えている誠をかなめが何とか助け起こそうとするが誠の意識はかなめもそしてその言葉を気にして近づいてきたカウラやアメリアにも言っていなかった。


 圧迫されてゆがむような視界の中、ちょうど人の群れが途切れたところには絵馬が並んでいるのが見えた。人々はそれぞれ手に絵馬を持って和やかに話をしている。だが、その中の中学生くらいの振袖姿の少女が急に足を止めたのを見て誠は頭に衝撃のような何かが走るのを感じた。


「昨日はお笑いフェスで大活躍だったから疲れてるんじゃ……」 


 そう言ってアメリアがそう言って手を差し出した瞬間だった。


 一瞬、誠の意識が飛んだ。そして参拝客が眺めていた絵馬の奉納されていた一隅に一瞬で火が回った。乾燥した木の燃え上がる炎に人々が驚いたように悲鳴を上げる。


「なんだ!」 


 かなめが驚いて振り返る。カウラはあたりを見回し防火水槽を見つけて走り出した。


「ちょっと!何よ!テロ?テロなの?」 


 アメリアはしばらく叫んだ後、火の粉が移った人達に近づいて自分の紺色の振袖を振り回して火を消そうとしていた。


「おい、神前!」 


「パイロキネシスト……発火能力者です」 


 誠はようやく何物かの介入がやんで力が入るようになったひざで参道の中央に立ち上がる。そしてその誠の様子を確認するとかなめは慌てて駆けつけてきた警備の警察官に自分の身分証明書を見せた。


「司法局?法術事件ですか?」 


 驚いた太り気味の警察官はしばらく唖然とした後、周りを見回した。防火用水の隣のポンプを使ってカウラが近くの客達に助けられながら放水を開始している。


「法術犯罪の可能性がある。すぐにこの場にいる人物の身柄の確保を始めてくれ」 


 かなめの言葉に警察官と飛び出してきた町会の役員達が大きくうなづいて走り始める。その中には先ほどの顔役の姿もあった。皆ただ突然の惨事に驚いて慌てて走り回る。誠は大きく息をしてしばらく立ち尽くしていた。だが火が大きく揺れて一気に逃げようとする参拝客に襲い掛かろうとしたところで自分が司法機関執行官であることを思い出してそのまま消火活動中のカウラに向かって駆け出していった。


「神前!ホースを!」 


 放水の為にポンプを起動している町会の役員達と共にカウラが叫んでいた。その振袖には火の粉がかかり、一部が焼け焦げているのも見える。誠はカウラからホースを受け取るとそのまま延焼し始めた祠にホースを向ける。


「行けます!」 


 誠はじっと筒先を構えるとすぐに大きな反動が来てその先端から水がほとばしり出でた。周りの人々が逃げる先には警察官に混じってちぎった袖で誘導をしているアメリアの姿もある。誠はそれを確認すると安心して燃え盛る祠に放水を続けた。


「大丈夫か?」 


 応援の警官隊の配列を終えたかなめが何とか慣れない放水をしている誠に手を伸ばしてきた。


「本当に狙いを定めるのが苦手だな、お前は」 


 かなめはそう言って誠からホースを奪い取ると火の中心に的確に放水をする。ポンプの設定が済んだカウラも顔中墨に塗られた状態で力が抜けて倒れそうになる誠を何とか支えた。


「大丈夫か?さっきはお前にも何かあったんだな」 


 カウラの言葉に力なく誠はうなづいた。


「パイロキネシストの力の発動を感じました」 


「そうか!」 


 目の前ではほとんど鎮火してきたお堂に水を撒くかなめの姿がある。そして避難の誘導の為警官隊を指揮していたアメリアも誠達の所に戻ってきていた。


「ああ、これじゃあまたかなめちゃんに買ってもらわなきゃね」 


 そう言うとちぎった袖をひらひら振りながら必死に高圧の水圧のホースにしがみついているかなめに見せびらかす。かなめはちらりとアメリアを一瞥したが、任務に忠実に無視して放水を続けていた。


 かなめの放水は的確だった。確実に火の勢いは弱まっていく。そしてほぼ鎮火したんじゃないかと誠の素人判断で思えるくらいになったときに、ようやく防火服を着た消防団の面々がかなめと交代することになり誠達は消火作業から解放された。


 しかしそれからは誠達の本業。遼州同盟司法局特別機動部隊の仕事の領分となった。焼けた振袖のままのかなめを先頭に誠達は本宮の裏手に並んでいる警察車両の中の指揮車と思われる車へと足を向けた。先にこちらで被疑者の拘束を担当していたアメリアが疲れた表情で誠達を迎える。


「容疑者は特定できたのか?」 


「一応近辺にいた人達はすでに車両で移動して警備本部でお待ちいただいているわよ。パイロキネシスなんて珍しい能力だものすぐに犯人は特定できるわね……それにしても馬鹿な犯人ね。こんなに人がいるところで発動させて誰にも気づかれないとでも思ったのかしら」 


 アメリアはそう言うと発火事件のあった場所の状況をシミュレートしている画面を眺めている女性警察官の方に目を向けてため息をついた。


「どうした?」 


「これ……」 


 かなめの問いにアメリアは火の粉で穴だらけになった青い振袖の袖を翻して見せる。


「緊急避難的処置だからな。あとで弁償してやるよ」 


 ため息交じりのかなめの一言。アメリアはいかにもやって見せたと言うような表情で誠に笑顔を向ける。


「まあ……けが人も無かったわけだからな。あとは所轄の警察の資料が上がってくるのを待とうか」 


 そう言うとカウラはそのまま指揮車の入り口に手をかける。


「カウラ……」 


「なんだ?」 


 かなめの顔を見てカウラは煤で汚れた頬を拭いながら振り向いた。


「誠の家……ラムはあるか?」 


「は?」 


 カウラもアメリアも誠も突然のかなめの言葉に呆然とする。


「いやあ、強い酒をきゅっと飲みたい気分でさあ……」 


「父は基本的には日本酒より強い酒は飲みません!母は酒を飲みません!」 


「ああ……そう……」 


 本当に力なく、まるで抜け殻のようになりながらかなめはそれを見守るカウラ達に見送られながらよたよたと指揮車を後にした。

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