辻斬り騒動その1
明くる日も早朝の事。
日が登り始めるかという刻限に、温泉町と千曲川を挟んだ対岸の戸倉町を結ぶ渡し舟の船頭が、河原の休憩所と作られた蓙一枚で幕を張った掘立て小屋からゆるりと顔を覗かせる。
寝起き眼を擦って千曲川を流れる水で顔を洗おうかとふらりと歩いて、川面にうっすらと滲んだ赤い流れを目に留めて訝しげに川上を見ると川辺に河原に四つの着物袴が転がっているのが目に入って来た。
「なんじゃあ、あらあ?」
どうにもおかしいと、打ち捨てられたにしては形の整った着物に近付いていく。
捨てられた姿にしては厚みがあるのが分かって、顔を顰めながらさらに近付いて行くと、一つがひっくり返って袈裟斬りにバッサリ逝かれてるのを目の当たりにしてそれが何なのかを理解した船頭は、数歩後退って大声を上げた。
「あ、あ、あっ! ひ、ひとだ! 人が死んどるぞー!?」
それは四人の侍の死体であった。
鶯の止まり木亭。
日が昇ったばかりの早朝。
腹減った・・・。
『そんな甲斐性無しには晩御飯抜きです!!』
てな感じで、宿まで追い出されそうになったんだが、大女の魔百合姐さんの計らいでどうにか首の皮一枚繋がったんだが。
「はぁ・・・、晩飯一食抜いただけで、ひもじいもんだなあ」
ちなみに、アゾットさんはお客人ってことで食事のお神酒はきっちりもらって満足そうだった。
お代は俺に付けとくそうだ。ああそうかよべらんめえ。
ふぅと三度目のため息を吐くと、給仕部屋で寝泊まりするようになった(なんでそうなったか経緯は分からねえが)アゾットが食事処に顔を出して来た。
「お前様、もう起きておったのだな!」
「へぇへぇ、あなた様のお前様じゃござんせんが起きてやすよ。早起きは三文の徳ってなもんで」
「うむ! では妾は所用があるでな、出かけてくるぞ!」
「はあ・・・いってえどちらに?」
帰ってこなくてもいいよと言おうと思ったが我慢した。
俺って偉いだろう?
「所用は所用じゃ。女将さんには許可は取ってあるしな。何心配は要らぬ夜には戻るでな!」
「うん別に戻ってこなくても大丈夫ですが」
あ口が滑った。
桃色着物を一糸乱さない華麗なドロップキックが俺の顔面にぶっ刺さった。
「ぶごお!?」
盛大に椅子ごと土間にすっ転がった。
シュタと華麗に降り立つアゾット様。
「では行ってくるでな、大人しゅう待っておるのだぞお前様!」
「い、痛え・・・いってらっしゃい・・・」
「うむ! 行ってくるぞ!?」
元気に宿を出て行った。
ちくしょう、アゾットって見た目は小柄なエルフのくせして
あーやってらんねえってな?
もそもそと起き上がって椅子直して座り直してると、お冬ちゃんがテテテって駆けて来て出入口をじっと見つめて、くるりと俺に振り向いた。
「アゾットさんはお出かけになりました?」
「ご機嫌は直りました?」
逆に聞き返すとギッて睨まれた。怖い。
「お出かけにっ、なられたんですかっ?」
「あ、はい。アゾットはつい今し方出かけてったとこでござんすよ。ごめんなさい」
「別にいいですそんな事は」
左様でございますか。
ぷいって、可愛いなぷいってそっぽ向くと、お冬ちゃんはぴゅーって台所へ駆け戻って行く。
可愛いのに怖いんだよな。いいお嫁さんになれないよ?
