虚弱貧弱無知無能なザコボスに転生した俺は、ゲーム知識とダンジョコアの力で最強を目指す。~テレストリアルダンジョン~

ダブルヒーローꙮ『敵強化』スキル

その1「絶対王者とブーイング」



 フルダイブVRMMOARPG、ラストダンジョンオブプライド。


 通称ダンプラ。


 その1対1の対戦モードであるアリーナ。


 メーカー主催、公式トーナメント。


 決勝戦。


 その栄えある舞台に、オーサコ=ヨーイチのアバターは立っていた。



ヨーイチ

「はあっ!」



 円形闘技場の中央。


 ヨーイチは短剣を振るっていた。


 その刃は、金属では無い。


 実体の無い、青い光の刃だった。


 アバターの体は、黒いニンジャ装束をまとっていた。


 素材は魔獣の皮。


 ニンジャ専用の、最高レアの防具だった。


 頭部には、はちがね付きの頭巾を被っていた。


 これもニンジャ用の最強装備だった。


 ヨーイチの前方に、戦士の姿が有った。


 決勝の対戦相手である、ツルギだった。


 彼は右手に光の剣を、左手には盾を構えていた。


 金髪の美男子で、全身金鎧という、派手な男だ。


 アバターの容姿は、自由に設定出来る。


 美男子というのは、特に珍しいことでも無い。


 だが彼には、外見に劣らないだけの実力が有った。


 この場に立っていることが、その証明だった。


 ヨーイチの左前方には、スーツ姿の男が立っていた。


 男は、大会の実況だった。


 彼の手には、マイクが握られていた。


 そして、彼の舌が動きを止めることは無かった。


 大会を盛り上げようと、逐一実況をしていた。


 ヨーイチには、それを聞いている余裕は無かった。


 追い詰められていた。


 ヨーイチは、公式戦無敗のチャンピオンだった。


 野試合で負けたことは有る。


 だが、負かされた相手は、全て大会という場でねじ伏せてきた。


 出場した大会は、全て制覇している。


 名実共に、アリーナ最強の男だった。


 そんな彼に、初めての敗北がにじり寄ろうとしていた。


 敵の攻撃は当たり、自分の攻撃は当たらない。


 そんなシンプルな事実が、彼を叩きのしめていた。


 大勢の観客たちが、客席から、彼の醜態を見ていた。


 挽回しなくては。


 その焦りは、ヨーイチの読みを浅くした。



ツルギ

「はっ!」



 ツルギが踏み込んで、右手の剣を振った。



実況

「踏み込み強スラァ!」



 タイミングが悪い。


 技を出そうとしていたヨーイチは、カウンターでツルギの剣をもらってしまった。



ヨーイチ

「くうっ……!」


実況

「モーションブレイクだ!」



 カウンターヒットの効果で、ヨーイチの体が輝いた。


 大ダメージを受けた。


 食らったのは、コンボになる技で無い。


 単発のダメージで済んだ。


 それだけが幸いだった。


 それを喜べるほど、ヨーイチの状況は芳しくなかった。



実況

「ついに……!」


実況

「ついにオーサコのライフが! 1%を切ったあああぁぁっ!」



 ヨーイチは、これ以上ない窮地に追い込まれた。


 大河を背負ったかのように、もう後が無かった。



実況

「削りでKO確定! もはやガードすら許されないっ!」



 格闘ゲームには、防御さえすれば、通常技ではダメージを受けないものが多い。


 本作、ラストダンジョンオブプライドでは違った。


 格闘ゲームに似てはいるが、実際はロールプレイングゲームだ。


 防御するだけでも、確実にライフが削られる。


 次にツルギの技が触れた時点で、ヨーイチの敗北が確定する。



実況

「対するツルギの体力は満タン!」


実況

「どうするオーサコ!? ここから立て直せるのかっ!?」


実況

「10度目の優勝はならずか!?」


実況

「公式戦、100戦無敗の神話に、土がつけられてしまうのかっ!?」



「レッツゴー! ツルギ!」



 観客が、ツルギに声援を送った。



ヨーイチ

(負ける……? 俺が……?)


ヨーイチ

(相手の体力を……1ドットも削れずに……)


ヨーイチ

(この俺が……!)