もう、何にもする気が起きなくなって卓に片肘付いてだらけてると、お冬ちゃんがお盆に白い布巾をかけた皿を持ってテテテと駆け戻ってきた。
「フィンクさん、フィンクさん。今日はちゃんとお仕事してきてくださいね」
怖いプレッシャーだなあ。
「あ、はいはい・・・もちろんでございますよ?」
「それならよろしいです!」
なんだかご機嫌になって、お冬ちゃんが俺の前の卓にお皿を置いて、布巾をさっと取り除く。
お皿の上に乗ってたのは、茶色くて上がうっすら上品に焦げた白胡麻をまぶしたまあるいなにかだった。
って、おや、コレって・・・?
「・・・パン?か?」
「はい、ぱんです」
元気にお冬ちゃんが復唱する。
驚いてそっちを見ると、期待に緊張した面持ちで俺の方をじっと見つめて言った。
「お腹空いてますよね? 夕べ何も食べてませんものね?」
実は夜中に、心配して魔百合姐さんが残り物で握ってくれたおにぎり二つ食べたんだが。黙っておこう。
「え、まあ、お腹は減っておりやす!」
嘘は言ってねえ。朝っぱらだし、腹は減っている。
まあるいパンみてえな饅頭みてえなのに視線を落として、ゴクリと喉を鳴らすと、お冬ちゃんがご機嫌で言った。
「食べてくれてもいいですけど! ちゃんと感想を提出してくださいね!?」
「感想を? 提出って・・・」
「ちゃんと文にして、私に! 提出してくださいね。絶対ですよ?」
なんだかよく分かんねえが、コレを食べた感想をレポートにしてこいと?
「うん、まあ、そいつは構わねえが・・・?」
「し、試験なんですからね! これは試しに作ってみた新しい献立なんです」
「はあ・・・」
「で、ですから・・・別にフィンクさんのために焼いたわけじゃあないんですからね!」
ですよねー。
知ってらあそんなもん。悲しくなんかないんだからね。
とにかく、またご機嫌損ねて食べ損なうのは悪手ってもんで、椅子に座ったままだがお冬ちゃんに向き直ってがばと頭を下げて言った。
「ありがとうごぜえやす! しっかりと味わって、ちゃあんとレポート、じゃなかった、文にしてお冬ちゃんに提出させていただきやす!」
「キャッ! えへへ、絶対ですよ!?」
ん?
なんだかすごく嬉しそう。
まあ、よく分かんねえが久しぶりのパンだ!
コイツは味あわねえわけにゃあいかねえと、手の平擦り合わせてパチンと一拍。
「そんじゃあ、遠慮なく・・・いっただっきやー、」
「おうおうおう! 邪魔するぜえ!?」
ガララと玄関の引戸が開かれて、食事処の暖簾を掻き分けて岡っ引きの親分さんがずかずかと入ってくるなり俺を睨む。
おいおい、俺が何したってんだい。
「おう! おうおうおう、いやがったなあフィンク!」
「あー・・・こりゃあこりゃあ、
「どうもこうもねえやテメエこの野郎!」お冬ちゃんを見て顔を綻ばせる「あっ、お冬ちゃんー! 今日も可愛いねえ」
「気持ち悪い! 朝っぱらから何の騒ぎですか親分さん!?」
「あーん、そんな恥じらう姿が可愛いいーんんん」
本気で気色悪いおっさんだな。
ジト目で見てたら銭田米の旦那が俺の前のお皿に気が付いた。
「おっ、
徐に手を伸ばして俺のパンを掻っ攫いやがった!
あっと声を上げる間もねえ、バクリと半分一口。
「ん! 何でいコイツは! アンコが、餡子が入っていやがる。それに饅頭にしちゃあこのふわふわ感! くー! コイツは美味え!!」
あああ、くそう、俺が貰ったはずのパンが・・・!
取られて謝ろうってお冬ちゃんの方を見ると、何だか今にも泣きそうに見え・・・寒!!
え?
急に寒くなって来たんだが。外、吹雪いてる?
でもまだ雪降る時期じゃねえよなあ?
「・・・くも・・・」
お冬ちゃんが呟いた。
くも? って言ったのか?
ばっと踵を返してピューっと台所に駆け去ってった。
怒ってるなあ。なんだか分かんねえけど悪いことした気がするぜ。
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