 ヨーイチは……。


 『それ』を使ってしまった。




実況

「これは……!」


実況

「禁じ手! デスサイズだああぁっ!」



 実況の叫びが、闘技場に響き渡った。



実況

「伝家の宝刀! サイクロン!」


実況

「これが七つの大罪! これがルシファーコキュートスだッ!」



 そして、勝敗は決した。



実況

「勝者はっ! 生ける不敗神話! オーサコ!」



 ツルギのライフは0になっていた。


 彼のアバターは、黄色い緊急用バリアに包まれていた。


 バリアに包まれた者は、身動きがとれなくなる。


 敗者の宿命だった。


 試合は、ヨーイチが勝った。


 ヨーイチの優勝が決まった。


 だが……。



「ずるいぞっ!」


「何やってんだよチャンピオン!」


「このバグ野郎が!」


「きたないニンジャが!」


「ハメ技野郎が!」


「てめぇのオフクロもハメてやろうか!?」


「勝てりゃ何でも良いのかよ!?」


キ○オウ

「もうチートや! チーターやろ、そんなん!」



 観客席が、罵声で満ちた。


 度が過ぎた者は、BANを食らって退出した。


 自分の意思でログアウトする者や、会場を去る者も居た。


 原因は、ヨーイチにも分かっていた。


 封印すると宣言した禁じ手を、使ってしまった。


 そのせいだ。


 勝者であるヨーイチの心に、喜びは無かった。



ヨーイチ

「…………」


ヨーイチ

(やっちまった……)


ヨーイチ

(もう使わないって決めたのに……)


ヨーイチ

(みんなにも言ったのに……)


ヨーイチ

(自分で決めたことも……守れやしないのか……俺は……)


ツルギ

「ナイスファイト」



 緊急用バリアは、一定時間で解除される。


 それがアリーナの仕様だった。


 対戦相手のツルギが、自由になっていた。


 ヨーイチに、声をかけてきていた。


 そして、握手をしようと、手を差し出してきた。


 ツルギは微笑んでいた。


 その爽やかな笑みは、今のヨーイチには、癇にさわった。



ヨーイチ

(何がナイスだよ)


ヨーイチ

(見ろよ。聞けよ。観客席のこの有様を)


ヨーイチ

(これが俺がやったこと。その結果だ)



 ヨーイチは握手を返さず、そっぽを向いた。



ツルギ

「…………」



 ツルギは仕方なく、手を下げた。


 やがて、観客席の罵声が弱まってきた。


 それを見て、実況が口を開いた。



実況

「えー。それでは、決勝戦を戦われたお2人に、インタビューをお願いしたいと思います」


実況

「まずはツルギさん。決勝戦の感想をお願いします」



 実況はそう言って、ツルギにマイクを手渡した。


 ツルギはマイクを手に、口を開いた。



ツルギ

「僕は……」


ツルギ

「序盤の流れが良かったので、今日は勝てるかもしれないと思った」


ツルギ

「オーサコの動きを研究してきたし、対策は十分だと思ってた」


ツルギ

「けど、甘かった」


ツルギ

「最後、勝ちを急いで、甘えた動きをしてしまった」


ツルギ

「だから、デスサイズを食らうことになった」


ツルギ

「相手の勝ち筋を、通させてしまった」


ツルギ

「それは、相手のプレイヤースキルを、実際より低く見積もっていたということだ」


ツルギ

「オーサコの実力は、僕の想定の上を行っていた」


ツルギ

「だから、負けた」


ツルギ

「まだまだ僕のプレイヤースキルは、オーサコには及ばない」


ツルギ

「けど、次こそは勝ちたいと思う」



 ツルギは頭を下げた。


 丁寧な物腰の、謙虚なナイトに、観客たちは拍手を送った。


 闘技場は、盛大な拍手音に包まれた。



実況

「ありがとうございました」



 実況は、ツルギからマイクを受け取った。


 そして、ヨーイチの方へ差し出した。



実況

「それでは、チャンピオンのオーサコさん。決勝戦の感想をお願いします」


ヨーイチ

「……………………」



 ヨーイチは、何も言いたくはなかった。


 だが、泣きそうになりながらも、喉から声を振り絞った。



ヨーイチ

「俺は……」


ヨーイチ

「俺は、弱かったです」


実況

「ええと……? 序盤の立ち回りの話でしょうか?」


ヨーイチ

「心が、弱かったです」


ヨーイチ

「皆がデスサイズを、サイクロンを好きじゃないこと、知ってました」


ヨーイチ

「だから、言いました」


ヨーイチ

「これからは、デスサイズは封印するって言いました」


ヨーイチ

「正々堂々と戦って、デスサイズ無しでも強いことを証明する」


ヨーイチ

「皆の前で、そう言いました」


ヨーイチ

「けど、言っただけでした」


ヨーイチ

「追い詰められて、決勝でパーフェクト負けとかダサいなって、怖くなりました」


ヨーイチ

「いえ……。違いますね」


ヨーイチ

「俺は最初から、負けるのが怖かったんです」


ヨーイチ

「だって、本当にデスサイズを封印する気だったのなら……」


ヨーイチ

「ショップで売ってしまえば良かったんです」


ヨーイチ

「俺は、魔が差したんじゃない」


ヨーイチ

「追い詰められたら、デスサイズを使うつもりだったんだ」


ヨーイチ

「そうじゃ無かったら、手元にデスサイズが有るわけが無いんだ」


ヨーイチ

「俺は、卑怯者だ」


ヨーイチ

「だから、俺はもう、この舞台には立ちません」


ツルギ

「え……」


ヨーイチ

「皆が望むようなプレイヤーには、なれませんから」


ヨーイチ

「今までどうも、ありがとうございました」



 ヨーイチは、左手首に意識を送った。


 そこに、オリハルコンの腕輪が有った。


 ヨーイチは腕輪の機能を用い、手中にランタンを出現させた。


 それは転移アイテムだった。


 ヨーイチがランタンを振ると、彼の足元に、転移陣が出現した。



ツルギ

「待っ……!」



 ヨーイチのアバターが、輝いた。


 彼の姿が、闘技場から消えた。




 ……。




ヨーイチ

「…………」



 ヨーイチのアバターは、街中の魔法陣に転移していた。



ヨーイチ

(運営もさ……)


ヨーイチ

(ちゃんとバランス調整……してくれよな……)


ヨーイチ

「…………」


ヨーイチ

(どうするかな。これから……)



 ヨーイチは腕輪に意識を送り、防具を変更した。


 目立つニンジャ装備から、現代的なカジュアルファッションに着替えた。


 そしてぶらぶらと、街路を歩いた。


 歩きながら、考えた。



ヨーイチ

(他のルールに手ぇ出してみるか?)



 対戦ルールは1つでは無い。


 2対2、6対6、バトルロイヤルなど、多岐に渡る。


 多対多のルールであれば、ヨーイチの禁じ手も、そこまで強い技でも無くなる。


 デスサイズを封印しなくても、良くなるはずだった。



ヨーイチ

(けど……)


ヨーイチ

(あんな恥晒したあとで、このゲームに居座るってのもな)


ヨーイチ

(止めるか? ダンプラ)


ヨーイチ

(それが無難だよな)


ヨーイチ

(執着することも無い。たかがゲームなんだから)


ヨーイチ

(……止めるか)



 ヨーイチは、人知れずゲームの引退を決めた。



ヨーイチ

(引退前に、ちょっと辺りを見回ってみるか)



 ヨーイチは、腕輪から魔導バイクを出現させた。


 それは車輪の無い、空飛ぶバイクだった。


 ヨーイチはバイクに跨り、浮かび上がらせた。


 そして、疾走させた。


 バイクはぐんぐんと、人里を脱していった。


 この世界に、海は無い。


 人里を離れると、そこには草原が広がっていた。


 流れる風が、草に波を起こさせていた。


 草は日の光を浴び、きらきらと輝いていた。


 ヨーイチは、その何気ない光景に見惚れた。



ヨーイチ

(ああ、綺麗だな)


ヨーイチ

(本物みたいに……いや)


ヨーイチ

(この世界は、本物以上に綺麗だ)



 そのとき……。


 後ろから光弾が飛んできた。



ヨーイチ

「…………!」



 光弾は、ヨーイチのすぐ傍をかすめ、視界の果てへと消えていった。



ヨーイチ

(空賊か……!)



 後ろを見ると、魔導バイクの群れが見えた。


 フルフェイスヘルメットを被った連中が、バイクを走らせていた。


 ヨーイチは、バイクをUターンさせた。



ヨーイチ

「空気読めよ! NPCどもが!」



 ヨーイチの魔導バイクから、光弾が放たれた。


 それは5方向に飛ぶ散弾だった。


 連射された散弾が、敵のバイクに当たり、弾けた。


 敵は撃墜され、地面へと落下していった。


 現実なら殺人だが、連中は、ただのデータだ。


 地面にぶつかる前に消滅し、ヨーイチの経験値になった。


 とは言っても、ヨーイチのレベルはマックスだ。


 いまさら経験値が貰えても、特に意味は無い。


 邪魔者は居なくなった。


 ヨーイチが得られたのは、その事実だけだった。



ヨーイチ

「ふぅ」



 ヨーイチは、海が無い世界の上空で、バイクを走らせ続けた。


 しばらく空を満喫し、元の街に帰った。


 そして、とあるドームの前で、バイクを着陸させた。


 そこは、ダンジョンドームと呼ばれる建造物。


 ダンジョンへの入り口だった。



ヨーイチ

(最後に、ダンジョンも潜っとくべきだよな)



 そう思いながら、ヨーイチはドームに入った。



「あの……!」



 すると、女の子のアバターが話しかけてきた。



ヨーイチ

「はい?」


ファンの子

「オーサコさんですよね? 写真、良いですか?」


ヨーイチ

「……試合、見てなかったんですか?」


ヨーイチ

「引退するんですよ。俺は」


ファンの子

「本当に止めちゃうんですか?」


ヨーイチ

「そうするしか無いでしょ」


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